第四章:蔓延る雑草

第37話:廃墟の中

 姿を見せたのとほぼ同じ方向に、雷禍は去った。その時にはとてつもない高速だったが、去り際はゆっくりのんびりだ。

 おかげでその巨体は、いつまでもそちらの空に見えていた。カズヤはジュネと二人、なにも言わず見送る。

 なにも考えられない放心状態であったのだから、言葉が出なかったのも、むしろ当然ではあった。

 二人が次に話したのは、日が傾き始めてからだ。


「生き残った人も居たんだな」

「ああ」

「たくさん居るけど、少ないな」

「ああ」


 ジュネが指さしたのは、町の西門の外だ。正確な人数をかぞえるのは難しいが、十人や二十人ではなく、もっと多い。

 この町――が街だった時には、どれくらいの人口が居ただろうか。少なくとも、一万は超えていたのではと思う。

 仮に今見えているのが百人だとしても、あまりに少ない。

 二人は丘の上で座り込んでいたが、突然にジュネは「ふうっ!」と、息と声を吐き出して立ち上がった。

 どうしたのかとは思ったが、それを口に出す気力が戻ってこない。高くなった視線を合わせるのが、やっとだ。


「カズヤ、もう少しで夜になる。俺たちもあそこに行こう」

「――ああ」


 行ってどうするのか疑問に思って、返事が遅れた。結局それを考えるのも面倒だったので、同じ返事を繰り返す。


「ほら。この辺にだって、魔獣は居るんだ。二人で居るより、あそこに混ざったほうがいい」


 ジュネは右手を差し出して、引き起こしてくれる意志を見せた。だが自分からその手を取るのが、つらい。

 嫌だというのでなく、苦しいというか、疲れたというか、とにかくその気になれなかった。

 逆らいはしないから、強引に手を引いてくれればいいのにとも思う。しかしジュネは、そうしない。

 やはり疲れた顔をしていたはずのジュネが、もう僅かながら笑みを浮かべていた。そんな顔をされては、敵わない。


「分かったよ」


 触れた手は力強く握られて、身体を起こすのに、自分の力は必要なかった。

 面倒ではあったが、悪い気はしない。ジュネほどうまくは笑えなくとも、苦笑程度は出来た気がする。

 先を歩き出した彼に、カズヤは着いて丘を下った。


◇◇◆◇◇


 生き残った人々は、瓦礫と燃えかすの中から使える物を集めた。食料や食器、布地や木材などだ。

 簡易に柱が立てられて、厚い布で屋根が張られた。これだけの人数が居れば、急拵えではあっても物ごとが回る。

 襲われたことや、家族をなくしたショックで、立ち直れない者も多かったが。

 ジュネは自分から、あれこれと仕事を探した。瓦礫をひっくり返すのも、近隣から獣を獲ってくるのも、誰かに命令されたのではない。

 カズヤは彼と行動を共にしていたので、獲物を運んだだけだ。それでも調理をしてくれる女性たちに喜ばれ、たくさんの礼を言われた。

 居心地が悪い。好意的にされれば、されるほど。

 二日目の午後には、騎士や兵士がやってきた。彼らも城の生き残りだ。生き埋めになった者を掘り起こすのに、かかりきりだったらしい。

 彼らの言うところでは、北門と南門の外にも同じように、生き残りが集っているようだ。東門の外にないのは、当たり前だと思う。


「こちらも人数が十分でない。伯爵閣下が戻られるまで、東門に移動してほしい」

「それは騎士さま、そんなこととても怖くて、耐えられないでしょうよ……」


 騎士は命令でなく、協力として求めた。しかしそれを、住民たちは断る。

 伯爵が戻ってくるのは、東からだ。人数を集中させたほうが、騎士や兵士の仕事がしやすいのも分かる。

 だがそれは理屈で、そんなもので恐怖はどうにもならない。言われなくても、そのくらい分からないのかと、カズヤは憤った。

 住民たちの立場を、我がことと考えたのではない。やはり性分として、体制側の人間が嫌いなのだ。


「まあ、気持ちは分かるのだがな……ではせめて、行ける者だけでも東へ。そうでない者は、南へ行ってもらいたい。四ヶ所に分散させるのは、手に余るのだ」


 騎士にそこまで頼まれては、住民たちも断れないらしい。気丈に東へ向かうのは、意外に半数近くも居た。

 カズヤは、どちらでも良かった。雷禍は、アルフィに呼ばれたのだ。もう一度来る可能性は低い。

 だがジュネは、南に行くのだろうと思う。彼はきっとそうするだろうと、察しがつく。


「カズヤ。俺は南に行こうと思うんだ」

「そうだな、そうしよう」


 二人は資材を抱えて、南門に向かう集団と行動を共にした。

 伯爵がいつ戻るとは、確たる目安がなかったようだ。雷禍の調査が目的で、うまくいけばそのまま討伐と言っていたのだから、それは明確な予定は立つまい。

 領都が滅んでは伯爵家も終わりだと、逃げ出した者もそれなりに居たらしい。はっきりそうとは誰も言わないが、酒を飲んだ時の話の端々に見て取れた。

 連絡の人手も出ているはずだが、下手をすると数週間単位でこのまま、という可能性もあった。伯爵の判断如何では、さらにということもだ。

 しかし結局、伯爵が戻ったのは、雷禍の襲来から八日後だった。

 そのころジュネは、南門の集団にあって、リーダー格の一人となっていた。当人は「みんなを手伝ってるだけだよ」と、持ち上げられるのを嫌がっている。

 カズヤも黙って同じ行動をしているので、その腹心くらいには、見られていたのかもしれない。難民キャンプの腹心とは、なにをする者かと疑問ではあるが。


「やあ。元気そうだね」


 跡形もない領都を見て、どう感じたのか。厳しい表情の伯爵に着いて、グランたちも姿を見せた。

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