第7話:宴の夜

 予定とは異なった形で、カズヤは人里に辿り着いた。町と聞いたはずだが、想像と違う。

 乏しい知識では、こういう世界の建物と言えば石造りだ。しかしここにあるのは、木造ばかり。

 その家屋にしたところで、まあまあ数はあるものの、それ以上に畑が多い。どの家にも、家畜らしい動物も見える。カズヤの価値観では、どう見ても田舎の農村だ。

 町というのは良いとして、ここが大通りなのだろうという道を進む。その先に、他の家屋よりも大きな建物があった。

 シヴァンは住人と話して、そこを宿とするようだ。

 その建物の脇には、細い丸太を組んで作った、檻のような物がある。


「シヴァンさま。この男は」

「詳しい素性は知れんが、おそらく脱走民だ。閣下にもみだりに近付いたくらいだからな、気を付けよ」

「なるほど、町の者にも気を付けるよう言っておきましょう」


 そんな会話が聞こえて、まさかと思った。しかしその通り、カズヤは檻の中へと押し込まれた。


「なんなんだここは! 俺をどうする!」

「騒ぐな、町長に迷惑だ。狼藉者を閉じ込めるのは、当然だろう」


 縛った両手を解くこともなく、シヴァンは立ち去る。別の騎士が一人残っているが、呼びかけても返事さえしない。

 狼藉者とは、乱暴な行為を働いた人間だろう。それほどのことを、いつしたのか。

 シヴァンに声をかけられてから、納得のいくことが何一つない。相手が武装していなければ、とっくに殴りかかっているだろう。

 しかし昨日も今日も、体力を大いに使った。いい加減に大きな声を上げるのにも疲れてきて、取りあえずは諦めることにした。


「それにしても、ここも臭いな……」


 座っていようとしたが、両腕が後ろだと疲労感が増す。しかたなく倒れ込むと、敷かれた枯れ草が柔らかくて気持ちいい。

 その下からだろうか。それとも、檻からかもしれない。動物園に行った時のような、動物の糞や体臭の混じった臭いがする。

 きっとここも、家畜を囲っておく柵なのだろう。人ひとりを閉じ込めるには、無駄に広い。

 証拠に柵の内側には、動物の体毛らしき物があちこちに付いている。

 寝転んでいる間に、糞尿が滲みるかもしれない。予想が立って上体を起こしかけたが、やはり疲労と痛みに負けてしまう。

 今のところそういう気配はないし、大丈夫だろうと思い込むことにした。


◇◇◆◇◇


 やがて、日が暮れた。

 伯爵は建物に入ったきり姿が見えなく、騎士は行ったり来たりしているものの、カズヤには見向きもしない。

 住民からは、怖いもの見たさと好奇とが入り混じった視線を向けられたが、それも飽きられたらしい。

 カズヤから随分と遅れて、グランたちもやって来た。しかし一瞬、ちらりと見ただけで声をかけることさえない。

 どいつもこいつも、人ごとだと思って。冷たいもんだな、クソッ。

 そんなことを考え始めると、苛々が治まらなくなった。


「おいっ。俺はどうなるんだ!」

「ああん? そんなこと、知るわけないだろう」


 柵にもたれて、怒鳴る。

 見張りは、この土地の住人に代わっていた。貴族に対して心証を良くしたいのか、騎士たちへもあれこれと世話を焼いている。


「これから歓迎の宴だしな。伯爵さまも酒を飲んで、明日の朝くらいまでは忘れてるんじゃねえかな」

「宴? 俺をこんなところに入れたままかよ――」


 騎士が一人で行っていた見張りを、住民たちは三人ずつ交代している。その三人ともが、カズヤの言い分に首を傾げた。


「なにを言ってる? なにしたか知らんが、罪人だろ」

「市民証ってのを、持ってないだけだ。悪気があるわけじゃないと伯爵に言ったら、こうなった」

「お前、どこから来たんだ……?」


 俺はそれほどまでに、おかしなことを言っているのか。

 目の前の男は、一歩を後退った。素っ頓狂な奇声を上げたわけでもないのに、カズヤを見る目はまさにそんなものだ。

 なにがどうおかしいのか、聞いてみるべきだ。それでどうにかしたら、少しは境遇も改善されるかもしれない。

 思いはするものの、なんと聞いたものか言葉が出てこなかった。まず自分のことを、どう説明するのか。こことは違う世界などと言って、信用されるわけがない。

