第四話 潰えた夢

 勝隆は家に帰り広間に入った瞬間、そこに異様な空気が漂っているのを感じた。


揃っているのは十三人の重役たちである。普段、村の一切を取り仕切る彼らは、厳格で威厳があり、人々の模範となるよう努めている者たちだ。

 異様な空気の中、厨から出てきたはなは、さっそく重役たちに夕飯の膳を出して回っていた。さきほどの一件が嘘のように、懸命に任された仕事をこなしている。


 しかし大人たちはそんな少女の懸命さを気にかける様子でもなく、ただ深刻な目顔をしていた。

 「勝隆か。座りなさい」


 勝隆は祖父の側面に座った。目の前には村の重役達、十三人の顔がある。今は三郎の姿はない。彼の血筋と若さでは、この会議に出席する事はまだ許されていないのだ。それでも実は、彼がこの壁の外から中の声に耳をそばだてていることを勝隆は知っていた。

 「皆の者に集まってもらったのは他でもない。お前たちにはかなり以前から話していたな。いよいよ決断の時である。我々は三百年、良く耐えた。しかしもはや限界じゃ」


 男の嗚咽が聞こえた。


 「我らは源氏の手を逃れ三百年、平家再興の願いを抱えての地で生きてきた。しかし既に我らに主上はなく、我らは数も少なく機もとうに潰えた。この先どう事態が急転しようとも、かつての権勢を取り戻す機会はない・・・そろそろ終わりにしよう」


 歳を重ねた男達が、声も出さず涙も見せずしかし確実に泣いていた。誰も何も言わず、ただ自分たちの長の言葉を受け入れている。なんということだろう。三郎の予想とはまつたく逆のものだった。自分たちは挙兵するのではない。夢を、諦めるのだ。

 古い、今にも崩壊するようなこの屋敷が、今間違いなく崩れている。


「お待ち下さい!」

 いても立ってもいられず、入り込んできたのは三郎だった。


普段であれば重役達に叱責を受け、即座に退場させられる場面だが、今回は誰も彼を咎めようとしなかった。そんな余裕は誰にもなかったのである。


「お館様、突然何を言い出すのです?・・・どうして今そんな事を言うのですか?我々の気持ちをなんだとお思いなのです。


 我らに主上がいないというのなら、先祖維盛様がこの地に来てすぐに、主上はお亡くなっております。我らの数が少ないというのも元々のこと。それは長い間、分かり切っていたことではありませんか。 


 しかしだからこそ我らは他の里の女に子を産ませ、少しずつ数を増やしてきたのでございましょう?剣術弓術馬術を磨き、痩せたこの地で百姓のような暮らしをしてきたのでしょう?


 お館様、どうして今になってそのようなことおっしゃられるのですか?!」


 「機という奴じゃ」

  怒りを含む三郎の若い声に、勝盛は長い息を吐いた後に、夕暮れを感じさせる枯れた声で答えた。


 「もはや世は源平の時とは違う。あのような世が続いていれば、確かに儂はまだ決断を下さなかっただろう。しかし今の世を見てみるがよい。既に天下に源氏の影はなく、二つの幕府が興亡し、かわりに群雄の時流が来ているのだ。この山の近くでさえ東には三好、南には土佐七豪族がある。それに対して我らに何ができる?今や我らの出る幕ではない。さらに・・・この国にも人が多くなってきている。この山で隠れて暮らすのも、もう限界だ。我らは、歴史に流されてしまった」


 勝盛の最後の一言は、その場を一層しんとさせた。


「ならば我らも兵を挙げましょう!三百年の鍛錬の成果を見せるときです。群雄の時勢というならば、むしろ我らには好機ではありませんか!」


「三郎、我らに何が出来るものか。総勢たかだか百人足らずの村。男はその半分、いかに精鋭といえども、一国取るのもかなわんわ」


 「それならば、人を雇えばよいのです。この時勢です。各地には銭さえ出せば忠誠を誓う優れた集団がいくらでもいるのです。彼らを取り込めば、数の問題など大した事ではありません」


「そのような金銀がどこにある。お前はまさか、我らがこの地に来たときの財宝をあてにしておるのではあるまいな。あんなもの、とうの昔に使い果たしておるというのに」


  三郎の顔が青くなっていく。どんどん追い詰められていくのが分かる。勝隆はこの状況よりも、乳兄弟の進退が心配だった。

 「平家の名を出せば、家臣にと、願い出てくる者もございましょう!人は、旗の下に集まるものでございます」


 「今更平家の名などなんになるか。誰もついてくる者はいまい。将軍や朝廷でさえ、力を失っているのだ。今は武力の時世。三郎よ、我らはにはそれはない。すでに人と歴史に忘れられておるのだ」


「しかし我々にはあの剣が!」


「もうよい。三郎黙れ」


 勝盛は厳しく言い放つと、ゆっくりと集まった男達の顔を眺めた。


「・・・皆の中にも、三郎と同意見の者がいたな。気持ちは分かる。儂とて幼い頃より平家再興を願い、その使命を背負って今日まで生きてきた。今も思いは同じである。


 しかし天下の情勢を見ても、村の現状を見てもそれは叶わぬ夢であることは明白である。これから先も子孫を縛り付け、今の権力者を恐れて隠れながらの生き死にを皆に強いるのはなんともやるかたない。それは呪いじゃ。よって私は一族の長としてここに宣言する。我ら平家再興の望みは捨てよ。今後は村の出入りも解禁する。無論、我々の出自は今後一切口外してはならぬ。完全に忘れるのだ。各々好きに生きるがいい」


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