第十七話 密談

 夜である。

国親と対面し一通りの礼を済ませ、人払いをした後、十兵衛はさっそく本題へと入った。

「それで、こちらの考えはもうご存知でありますね?」


「ああ、既に書面にて承知している。なれど」


「まだお覚悟はついていないというのですか。国親殿、何を躊躇われますか。我が主は、四国の覇者になられるは貴方と見込んで申し上げているのですよ」

十兵衛の真剣な視線を、国親は複雑な表情で受け止めた。

「四国の覇者か。四国統一など、この土佐さえ私の代で、統一できるかわからないのだから。そもそも統一というよりも、土佐の情勢を考えれば今の領地を維持するこそ難しい事なのですぞ」


「何を弱気なことをおっしゃいますか。これはもう既に決まっている事なのです。良いですか、書面でもお知らせしましたが、当家の優秀な天文学者に寄れば、この天下には既に、帝に変わって天下を統べ乱世を終わらせる星を持つ若子が、三人誕生しているのです。学者が言うには、一人目は破壊を持って天下を統べ、二人目は舌を持って天下を統べ、そして最後の一人は忍びをもって永く天下を治めるとの事です。しかし一人目が肝心なのであって、後の二人はその予備に過ぎません」


 十兵衛の瞳には、いかなる迷いも映っていなかった。


「我が主はその一人目に賭けようとしておられます。ですから」


「その一人目の天下統一を確実なものにするため、先にこの四国を我が長宗我部に統一しろと言うのだろう。そして一人目が頭角を現した時、その者に下れと」

意味ありげな視線を二人は交わす。


「その通りです。星がそのように出ている以上、一人目の天下統一の時間は出来るだけ短縮したいというのが我が主の思し召しです。何故だかお分かりですか?それはこの戦乱の世を一刻も早く終わらせるためです。そのために我が主は、予め見込みのある武将と協力して、分業で天下統一の下準備をしておこうとお考えなのです。破壊の星を持った勇者に、速やかに天下統一を成していただくために。これは御当家にとっても決して悪い話ではないはずです。まさかご自分が天下を統べようとも考えてはおりますまい。貴方が約束してくだされば我が主は、持てる全ての人脈と権威をもって御当家を支援いたし、統一後には相応の地位が約束されるのですぞ」


国親が同じような視線を返した。

「なるほど。星読みを信じられないというのですね。確かにこの辺りでは星を読むことが浸透していませんから、にわかに信じることが出来ないと言うのも分かります。しかし星の指し示す道というのは絶対です。人が動かせるのが運命だとするのなら、星は宿命と天命を司っており、運命は決して宿命には勝てぬのです」


「十兵衛殿、確かに星読みと言うことに関しても、私は些か信じ切れぬ思いがある。なれど私が何より躊躇しているのは、貴公の言う一人目の、破壊という統べ方に対しての事だ。破壊、すなわちそれは、恐れ多くも主上いや皇(すめらぎ)、朝廷に弓を引き、滅ぼすということを指しているのではないか。なんと恐れ多いことか。人から剛毅と言われる私だが、そのような恐ろしい事は出来るはずがない」


「なにを、恐ろしいのは今の世の中です!」


それまで囁くように話していた十兵衛の激昂に、さすがの国親も戦いた。

我に返った十兵衛はすぐに自分の失態を詫びた。

「失礼しました。取り乱したこと、どうかお許し頂きたい。しかし良い機会です。私が取り乱した理由をお聞きいただきたい。


 国親殿、実は、私は生まれた郷を追放された身なのです。追放された後私は、行く当てもなく弟たちと諸国を放浪していました。そして一年、とある国の村で百姓として暮らしました。慣れない農作業で汗を流し手は荒れ、節々は痛みましたが、幸い作業を教えてくれた百姓達は皆気の良い者たちばかりで、私たち兄弟はこういう生き方も良いかも知れないと思っていました。