 そうしているうちに、なんとも言えない芳香が鼻先をくすぐる。

 肉の焼ける匂い。油を使った炒め物の匂い。日本の焼き肉店から漂う空気に似ている。この元になっている物ならば、カズヤの口にも合いそうだ。


「腹減ったな……」

「お前のおかげで、俺たちも行けないんだ。我慢しろ」

「あとで肉の一本くらいは、持ってきてやるさ」


 宴とやらが始まったらしい。日の暮れる前、通りの先のほうへ広場が見えた。そこで火を焚いているようだから、それなのだろう。

 まだまだ町のあちこちから、出遅れたとばかりに住民たちが集まっていく。住居の数と見合わない多さだ。

 その光景を恨めしく眺める目に、奇異に思える者が映り込んだ。

 背格好は他の住人と同じく、普通の人間に見える。しかし頭だけが。いやもしかすると服の下もそうなのかもしれないが、どう見てもネズミかリスだ。


「おい、あいつ! なんなんだ!?」

「あいつ? ――別に変なのは居ないが」

「あれだよあれ! そこの二人連れの、後ろに居る奴!」

「ええと、ああ。レットじゃないか。あいつがどうした」


 どうにも話が通じない。目の前にUFOが降りてきたのに、相手は「いいボディだな」などと自動車を見るような態度でいる。そんな気分だ。


「いや、だって。あいつ、ネズミじゃないか」

「ネジュウ?」


 まただ。相手が聞き取れないと、カタコトになる。翻訳されないということは、ネズミもこの世界には居ないのか。


「もしかして、あいつがラチルだから珍しいと言ってるのか? お前のとこじゃどうか知らんが、この国には多いぞ」

「ラチル――」


 それがなにか、まだ見当がつかなかった。そういう見た目になる、病名などかもしれない。

 しかしそうだとすれば、気遣うような言いかたではなかった。居るのは当たり前で、自分たちと同等の住人として扱っているように思える。

 そうなるとさっきのは、ああいう種族なのだろう。獣人というやつだ。小説などでは差別されたりする例もあるが、ここではそんなこともないようだ。


「お前のとこだって、ハンブルが多いんだろう? あとは、キトルも居るだろうな。カラルは居るか?」


 話していたのとは別の見張りが言った。その男はカズヤと同年ほどに見えて、好奇心を隠さない。あとの二人に遠慮して黙っていたのが、我慢出来なくなったらしい。


「こらジュネ、余計なお喋りをするな」

「なんだよ、おっさんだって話してたじゃないか」

「お、俺は聞かれたことに答えただけだ」


 それで三人は、それぞれカズヤに背を向けた。喋りすぎたと後悔しているようで、これ以上は話してもムダかもしれない。

 ジュネと呼ばれた若い男だけは、まだちらちらと様子を見ているが。

 やれやれ、分からないことだらけだ。

 しかしそれを理解したところで、ここから出られるわけではない。虚しくなって、腰を下ろした。

 やることもないので、周囲を端から眺めていった。街灯もないのだから、見えるのは星くらいだが。

 カズヤの知っている星座は、オリオン座だけだ。けれども星の数が多いせいか、全く分からなかった。

 まあ、綺麗は綺麗だな。

 この世界に来て初めて、苛立ちや怖れなどといった、負の方向でない感情を覚える。


「ん?」


 広場は炎が明るいし、人が楽しんでいるのは腹が立つ。だからそれとは違うほうばかりを見ていた。

 きっと高い山の上のほうだろう。雲だか霧だかが、一瞬だけ白く浮かんだ。最初はなんとも思わなかったが、この世界に、しかもあんな場所に。そんな強い光が、あるものだろうか。

 光は明滅を繰り返し、少しずつ移動しているらしい。と思えば、しばらく動かないこともある。

 なんらかの自然現象というより、誰かのなんらか意図を持った動きに思えた。


「あんなところに、なにかあるのか?」

「……ああん?」


 話しかけてくるんじゃないというように、年長の男はあしらった。しかしジュネは、カズヤの指すほうを見て呻く。


「あ、ああ――雷禍だ」

「なに?」

「雷禍だ!」


 その叫びを発端に、宴に浮かれていた村は、慌ただしく空気を変貌させた。

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