第二章:陽に向かう花と立ち枯れる草
第15話:蝋燭のある部屋
伯爵以下、一行は町へと戻った。捜索に収穫はなく、いくつかの羽根以外はムダ骨に終わった。
それでもカズヤにとっては、いくらかの待遇改善がもたらされた。捜索に協力的だったので、柵での監禁でなく、町長の家の中への軟禁に格上げだ。
しかしだからと、感謝する気持ちになど到底なれない。カズヤにとっては、謂れのない拘束が続いているのだ。
同じ部屋に、二人の男が居る。それほど大きな部屋ではない。窓もなく、納戸かなにかだろう。壁に燭台がかけられていて、二つの火が灯っている。
それに、隅にある一人用の小さなテーブルにも手燭が。軟禁部屋にしては、随分と明るい。
備えられた椅子に、マクナスがかけている。彼はそこで、市民証を摘んで眺めていた。いやむしろ、それを繋いでいるチェーンのほうを見ているのか。
なにが面白いのか、カズヤには想像もつかない。マクナスの顔にも感情は見えないから、ただぼうっとしているだけかもしれないが。
彼の剣は布を外されて、質素な鞘に包まれた姿が露わにされていた。
長い柄が付いていて、全長ではカズヤの身長に迫る。ゲームだと、大剣とかグレートソードなどと呼ばれる物だ。
それはテーブルと壁との角に立てかけられて、いつでも抜ける態勢にある。
しかし部屋の広さは足りるとしても、天井につかえるように思った。こんなところで、振り回せるものなのか。
しかしともかく、あんな物で切られれば、腹が真っ二つになるかもしれない。最終的には、その妄想のほうが勝った。
「なんだ」
「いや。重そうだなと思って見てただけだ」
「大したことはない。お前みたいにひ弱だと、持ち上げるのも怪しいがな」
また皮肉を言いやがって。そう思ったが、皮肉でなく、正直にそう思っただけなのかもしれない。マクナスの表情に、あざ笑う雰囲気はなかった。
それであれば、余計に腹が立つのではあるが。
隣の隅には、中年の男がうずくまっている。いくらか腹が出て、身なりもなんだかだらしない。
どうやって調べたものか、篝火を倒したのはこの男のようだ。
伯爵が帰るなり突き出されて、すぐに閉じ込めておけと言われていた。
それからずっと、なにごとかをぶつぶつ呟き続けている。よく聞こえないが、「なんで俺が」「悪いことはしてない」という内容に思えた。
「あいつのせいだ」
「ああ?」
あらぬ方向を見ていた目が、いつの間にかカズヤを睨んでいた。お前ではなく、あいつ、と。目の前に居る現実を無視した言いかただった。
SNSで、叩いてる奴らみたいなことを。スマホやパソコン越しの、無責任な輩と同じに見える。
苛々した。
「お前が居なけりゃ、俺は消し忘れた火を消しただけだったんだ!」
「知るか! 俺は居たんだよ!」
「お前がおとなしく柵の中に居れば、こうはならなかったのに!」
「それは、あんたの都合だろうが。あんたは勝手に怒鳴って、俺は勝手に逃げ出した。あんたに文句を言われる筋合いはない」
男は言葉に詰まって、憎々しげに顔を歪める。と、「若造が!」と怒鳴って、対角に居るカズヤへ走り寄る。
が、半ばで強制的に止められた。それどころか、もと居た辺りまで吹き飛ばされて、壁に激突した。
ぐぇ。と蛙を潰したような声がして、痛みに縮こまる。
「お忘れかもしれんが、俺は見張りでね。お前たちを逃がすなとは言われたが、殺すなとは言われてない。つまらんことをするな」
鞘が付いたままの大剣を、先ほどまでのように立てかけつつ、マクナスは言った。
カズヤを助けたわけではないだろう。閉じ込めた者同士が争っていれば、見張りはなにをしているんだとなる。それを避けただけだ。
「カネで雇われたのか」
「そうだ」
「プライドのない奴だな」
どうしてマクナスが見張りをしているのか。雇われたのなら、報酬はどんなものか。好奇心として気になって、考えているうちに出た言葉がそれだった。
岩穴の中と、それからこっちの彼の態度が、カズヤをケンカ腰にさせる。
「はあ? 旅をするのにカネは要る。そのために仕事を受けて、なにが悪い」
なにも悪くなかった。カズヤとマクナスが友だちででもあれば、人でなしと文句も言えただろう。だが、そんな事実はない。
ケンカを売るにしても、どうしてそういう切り出しかたになったのか。
「マクナス?」
部屋の外。扉の向こうで声がした。ほんの軽くだが、ノックもされている。
「居るよ」
腕を組み直して、待機の姿勢を整えたマクナスが答えると、遠慮なく扉が開いた。錠はされていない。
姿を見せたのは、グラン。その後ろにマシェ。彼女の手には、食事の載ったトレイがある。
そういえば今は、何時ころなのだろう。
あの空洞で一夜を過ごし、翌朝早くに発って、町に着いたのは午後も遅くだった。するとちょうど、夕食時なのかもしれない。
