第16話:錯綜する思惑
その後もカズヤの見張りには、マクナスとグランが交代で就いた。彼らの話では、カズヤのこともそれほど大事に考えていないのでは、とのことだった。この地で雇っただけの、よそ者の自分たちに任せきりなのが、なによりの証拠だと。
たしかに蝋燭商が連れ出されてから丸一日、マシェも含めた三人以外はここに来ない。
だからその話には、説得力がある。しかしそれなら、どうして現実が追いつかないのか。
「大事でないというのが、忘れているのと同義だからさ」
「貴族なんか、そんなもんだ」
「シヴァンさんは覚えているわ。話せば理解の速い、頭のいい奴だって褒めてたもの」
俺を飯の種にしている奴らに言われてもな。そう思い、そう言った。
それに対して、三人の二人までは「違いない」と笑い、一人は「そうよね――」と表情を曇らせる。
「でもまあ僕たちも、君のことを悪人でないとは理解したよ。最低限、恩に答える気持ちくらいは持っていることもね」
「おい。俺を勝手に、僕たちの中に入れるな」
「恩に答える?」
なんのことを言っているのだか、さっぱり分からない。
しかし問うても、にこと笑ってグランは受け流す。苦手な手合いだ。話が上手くて、ペースを握り込むタイプだと思った。
「じゃあ俺が、異世界から来たってのも信じたのか」
「異世界ねぇ……」
真っ先に反応したのは、意外にもマクナスだ。片方の眉を上げて、訝しげに見ている。しかし頭から信じていない、という風でもない。なにか思い当たることでもあるのだろうか。
「悪人でないのと、善人であるのは全く違う話だよ。悪人でないからと、悪行をしないわけでもない。それと同じで、君の話を信じるには、まだ根拠がないね」
もしかすると信用して、なにかと助けてくれる気になりかけているのか。
うっかりそんな幻想を、ちょっぴり、ほんの少し抱いてしまった。グランの返答は、それをばっさり切り捨てた。
文句しか言わなかったマクナスが、思わせぶりなことを言うからだ。やはりこいつは、むかつく奴でしかない。
三人は、そのまま話し続けた。伯爵はなにが目的なのかから始まって、雷禍とはなにか、あの雷はどうして起きるのか、などなど。
主にグランとマシェが話し合って、時にマクナスへ意見が求められる。彼も面倒そうにはしながらも、全くの無視をすることはない。マシェはグランと対等に話す。グランもマシェに遠慮はしないようだ。
仲間、ってやつなんだな。
ぼんやり眺めながら、そんなことが頭を過った。
「ここは酒場ではないんだがな」
なんの合図もなく扉が開いて、入ってきたシヴァンが言い放つ。呆れた様子だが、咎めているのではないらしい。
たしかに酒こそないが、居酒屋などで話している風ではあっただろう。カズヤも半分以上、軟禁されているのを忘れかけていた。呆れられるくらいは、仕方がない。
「まあいい。もう外に出て構わんと、言いに来たところだ」
「外に? 俺に払えるものなんかないぞ」
「やはり察しがいいな。もちろん条件はある。が、すぐにではない。それまで自由にしていていい」
条件。カズヤを逃がしたとされた者が、売り物を全て奪われたのだ。当人のカズヤは、よほどのことをさせられると予想できた。
しかしそれまで自由にして良いとなると、この町から逃げ出すことも可能とならないだろうか。ここが絶海の孤島などでないのは、自分の目で見た。
「逃げても構わんぞ。その場合は見つけ次第殺すし、この三人にも相応の罰を受けてもらうことになるが」
「……えぇ?」
「それが気に食わんなら、このままここに居ろ」
これも条件の一つ、ということか。だがそれはカズヤの意志は関係なく、グランたちの話になる。
彼らにとっては行きずりの相手でしかないカズヤのために、そんな条件を飲む理由がない。
「シヴァンさま、よろしいでしょうか」
「なにか」
「その条件、僕と妹だけにしていただければと思います。マクナスは旅の方向が同じというだけで、僕たちも長い付き合いというわけではありません」
「良かろう。それで決まりだ」
なにを言い出したのかと驚いたのは、カズヤだけでなく、マクナスもだったようだ。椅子から立つだけは立って、面倒くさげだった表情が強張っている。
シヴァンはこちらの言い分をそれ以上聞く気は見せず、「ではまた後でな」と去っていった。
