恋文振袖焦がれ草 ―新談・八百屋お七―

古月むじな

第1話

 ごうごうと、空をも焦がさんばかりの炎が江戸の町を包み込んでいた。

 やぐらでは狂ったように半鐘が打ち鳴らされ、火事だあ、と悲鳴とも怒号ともつかぬ絶叫が爆音の合間から聴こえてくる。燃え盛る家から焼け出された人々が上を下へと逃げ惑う。まるで此の世の終わりかの光景を茫然と眺める吉三郎きちさぶろうもまた、着の身着のままでようやっと炎から逃れてきたところであった。

 ――地獄とはこんなものか、と吉三郎は思う。

 幼少のみぎりに聞かされた坊主の説法に出てくる閻魔様の刑場をそっくりそのまま此岸に移してきたようだった。人は死ぬと現世での罪を閻魔様に裁かれて、真っ当であれば極楽へ、悪党であれば地獄へと引き渡されるのだという。悪党は地獄で、生前に犯した罪の分だけやれ火あぶりだ串刺しだと責め苦を受けるのだ。

 だが、この有り様はどうだ。

 燃える長屋の一角の前で、若い女が髪を振り乱して泣きじゃくっていた。中に赤ん坊がいるだとか喚いている。最早生きてはいまい。だが、その赤子は果たして如何な罪を犯して火刑を受けているというのか。その母親にしても、幼い我が子を奪われる罰を科されるいわれがあるのだろうか。いや、いくら江戸の町に悪人が蔓延ろうと、まさか町中焦熱地獄になるほど善人がいなかった訳はなかろう。

 生きていようが、悪事と縁がなかろうが、それでも地獄というのは勝手にあちらから押しかけてくるのだろう。

 そのくせ、吉三郎のような根っからの不届き者はこうしてのうのうと逃げ延びてしまっているのだ。

 ――やってられねえやな。

 あてもなく煙の中を彷徨いながら、煙管でも吹かそうかと懐に手を入れる。しかし、愛用のそれを火中に置き去りにしてきたことに気づいて、吉三郎は舌打ちをした。

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