第三十一話 傾国の化生

 昼の藤遊亭が天井の如き美しさだとすれば、夜の館はさながら異界への入り口のようだった。決しておどろおどろしいというのではない。しかし白い月の光を受けて輝く藤の美しさは、浮世から離れて凄絶で空恐ろしいものがあった。

 人々が寝静まる頃、昼間楽人達が舞い踊った舞台には、貞親が伴も連れず一人立っていた。何をするでもなく、ただ佇み藤を愛でている。雅の極みである月光の藤と、そこに佇む若武者の姿は、真逆であるのに何故か絶妙に調和していた。

 その光景を遠目で確認すると、勝隆と綾姫は顔を見合わせてやはりと納得した。彼女には、貞親がこの時刻ここに必ずいるという確信があった。宴席での奇襲は、六雄達に長宗我部の混乱を露呈してしまうことになる。もし貞親を襲うのならば、少なくとも彼が他の当主たちと離れた時ではなくてはならない。そしてそれは貞親にとっても同じ事なのである。

 綾姫は兼定に頼んで、宴の後貞親が他の当主たちと距離を置き、この場所に来るようにそれとなく誘導してもらっていたのだ。当然、貞親も一条の思惑は分かっているはずである。彼にとっても、この場で密やかに決着をつけることが一番都合がよいのだ。

「いるのだろう。出てくるといい」

 一瞬、びくっとなりそうになったが、綾姫は勝隆と頷きあい、戸惑いを抑えて姿を現した。髪を下ろし、袴をはいた綾姫は男とも女とも見られる姿だった。


「こうして話すのは、もしかしたら初めてかも知れないな」


 貞親も闇から現れた綾姫に少しも動じず、微笑を浮かべて話しかけてきた。


「兄上・・・弁明は無いのですか」


「何もない。全てお前が思っているとおりのことが起きている。私は、動いた。それだけだ」


「なぜ」


 綾姫は、自分の疑問を貞親も分かっていると確信していた。長宗我部の家中に二つの派閥があったことは公然の秘密だった。だから自分たちはこのままではいつか、衝突することは分かっていた。しかし、何故今動いたのだ。

 もし自分が自らの派閥を掌握するまで待ってくれれば、こんな風にはならなかったのに。また兄にしても、あの状況で動くことが必ずしも好機だったとは言えないだろう。

 自分だけではどうしようもない状況とは別に、相手に対する一種の信頼を抱いていたのは、自分だけだったのか。

 

「私にも理由がある。だがお前に言ってもせんなきことだ。だが私は分かった。一刻も早く、家中を一枚岩にしなければ、多くの悲劇が生まれる。折り良くも、近衛からの誘いもあった。私は私のやり方で、長宗我部を守る」

 

 綾姫は戸惑った。

 

 兄を信じつつも、兄の心にあるのはただの野心であって欲しいと願っていた自分もいた。その方が憎みやすく、その方が命を奪いやすい。しかし、貞親にも信念があり、それは長宗我部にとっては必ずしも悪いものではない。綾姫はお互いが、もはや引き返せないところまで来ていることを改めて悟った。


 「一つだけ、教えてください。父上は、母と弟たちはどうしているのですか」


 貞親は表情を見せることなく答えた。


 「安心しろ、とよ殿と弟たちは幽閉してある。決して殺しはしない。父上は・・・殺した」 


その瞬間、綾姫の脳は怒りと覚悟とを決めて叫んだ。


 「貞親!」


 その声とともに暗闇から、勝隆が切り出す。貞親は素早くその太刀をかわすと、後に飛び間合いを取って自らも刀を構えた。彼は最初から、綾姫が伏兵を忍ばせていることを予見していたのだ。

