第46話:彼の生き方

 頭の中から外へ。頭蓋を通り抜けて、何かが弾き出されるような感覚があった。もちろんそれは、錯覚だ。しかしカズヤにはそう感じられた。


「気付いているだろう! あれはもう、君の妹じゃない! 君が見ているのは、幻だよ!」

「やかましい!」


 今の今まで、目の前の光景、直近の音しか気にならなかったのに。グランとマクナスが激しく打ち合って、言い合っているのが目に留まる。


「シヴァンさん。嘴は私が受けるから、みんなは脚を!」

「了解だ! ただ私一人くらいは、君の援護をさせてもらおう!」


 マシェは手斧を両手で握り、ある時はそれを盾にも使い、雷禍の攻撃を一身に受ける。再び自由の身となった雷禍に、シヴァン以下の騎士や兵士たちが取り囲む。

 既に死んだ者や、先ほどの声で意識を失った者も多いようだ。


「カズヤ! カズヤ!」

「あ……ジュネ?」

「分かるの、か――?」


 分かる。カズヤが組み敷いているのは、ジュネだ。このままずっと、共に歩いてほしいと思った相手だ。


「良かった! お前、あの女になにかされたんだよ。操られてたんだ」

「そう、なのか?」


 離れると、ジュネは跳ねるように起き上がった。

 しかしいつ、そんなことをされたのだろうか。記憶がないわけではない。けれどもバラバラに散らばった写真を見ているようで、どうにも整理がつきそうにはなかった。


「あの子、余計なことをしてくれるわね。私の魅惑まで消しとばすなんて」

「やっぱり俺を操ってたのか」

「そうよ。でも同じでしょう? あなたは私の言うなりにしかなれない。でないと殺されるもの。それを気持ちよく、自分から進んで出来るようにしてあげたのに」


 アルフィの表情は、いつもに戻っていた。それが平常を示すのか、なんらかマイナスの感情となっているのか。


「進んで? 神の世界とかって聞こえた気がするけど、そのことか」

「そうよ。あなたにはまだ糸が繋がっているから、私がそれを辿れば、あなたを送り込むことが出来る。元の世界に帰れるかもしれないわ」


 この少女が、カズヤのためを思ってなどと考えるだろうか。そんなことは関係なく、気紛れに考えたというなら、あるのかもしれない。

 しかし最も自然に考えるなら、カズヤのあとに雷禍も着いてくるという事態だ。一連のあれこれは、あくまで実験だと言っていた。

 だから全て、出来るのかやってみようというだけのことなのかもしれない。冥獣を送り込むと、神の世界とやらに影響があるのかどうかまでも。


「そうね」


 この返事は、カズヤの想像が全て正解だったということなのか。声だけで笑う、いつも通りのアルフィ。そのすぐ後ろに、いつも通りに睨みつけるディア。

 ――いや、もうそんなことはどうでもいい。いまカズヤに言えることは、一つだけだ。


「……めんどくせーな」


 その言葉は、カズヤに取って考えるまでもない。きっと舌の裏にでも、ストックがいくつもあるのだ。その言葉一つがカズヤの考え方そのものだから、そこに注釈も付け足しも必要がない。


「なんですって?」

「俺はな、俺以外の奴に、俺がいいようにされるのが大っ嫌いなんだよ。俺は俺のやりたいようにやるために、生きてるんだよ」

「よく言った、カズヤ」


 ちらと視線だけを動かして、ジュネを見た。半歩前に、カズヤを庇うようにして、姿勢を低く彼は立っている。

 もちろんアルフィへの恐怖はある。だがそれは、今まで何度となく彼の中を巡り、ようやく結論が出ていた。どうしようもないと。

 つまりそれも、面倒くさいとしか処理できないものだ。

 そんなことより、俺はどこに居るべきだ? ジュネにはジュネの、俺には俺の居場所がある。

 それならこのままで、いいのかもしれない。適材適所という言葉もあるのだから。


「そう、その考え方は好きよ。私と似ているもの。だから――駒が思うように動かないのは嫌いなの」


 彼女の赤い瞳が、光ったように見える。あれが彼女の、怒りなのかもしれない。それが証拠にというべきか、ディアが焦ったように彼女の前へと出て来る。


「お嬢さま、ここは私が」

「ディア、どきなさい。私がやりたいの」

「は、はぁ……」


 どのみち死ぬのか。それなら役に立つかなんて関係ない。どこに居たいかだけを考えればいい。

 カズヤは半歩前に出る。ジュネはそれを横目で見て、少し驚いて、にやと笑う。

 ディアを押し退けるように、アルフィも一歩前に出た。それでもあの忠実な従者が、ここではまずいと押し留めようとしている。

 どれほどのことをしようというのか、なにも起こらないうちから、目を細めた。


「カズヤ! 避けて!」


 緊迫したマシェの声が突き通る。そちらを見ると、もう目前に雷禍の姿が見えた。急にどうしてだか、カズヤの居る方向へと突進してくる。

 いくら強がったところで、身体は正直だ。驚愕と恐怖で、身動きが取れない。両目も閉じてしまう。

 カズヤの身体は、激しい衝撃に弾き飛ばされた。

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