第13話:探し物
シヴァンたちも、見つけた空洞を見回してから、伯爵の下へと戻った。外は既に、夜の半歩手前だ。
「彼奴は移動した後でございました」
「そうか――予定通りに行けそうだな。見かけたか?」
「いえ。ざっと見回したのでは、叶いませぬ」
カズヤを繋いだロープは、騎士が握ったままだ。レットの姿は――町民たちの輪の外に見える。彼はうなだれたままほとんど動かず、町民たちは意識的に背を向けているようだ。
それはそれとして、伯爵は予定通りと言った。雷禍が居ないのを、期待していたということだ。
それならそうと言え。
ずっと怯えていたのがムダにされた気がして、苛々と落ち着かない。
「これより全員で穴に入る!」
怖れる必要がないと分かって、シヴァンはまた景気良く指示を出した。町民たちは疲れた表情を見せるが、誰も否とは言わない。
「獣の食べ残し、糞を見つけたら言うようにな。必ずだ」
指示を重ねて、シヴァンはまた先頭に立つ。そんな物を探してどうするのかと考えたのは、カズヤだけではないだろう。
一歩ごと、音に気を遣った先ほどよりも、進むのは速かった。それを思うと、探しているのは小動物の糞などでもないようだ。
ここで獣と言うからには、やはり雷禍なのだろうが……。
聞いたところで、むかつく答えしか返ってこないだろう。そう思ってから、またそれにむかつく。
なんで奴らのやることの意味を、考えてやらなきゃならないんだ。まるで俺が、協力したいみたいじゃないか。
やらなければ自分の不利益になる以外の共同作業は、なるべく避けてきたのがカズヤだ。今回は雷禍が居なくて良かったものの、それは結果論だ。こんな命がけの仕事など、どんな見返りがあってもやりたくはない。
「めんどくせーな……」
ぶつぶつ言っている間も一行は進み、やがて再び、空洞に辿り着く。
その広い空間も残らず探すように指示がされた。しかし町民たちは、すぐに取りかかろうとしない。
「どうした。これが終わらねば、食事はないぞ」
「……あのう、シヴァンさま。ちょっといいですか」
町民の一人が、おずおずと話しかける。若者ばかりが集められた中では、いちばんの年長なのだろう。
「ここは雷禍の巣穴じゃあないんですか? それなら、いつ帰ってくるやら分からない。俺たち、死にたくはないですよ」
彼らはずっとおどおどしていたのだが、そのせいらしい。
むろんそれは、カズヤも同じ気持ちを持っている。けれども先に少数で確認しに来たことが、慣れというか自信というかのようなものを芽生えさせていた。
びびりやがってと見下す気持ちと、そうだ早くここを立ち去ろうという気持ちと。感情が入り混じる。
「心配するな。雷禍が巣穴を持つという例はない。ここに潜んでいたのは、一夜の宿の域を出ん」
「たまたまその宿が気に入ることだって……」
町民たちの言い分は分かる。理由はどうであれ、ふいと戻ってこられればお終いなのだ。そこに絶対などあり得ない。
しかしここまで来た以上は、シヴァンたちも目的を果たさずに戻る選択はないだろう。
互いの言い分が、どちらも間違いとは言えないならば、どちらに強制力があるかだ。それは権力的にも、暴力的にも、シヴァンの側に決まっている。
「どうやって探すんだ。人数を分けるのか」
やるのを避けられないなら、さっさとすませたい。カズヤとしては、当たり前の感情だ。いくら虚勢を張ったところで、敵わない相手がいくらでも居るのはよく知っている。
それをぐずぐずと、いつまでも文句を言う、町民のほうに苛立ってきた。
「うむ、協力的で良いな。外を捜索した時と同じに分けよう」
シヴァンはそれで、話を打ち切った。町民たちはのろのろと、引率する騎士と共に散らばっていく。
何人かが、煙たげな恨みがましい視線をカズヤに送った。なんだよ、と苛々した感情を込めて睨み返すと、目が逸らされる。
「ちっ」
聞こえるように、舌打ちをした。
さて、と気を取り直すと、そこにはロープを持つ騎士とシヴァン。それにレットが残る。
もちろん伯爵も居るが、自分でなにかをする気はないらしい。騎士たちも松明を持っているだけで、土を触りはしないようだが。
「我らはここから向こうだ」
「あいあい」