 そして一年経ち私の植えた稲がようやく収穫と言う時でした。突然、隣の国の兵が攻めてきて田畑を荒らし、全てを奪っていったのです。全てを根こそぎです。その後、その村の人々と弟はどうなったと思います。あなたも一つの国を治める者なら見たことがあるでしょう。戦によって、攫われ、犯され、齢でも人の手でもなく飢えによって死んでいく民達を。あれはまさに地獄でした。弟の一人も死にました。前世で功徳を積み、せっかく人間に生まれてきたというのに、飢えで苦しみながら惨たらしく死んでいく。時にはこれはなんともおぞましいことですが、同じ人の死体を喰らって飢えをしのぎ、それでもやはり飢えで死んでいく。人は、怠けずに田畑を耕し、飯を食べていればそれで生きていけるというのに、自分とは関係の無い戦で全てが奪われる、翻弄される。何とも哀れなことではありませんか。しかしそれが今の世なのです。


 私は幸運にも主に拾っていただけたので、飢えて死ぬことはありませんでした。しかしそれでも飢えた事はあります。私の郷でもそれは当たり前のことでしたし、今も多くの百姓、下級の武士にとって空腹であることは当たり前の事です。


 私は素晴らしい主に使えることが出来、もう空腹を感じる必要のない今でも、三日に一度は食事を抜きます。それは私は彼らの気持ちを忘れてはならないと思うからです。いえ、そういうと語弊があるかも知れません。国親殿、私にはあの時村で餓死した弟、戦が原因で飢えて死んでいく者達が、もう一人の自分に思えてならないのです」


 若き十兵衛の熱弁に、国親は低く唸った。

 そして、この男を自分と重ねずにはいられなかった。自分の人生が本山氏に対する復讐であるとするのなら、この男の思いもまた、世の中、彼が、人が動かすことが出来ると言った運命への復讐なのかも知れない。確かに、『それ』は人を常に翻弄するものだから。


「貴公の情熱はよく分かった。しかし今一度問う。貴公の主は、帝の臣下。まして現在関白左大臣に任じられている御方。その方が裏で、帝を滅ぼすことを画策なさることについて、ご本人はなんの呵責もないのか?」


国親の鋭い眼光にも、十兵衛は全く怯まなかった。


「仰有る事は分かります。確かに主は他の者には逆臣、獅子身中の虫と映るのかも知れません。しかし我が主は、朝臣としてできることはもう全て終えたのです。

戦乱の元凶とも言える応仁の大乱で、失墜した幕府の機能と朝廷の権威。それらを立て直すことで世を治めようとしましたが駄目でした。彼らにとっては自分の保身が何より大事であり、民のことなど飼っている猫ほども気にかけていません。都でも多くの人々が飢えているというのに。しかしこれは今に始まったことではありません。つまり朝廷という仕組みは、それほど腐敗しているのです。


 はい、正直に申しましょう。主は公家最高の名門に生まれ、現在関白の職についてはおられますが、既に今の幕府、朝廷を見限っておられます。しかし、それは帝に対して害意があるというのではありません。帝その御方をというのではなく、帝を中心として国を治めてきた、腐敗した朝廷という仕組みを滅ぼそうとしているのです。

国親殿は、韓非子の唱えた八姦と言う害悪をご存知でしょうか。同床、在旁、父兄、養殃、民萌、流行、威強、四方というのがこれにあたります。その八姦の蔓延る朝廷と幕府に、もはや民を治めることなど出来ようはずがございません。もはや・・・そう、それこそ神仏でなければ正すことは出来ないのです。

 しかし幕府朝廷を正すことが出来ないからといって、戦乱が終わらないというわけではありません。いいえ、そんな事があってはならないのです。他に方法はあります。それは星が示すとおり『破壊』によってであります。古きを廃し、新たな秩序を打ち立てる天下人こそ、戦乱を沈める唯一最速の方法であると我が主と私は信じているのです。はい、あの方は帝の臣下でありながら、帝よりも民を愛しておられるのです。神の子孫たる帝に仇なす紛れもない逆臣でありながら、仏のような慈愛を持った御方、それが我が主、近衛前嗣様なのです」

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