しかし、月明かりに照らされた相手の顔を見て、貞親も表情を変えた。 


「勝隆・・・」


「貞親殿」


「勝隆・・・そちらにつくというのか。私ではなく」


 勝隆は答えなかった。答えるような余裕がないのである。剣の腕でならば勝隆も自信があったが、貞親も相当の腕前であることは十分分かっている。まして、木刀での訓練とは違い、真剣なのだ。心が乱れていては殺される。そして殺してしまう。

 その不安定な狂気を帯びた様を見て、貞親も逆に相手の本気を悟った。


 「怖いな。だが勝隆、君は私と命のやり取りをする覚悟が本当にあるのか。私が切れるか、勝隆!」


 憧れを持った相手の言葉に、動じそうになる。しかし勝隆は何も聞こえないと自分に言い聞かせた。相手は自分が動揺することを見透かして言葉をかけているのだ。刀を構え、ただ相手を見つめていればいい。いつでも動けるように。もし相手が動けば自分の身体は全ての命令を無視して、最も的確な動きをするはずである。そしてすぐに決着がつく。

貞親は勝隆のその姿に不服そうだったが、自らも構えを解きしなかった。もうお互い引けない瞬間まで来てしまったことを理解した。

 やあという声とともに先に動いたのは貞親だった。勝隆はほんの一瞬、自らも攻めるべきか間合いを取るべきか迷ってしまった。

 次の瞬間には、貞親の刀の切っ先は勝隆の喉元にあった。

 こんなはずではない、という想いが勝隆の頭によぎる。自分は貞親よりも強いはずである。それをさきほどの一瞬で確信した。だが迷ってしまったために、このようになってしまった。初めて体験するその悔しさが、勝隆の顔を強ばらせた。


「そこまで」


 貞親が手元に注意しながら声の方を視線を向けると、そこには小型の火縄銃を構えた綾姫の姿があった。 


「この地で買い入れた。どこを狙えばいいのかも知っている。この距離からなら絶対に外さない」


 貞親の顔に、想定していなかったという驚きの色が浮かんだ。彼であっても、これほど小型の火縄銃など見たことがないのだ。綾姫はさきほどのためらいがちな目顔と声とは打って変わり、落ち着き冷酷とも言える声色で語りかけていた。


「種子島か」


「最新式です。この地には外つ国との貿易がありますゆえ、こういうものも簡単に手に入れることが出来ます。私の方が、この地のことは詳しかったようですね。

兄上も案外甘い。私と虎之助や勝隆だけが戦力と思っていましたか。こちらには兄上が手勢を引き連れてくるかも知れないという恐れもあったのです。この御所で、私がなんの策も罠もなく正面から命を狙うなんて、あり得るはずがないでしょうに。私だけでなく、最初から別の場所からも兄上を狙っていたのですよ。さあ、勝隆から刀を引いて下さい」


 勝隆は身動きのとれないまま、驚いていた。綾姫がこのような武器を用意しいるとは彼も聞かされていなかったのである。さらに、別の場所からも狙いを定めているとは、全く知らなかった。


 「おやまあ、貞親さん劣勢ではありませんか」


 月の光に照らされた舞台に影が差した。雲ではない。声が聞こえてくるからには、誰かが遮っているからだと一同は気づいた。しかし尋常でないのはその人物が宙に浮かんでいることだった。

 女は月を背にして、不敵に微笑んでいた。しかも纏っている服がなんともおかしい。まるで宮中の女官か女房のような小袿姿なのだが、宙に浮かぶその者の衣服からは、重さが感じられないようにゆらゆらと揺れている。天女か月に帰るかぐや姫のような趣である。


 「来てくれたのか」

 

 その異質な女に、貞親は明らかに安堵した声をかけた。


 「全く、貞親さんも。私がいないとなんにもできないのですから。ここで元親さんを捕らえるのが約束ですのに」

 

 綾姫はすぐに貞親の瞳が逆転の可能性を見いだしたこと気づき、一層構えを強くした。現れた女が、どんな知恵や技を持っていたとしてもこの銃で貞親さえ打ち抜けばそれで終わりである。