「どうぞ」
マクナスのテーブルに、椀と皿が一つずつ置かれた。続けてマシェは、トレイをそのままカズヤの前の床に置く。
野菜の入ったスープに、野鳥らしき姿がそのままの丸焼き。おそらくマクナスと同じ物だ。
見た目はグロテスクだが、匂いはいい。いささか野性味はあるが、そういう趣向なのだと思えば我慢出来る。
けれどもトレイには、カズヤの分しかない。まさかこれは見せつけただけで、実際に食べるのはもう一人の男か。
そんな意味のない嫌がらせなど、誰がするはずもない。しかし岩穴でのあれこれを根に持っているカズヤには、ない話ではないと思えた。
「マクナス――なにかあったのかい?」
「少し暴れたんでな。叱りつけた」
「君が言うならそうなんだろうけど、やりすぎないようにね」
「ああ、心配するな」
どちらかというと苦の配分が多い苦笑で、グランは窘める。彼の言うことには、マクナスも普通に応じるようだ。
自分がみくびられているのだと感じて、カズヤにはまた苛々とする。
「さ、立てますか」
「う……」
グランは男に肩を貸して、立ち上がらせる。そのまま外へ連れていくらしい。
「おい。そいつは、もう釈放なのか」
「釈放って――獄吏みたいなことを言うね。でもまあ、そうだよ。僕はシヴァンさまのところへ行かないといけないから、マシェに聞いてくれるかな」
足元のおぼつかない男を、半ば引きずるように、グランは部屋を出ていった。その言葉通り、マシェは床に座った。なんの用があるのだか、まだここに残るらしい。
「スプーンもフォークもないんだな」
話もいいが、まずは食べようと思った。けれども、口に運ぶための食器がない。この文化様式で、箸などは期待しない。しかしフォークの一本くらいは、あっても良いではないか。
「えぇ――?」
「フォーク、ね。くくっ」
マシェは戸惑いの声を上げ、マクナスは笑った。フォークのなにがおかしいのか、いくら考えても分からない。
「なにがそんなにおかしいんだ」
「ええと、いえ。おかしいってことはないの。きっとあなたには、それが普通なのよね」
「なんだ? たかがフォークだろう。この世界にはないのか」
「あるわ。でも、大きな都市でもなければ、平民は使わないの。それに捕まっている人に、武器になる物を渡さないでしょう?」
食ってかかったのが恥ずかしくなるくらいに納得した。文化レベルもだが、フォークが武器になるということをだ。
たしかに日本のレストランで使われているフォークも、人に向ければ殺すことだって出来るだろう。
戦争ものの映画などで、そういうシーンを見た覚えもある。
マクナスが笑いさえしなければ、もっと普通に、冷静に聞けたはずなのに。クソッと思ったが、すまなそうな顔のマシェに免じて、舌打ちだけですませた。
「そういう意味で、お皿も回収するように言われてるの」
「そうか。すぐに食べる」
カズヤとて、人に悪意を向けるのが楽しいわけではない。マシェのように言ってくれれば、理解する用意はあるのだ。
なのにどいつもこいつも、マクナスのような相手の多いこと。この世界に来る以前から、ずっと感じていることだ。
「あの人はね、罰金を払ったの」
「罰金? いつそんな交渉をしたんだ」
カズヤが鳥の丸焼きに齧りつくと、マシェは話し始めた。グランがああ言っていたので、義務のように感じたのかもしれない。
「交渉?」
「罰金はこれだけですと伝えられて、払うか払わないか。答えるとかかな」
「そんなものないわ。罰金は伯爵が決めて、払えなければ罰を受けるだけよ」
「……なるほど」
そうだ。どうも日本と同じように考えてしまう。貴族が圧倒的に強い権力を持っているのだから、町民の意思など関係ないのだ。
そうでなければ、カズヤもいまごろこんな目に遭っていない。
今からでも、下手に出たほうがいいのだろうか。そんな風に思わなくもない。
しかしカズヤには、司法だろうが行政だろうが、粗があれば公権力も軽んじる、日本の若者の気質が根強い。
そこには知識や理屈などない。自身の気分的に、納得出来るかどうかだけだ。
「あのおっさんの罰って?」
「あの人は蝋燭商なんだけど、今ある商品を全て寄付することになったみたい」
「そりゃあ――」
どうやらその罰は、既に強制執行されたらしい。この部屋だけでも、マシェが持ってきたのを合わせて、四本の蝋燭がある。
商店主が、在庫を全て無料で持っていかれるなど、倒産するのではなかろうか。きっとそれも、本人の責任だから誰も関知しないのだろう。
酷い世界だと思いつつ、カズヤはスープをすする。考えていることとは裏腹に、とても温まってうまいと思った。
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