第三章:繋がれども草は草
第26話:それぞれの目的
グランたちがどうなったのか。雷禍がたった今、どうしているのか。どちらも知れなかった。
分からなければ、最悪を想定して動かなければならない。グランたちはともかく、雷禍は付近に居るものとして動けと、シヴァンは指示した。
しかし動けと言ったところで、現在地がどこかも不明だ。森の中では、月も星も灯りとして役に立たず、朝までは静かに待機となった。
「あれらが残ってくれなければ、彼奴はすぐにこちらを探しただろう。そうなれば、命はなかった」
「ああ、まあ……」
身体を温めるために、いくらか酒を飲めとも指示が出されていた。火を使えないでは、それ以外に暖を取る方法もあまりない。
カズヤはシヴァンと、もう一人別の騎士と一緒に座り込んで、二人の会話を聞いていた。参加したくはなかったが、シヴァンは構わずにこちらへも返答を求める。
「自ら犠牲になるとは、民衆の鑑ですね」
騎士が言った。カズヤは、はあ? と、内心でその騎士をバカにする。
グランの口の利きかたからして、騎士とは偉いのだろう。だからと下位にある人間が、進んで上位の犠牲になるなどあるものか。
実際にあの三人は、表面上は別として、それほど敬っているようには見えなかった。いやマクナスに至っては、表面上もだが。
教員とか、その関係者とか、高い立場にある奴らはみんな同じだ。自分たちのやることはいつも正しく、学生は疑問も持たずに従う。それが当たり前だと思っている。
ちょっと意見を言おうなんて場面でも、聞いてやろうという態度が、鼻についてしかたがない。
などと考えるカズヤ自身は、嫌なことをなかったことにするくらいしか、してこなかった。
「――ん、なんだ?」
ふと。すぐそこの茂みに、誰かの立つ影が見える。先に気付いたシヴァンの声で、カズヤも気付くことが出来た。
ちょうどそこだけ、闇が沈んだような、不可思議な暗さがある。その場所から、どさっと荷物を放るような、重い音が聞こえた。
「何者だ」
武器も防具も失っている騎士は、唯一残った手甲を突き出すように、近付いていく。
「何者とは失敬な。あれほどたしかに名乗ったというのに、何度同じことを聞くのか。人間は、本当に愚かですね」
どこかに隠れでもするべきか、カズヤは腰を上げかけていた。が、その声で行動は決まる。その場に直立し、下手な動きは出来なくなった。
いや。アルフィの動きを見ていないと、ディアの機嫌を損ねるかもしれない。気付いて、半歩ずつゆっくりと、そちらへ近寄っていく。
普段のカズヤが、自身のそんな行動を見たら、なにをやってるんだと呆れただろう。だがこの二人には、そんな価値観や感情など度外視せねばならない。
本能、なのだろう。カズヤはこの世界に来て、もう三つもそんな対象を得てしまった。
「それは――連れて来てくれたのか」
「そうよ」
問うたシヴァンの半歩後ろで、その会話がなにを指しているのか、見えていた。
マクナス、グラン、マシェ。雷禍と対峙したはずの三人が、地面に積み重ねられている。
それを足元に、いつも通り。薄く笑うアルフィの頭上へ、ディアは日除けの傘を差す。
「ちょっと死にそうだったから、治しておいてもあげたわ」
「治し――そうか、面倒をかけた。しかしどうして、そこまでしてくれる。彼らを知っているのか?」
あの空間から、どうやって連れ出したのか。
ちょっと死にそうというのも、どういう状態だか分かりかねるが、ある程度の負傷はあったのだろう。それをどうやって治したのか。
この二人のすることに、疑問を持ってもいまさらではある。しかし無視出来ないのは、シヴァンの聞いた通り、どうしてこちらを構うのかだ。
「知ってるけど、知らないわ。でもね、出来るはずもないのに頑張ってるのって、面白いでしょう?」
「ふむ。意気に感じた、ということだろうか。ともかく、彼らに代わって礼を言おう」
「要らないわ。私、あなたたちのこと、
嫌いだもの」
嫌いなどという言葉を聞いて、落ち着いてはいられない。そもそも雷禍の恐怖でさえ、ほんの少しの物音が、あの咆哮の前兆ではないかとびくびくし続けているのだ。
そこに彼女らの威圧が加わっては、胸の鼓動が留まるところを知らない。
「そうか、それは残念だ。しかし敵対するつもりはない。このまま去ってもらえれば、ありがたい」
戦えば負けるから、見逃してくれ。ほぼ、そう言ったに等しい。