「おい、どういうつもりだ」
「どうもこうも、聞いた通りだよ」
突っかかったのは、マクナスだ。カズヤもなにか言おうとはしたが、先を越されてしまった。
グランは両襟を掴まれて、つま先立ちになる。
「君にはなにか、目的があるんだろう。面倒ごとは、こちらで受け持つよ」
「それはお互いさまだ。いつもへらへらと、俺が気付いてないとでも思ってるのか」
「知っているよ。だからこの手も、すぐに離してくれると思っている」
マクナスは、なにに怒っているのだろうか。カズヤを嫌っているのだから、責任を持たされなくて良かっただろうに。
それにグランも、ふわふわとしただけの男ではないらしい。
二人の会話が、カズヤには理解不能だ。それが指す内容を知らないせいと、そこに含まれる感情が未知のものであったから。
「ちっ!」
忌々しげに、グランの襟が離された。不安定な格好だった彼は、全くふらつかずに体勢を戻す。
マクナスはその勢いを駆って、家から出るほうへと足を向ける。
「どこへ行くんだい?」
「――ここのメシじゃ足らない。なにか食ってくる」
「だそうだけど、カズヤも行くかい?」
機会はすっかりと、逸してしまっていた。今日の夕食はまだ食べていない。その誘いを断る理由は薄かった。
◇◇◆◇◇
酒場は二十人ほどが座れる、それほど大きなものではなかった。いやそれはカズヤの感覚で、こちらの世界でどうだかは分からないけれども。
ここへ来る途中、広場を横切ると、四十人ほどの男たちがたむろしていたのを見た。胸鎧こそ着けていないが、騎士たちと同じような格好に思える。
「今日の昼に到着したんだ。騎士たちの部下だね。単純な話で、彼らは徒歩だから、騎士よりも遅いんだよ」
「そんなバラバラに動くものなのか?」
「普通はしないね。よほど時間を惜しんでいるとか、なにか理由があるんじゃないかな」
これだけの人数が居るなら、町民を使う必要はなかっただろう。山での作業を思い出して、急いでいるという説に頷いた。
「でも結局なにも見つからなかったし、また雷禍が動くまで待機するしかない、のかな。あんな人数を受け入れられる建物はないから、野宿だけどね」
それだけ話すと、もう酒と料理が用意された。カズヤは蜜酒で、三人はエールだ。
酒場に入った時に、なんだか酸っぱいような臭いだと思った。それがエールの発酵臭だと分かって、あまり飲みたいとは思わない。
料理も選択肢がほとんどなかった。
なんの肉か、獣の種類を選べるだけで、それを焼いた物。あとは日替わりの、煮込み料理だそうだ。
肉はまあまあ、まずくはなかった。牛とも豚とも違うが、筋張っていて少し臭い。
煮込みは、シチューと呼ぶのが近いだろう。けれどもなんの味とはっきりした物ではなく、食べられなくはないという感じだ。
「話を戻すが――」
店の人間が遠ざかったところで、気になっていたのを聞くことにした。どうして身元引受人のようなことをしたかだ。
「えぇ? カズヤのためだと思ったんだけど、迷惑だったかい?」
「迷惑じゃ、ない。当然だ。でもおかしいだろう、俺みたいなわけの分からない奴の責任を被るなんて」
「そんなことないわ。だって――」
「マシェ」
なにか言いかけたのを制されて、マシェは口を閉ざした。不満げなのを隠さず、テーブルの真ん中に山盛りのパンを二つ取って、もぐもぐと食らう。
「カズヤには事情がある。こんなところで捕まったまま、罪人として過ごしたいわけでもない。違うかい?」
「そりゃあそうだが……」
「僕たちにも事情がある。それを誰にでもほいほい喋るほど、僕は社交的じゃない」
グランの笑顔は優しげだ。顔の造作も、美形と言って差し支えない。それが逆に、得体を知れなく感じさせた。
「……俺に利用価値があるって言ってるのか」
「おや。シヴァンさまの言う通り、頭の回転が速いね。でも安心していいよ、カズヤ自身をどうこうしたいわけじゃない」
そうかそれは良かった。お互いに思惑があって、それが合致しただけなのだ。ならば当面、食事でも楽しむとしよう。などと、思えるはずはない。
しかしグランは、まさにそうという風に、うまそうに煮込みとエールを腹に収めていった。
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