 綾姫は引き金に力を込めた。


「そんな事はさせません」

 

 愉快そうなその声とともに、綾姫の手にあった銃は途端に微塵に分解された。


「これは」


 人外の技だ。と確信した時、同じく構えの先にある勝隆と目が合う。この女を相手にするのは自分たちでは無理だ。しかし、彼女ならば。


「勝隆」


「分かってる。白」


 呼ばれると、どこからともなくに白がぬっと出てきた。大きな狐の姿、月光に輝く毛並みは金色にも銀色にも見える神々しさである。


「ふふん。大失敗ってわけなのね。まあ、いいわよ、変なのも出てきたようだし、私が助けてあげる。なんなのよ、あの女。あんな変な・・んんん」


 白は余裕の構えで宙に浮かぶ女を見ていたが、女の着ている衣そして顔立ちを見てすぐに顔色が変わった。

 あの服には見覚えがある。

 女の顔立ちは白がよく知っているものだ。


「うそ・・・。うそよ。なんであんたが」


「やっぱり分かってしまいますね」


悪戯がばれた子どものように微笑む女とは対照的に、白は狼狽えながら後ずさりした。


「白殿、この者は」


綾姫も、そして今は声を発することも出来ない勝隆も、白の異変に気づき出した。圧倒的な力を持つはずの白が、あろうことか宙に浮かぶ女を恐れているのだ。宙に浮くというのはなるほど常人には出来ない超常の技だが、竜に変化し、この場にいる誰よりも強大な力を持っているはずの白がである。白はこの女の正体に気がついているようであるが、決してそれを認めたくないようだった。


「私は、玉藻、すなわち白面金毛九尾の狐です」


「そんな、だって、それは私よ」


「そうですよね。一応、私は玉藻って名乗っています。覚えていますよね。あなたも昔名乗っていた。でも、もう大体は察しが付いているのでしょう。ではこう言ったらどう?・・・妲、己」


 白は戦慄し、一同は改めて気づいた。化粧や纏っている衣が全く違っていたのですぐには分からなかったが、玉藻と名乗った女の容貌は玉藻のものと同じである。

 震える白を横目に、綾姫は中空の女に向かって叫んだ。


「お前は、白殿の分身か」


「おや、さすがに頭が良い。でも分身というのは、なんだか微妙に違うような気もするけれど・・・まあそういう感じでも良いでしょう。私たちは昔、一つだったけれど、少し退治された時に二つに分かれてしまったのです。でもそれを白さんは知らなかったのですね。あの時、自分の一部が別の所に飛んでいたなんてとっくの昔の忘れていたのかしら。私は覚えていましたよ。そして白さんが眠っている間も、ずっとこの世を見てきた。それが私たちの使命だから。本当であれば、私は課せられた使命に則ってこの国を滅ぼさなければならなかった。ところが、この国には特殊な事情があってそれができないの。それで悟った。この国には指導者が、時代を導く者が必要だと。だから私は、彼らの計画に協力しているの。ところで元親さん、私にはあなたが必要なのです」



 女はゆっくりと地上に降り立った。ふわりと地上に降り立つ様は、まさに天女のそれである。

 そして彼女は、底知れぬような色香を放って囁いた。


「おめでとう、あなたは時代に選ばれました。あなたは時代の人柱。私はあなたに栄華を約束してあげます。だから、時代のために死んで下さい」


すると白が憤怒の顔で立ちはだかった。


「お黙り!なんということを言うの。人柱、生贄だなんてなんという時代おくれなこと。いかな神も鬼神も、生贄を求めれば末は破滅よ」



「私は私利私欲のために、死んでといっているわけではないのです。この子は星を背負っている。天下を統べる若子ではないけれど、天下太平のために不可欠な存在。だから、星の宿命に従って自らの役目を果たして欲しいのですよ。見返りはちゃんと用意しますから」


「そんなことはさせない」


「人は星に夢を見る。天下人、王、詩人、歌人、名を残す偉人。でも、私たちは、こういう哀れな星の下に生まれた者からも、目を背けてはいけないんじゃない?