怠惰な風に返事をして、その場にしゃがみこむ。レットが視界に入るが、苛々が募るばかりなので無視を決め込んだ。
数歩離れたところに、シヴァンも姿勢を低くする。騎士たちの中では地位が高いのだろうに、自分でも探すつもりらしい。
「シヴァンさま。そのようなことは私が」
「良い。私はお前たちに、町民に指示を与えるよう命令した。すると私は、やることがない。暇潰しを奪ってくれるな」
騎士は両手に、カズヤのロープと松明とを持っている。それを誰かに預けないことには、シヴァンの隣へ屈むことも出来ない。もちろんそんな相手は、この場に誰も居ない。
シヴァンは、にっと笑う。それもすぐに、元の生真面目な顔に戻った。彼らがいかに真剣なのかを物語っていると、カズヤにも分かる。
「雷禍って、ものすごくでかいんだよな。それなら、糞も大きいんじゃないのか?」
だとしたら、みんなで必死に地面を眺めなくとも、ざっと見渡すだけで足りるのではないか。そう思った。
「そうかもしれん。が、分からん」
「分からん? どんなのが雷禍のかも、分からずに探してるのか」
「分からんから探している。彼奴がなにを食い、食ったらどのような物を出すのか。それを知りたいのだ」
研究者は変わり者が多い、という揶揄はよく聞かれる。カズヤも何度か、聞いたことがある。
こういう発言がそう言われるのだと、カズヤは思った。大学のそういう者たちの物言いと、そっくりだ。
しかしシヴァンは、どこの大学にも所属していないだろう。彼は騎士で、国や主君の敵と戦うのが仕事だ。
いったい、なにがしたいんだか。
呆れる思いはあったが、不思議とそれに苛とはしなかった。
「ここに居たのは間違いないのか?」
カズヤは問いながらも、手と足を止めない。土が山になっていれば崩し、岩があれば裏を覗いた。
そうしていると、シヴァンは質問にも嫌な顔もせず答えてくれる。口の利き方が無礼なのは、もう諦めたのだろう。
「ゆうべこの辺りで、光が見えなくなったのは確認している」
「ゆうべ? どうやって」
「望遠鏡という物がある。酷く高価だが、遠くの物を近くに見せてくれる代物だ」
「ああ、望遠鏡か」
そういうことか。あれだけ明るければ、夜に望遠鏡で見ても、その周りの様子は分かるだろう。
すぐに納得したカズヤに、今度はシヴァンが不審な顔をする。
「貴様、望遠鏡を知っているのか」
「――ああ、たまたま見たことがある。一度だけな」
この世界では、かなり高価な品物なのだろう。察して、言葉を濁した。
それをシヴァンは「そうか、貴重な体験をしたな」と納得したようだ。
「するとどこから出たんだろうな」
話題を変えるためでもあったが、疑問にも思ったので口にした。カズヤたちの入った穴から出てきたのであれば、ゆうべから今までの間に、誰かが目にしていそうなものだ。
「ん。気付いてなかったのか、あそこだ」
「あそこ?」
シヴァンはちらとだけ視線を向けて、少し上のほうを指さした。しかしどこを言ったのか分からなく、見る角度を変えたりして眺める。
ようやく分かったのは、カズヤたちの居る場所からは、十メートル以上も上。しかも顎を突き出すような崖になっていて、そこに穴があるのが見えにくい。
たしかに体が大きければ、あちらのほうが目につきやすくて、出て行きやすいのかもしれない。
なるほどと視線を切ろうとして、視界に動く物を見つけた。それはその穴の脇で、カズヤに手を振っている。
「あ……」
その相手が見知った顔と分かって、しかしどうしてこんなところに、と驚きの声が漏れた。
それを聞いた騎士も、カズヤの視線を追って、やがて叫ぶ。
「そこに居るのは、何者だ!」
たっぷりの布を使ったドレスの少女。差された日除けの傘。質素ながらも真っ黒な衣服を着こなす、長身の女性。
あんな格好で、ここまで登ってこれるはずがない。しかも貴族の行動を、上から覗いているなどとは。
騎士たちは二人を捕らえたがったが、そこまで行く手立てがない。
その様子を眺めたあと、少女は「うふふふ」と笑う。前に見た時と同じく、顔も笑ってはいるが、声とのバランスが悪い。
そのまま二人は、静かに穴の奥へと姿を消した。
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