事実としてそうなのだろうが、直接にはなにもしていないのに、そこまで言うのか。自身が怖れているだけに、カズヤには意外であっても驚きはない。
けれども騎士は、そうでなかったらしい。シヴァンに目を見張らせ、やがて悔しそうに瞼を閉じた。
「大丈夫。あなたのことは、気になっているの。この子たちは、そのついでよ」
シヴァンの言葉は、無視された。アルフィはカズヤに視線を向け、下ろしていた右手をすうっと、肩の高さに上げて言った。
広げられた手の、人さし指だけがぴんと伸びて、まっすぐカズヤの眉間を指している。
「この男を知っているのか」
シヴァンの視線が、ちらとカズヤを向いた。すぐにアルフィへと戻されたが、鋭いものだった。
俺は知らないと頭に浮かんだが、それよりもアルフィの反応のほうが早い。
張り付いた笑みは変わらず、どうやって鳴らしたものか。舌打ちが小さく聞こえて、ほとんど同時に、シヴァンのくぐもった呻きもあった。
短く、抑えた声だったが、なにごとかはあったのだろう。アルフィのそんな態度にも関わらず、ディアが優しげな笑みを向けている。
「じゃあね」
そこにモニターでもあったように、二人の姿は、一瞬の残像だけを残して消えた。
「シヴァンさま、手当てを」
「うむ。血を止めねばな」
すぐにそういう会話がされて、怪我をしたのだと分かった。
シヴァンの手が押さえているのは、左の側頭部。暗くてよく見えないが、どうも耳たぶを削ぎ落とされたようだ。
止血に使える物を探しに、騎士が仲間のところを回る。彼らはそれで、異変のあったことを知ったらしい。容態を案ずる声が次々に上がった。
思えば、今は普通に聞こえる木々のざわめきも、さっきは聞こえていなかった気がする。その不気味さに、カズヤは身震いを抑えられない。
◇◇◆◇◇
グランたちは意識を失っていたが、目覚めるのにそれほどの時間を必要としなかった。
荷物も含めた、身に着けた物も変わりないように見える。
どうして自分たちが、またカズヤたちと合流しているのか。どうして大きな怪我が治っているのか。その二つ以外の記憶も、しっかりしているようだ。
「さて、雷禍については分からんことだらけだが。お前たちの行動も、別の意味で分からんな」
「僕たちが犠牲になることで、みなさんが生き延びられればと……なんて言っても、説得力がないようですね」
困ったという表情ではあったが、グランのそれはまだ作り物臭い。シヴァンはそれに、言うまでもないと態度で示すように、黙って睨みつける。
「僕とマシェは、レトナという村の出身でして」
「レトナ……おお、聞いたことがある。付近では有名な、狩り手の村、だったか」
「ええ、そのレトナです」
その村の生き残りであること。全滅した戦士に代わって、雷禍を狩るのが目的であることをグランは語る。
「お前は最初に、騙ったな」
「申しわけありません。下手に知っていると言えば、遠ざけられることを心配したもので」
「それでうまくこちらの行動に合わせて、ここまで同行したのか。食えん奴だ」
お褒めに与りまして、と。真面目くさって言うのに、シヴァンは気に入らないと鼻を鳴らす。
「まあ――おかげで助かったのは事実だ。知らぬこととしよう」
「ありがとうございます」
「お前はまた別だと聞いていたが?」
質問はマクナスにも向けられた。それは当然だが、素直に答えるものだろうか。話すものかとでも言うかと、カズヤは予測した。
「俺の村は、流行り病で滅んだんでね。特に出来ることはない、やりたいこともない。それでふらふらしてるだけさ」
「ほう、どこの村だ」
「名もない小さな村だ。俺も地図で知ってるわけじゃない。あっちのほうだとしか説明出来ない」
マクナスは、指を西に向けた。そんな適当な説明があるものかとカズヤは思うが、シヴァンはあっさり「そうか」と言う。
「この二人とは、たまたま出会っただけだ。まあまあ、楽しい道中だったんでね。目的は俺も今知ったくらいだが、退屈に生きるよりは、面白く死んだほうがいい」
不敵に笑って、マクナスは言い放った。グランとマシェも含めて、こちらの人間の人生観はよく分からない。
しかしシヴァンが受け入れているからには、それほどおかしな話ではないのだろう。
いや、でも。
どうにもすっきりしない心持ちで、カズヤは首を捻り続けた。
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