 ふ、今のあなたが私に勝てるわけ無いではないですか。

 あなたが眠っている間、私は世を見てきた。天から授かった大命を果たすべく、積み重ねてきたのよ。

 私が見てきた人の世の真実は、恨みや憎しみ、怨嗟や呪詛。それこそが混沌とした人の世の熱だった。今の私の力の源は、それなのです。

 そして私は行動している。目覚めたばかりの、なんの熱意も情熱もないあなたに何が出来るというのですか。なんですか、岡豊城での竜、あんな蚯蚓のようなみすぼらしい竜。見ているこっちが恥ずかしくて死にそうだった」


 妲己の嘲笑が終わるのを待つのでもなく、白の両眼が朱く光った。すかさず、雷鳴がとどろくよりも先に、宙から雷光が妲己の身体に直撃した。遅れて雷鳴が響いたが、地上には衝撃も爆風は起こっていなかった。自然の現象とは違うからなのか、純粋な光だけが玉藻を包み込む。さらに十の雷を落とし、池の水を浮遊させ無数の槍に変形させ妲己へと打ち込んだ。今度は土埃が舞い上がり、普通ならばもうひとたまりもないはずである。

 勝隆、綾姫、貞親はその様子に呆然とただ見ている。人外の戦いとはこうも壮絶なものなのだ。

 連続した攻撃が終わり、さすがの白も肩で息をし始めた。

 だが舞い上がった埃を、風を操って一瞬で追いやると妲己は全くの無傷でそこにいた。


「下らない下らない下らない!・・・・そろそろ気づいているのではなくて。昔のような力が出せない、思い出せないと。私たちはかつて神仙を相手に戦ったこともあったのに。でもそれは仕方ない。今のあなたは気が全然足りない。積み重ねが足りない。私たちは本来は神仏すら怖くない四千年の大妖狐。十万の軍勢をも退け、どんな術者をも退ける。でも今のあなたにそれが出来て?白さんはせいぜい三百年の古狐・・・・私の敵ではありませんよ」


 ぎろりと睨む妲己の視線に白が狼狽えるのをみて、その言葉が真実であると、その場の誰もが悟って絶句した。


「貞親さん。さあ、元親さんを捕まえて。その少年は斬り殺して。さっさと岡豊城に帰りましょう」


 そう言って貞親に歩み寄ると、白い手をかざして綾姫を宙に浮かべた。綾姫は機を逃したことを悟りつつも、叫んだ。


「虎之助、退却だ」


 その瞬間に辺りに煙が発生した。退却要員として控えていた虎之助が、無数の煙玉を投げ込んだのだ。貞親はその玉のうちいくつかを刀で切ったが、割れた玉からはさらに煙が吹き出してくる。忍である虎之助の使命はただ一つ、失敗した時、何を置いても綾姫を逃がすことだった。誰にとっても視界の封じられた状況の中、虎之助は綾姫の身体をめがけて駆け抜けた。


「無駄」


 妲己が不愉快さを隠さぬ声で言うと、またもや風で煙は消し飛び、次に現れたのは肩から腹にかけて、目に見えぬ『何か』で斬られ倒れている虎之助の姿だった。


「虎之助!」


 叫んだのは綾姫ではなく、勝隆だった。思わず虎之助に駆け寄ろうと身体に力を込めた。その時。


 勝隆の首筋を何かが「通った」。


 見上げるとそこには寂しげな貞親の顔があり、その目を見ながら、自分は斬られたのだと悟って、その場に倒れた。もう一度起き上がろうとするが、力は抜けるばかりで全く入れることが出来ない。自分の衣を濡らす液体が、自らが流している血だと気づくと、一気に意志が拉がれた。


 「まあ貞親さんお見事。さあ、次は白さんですね。別に白さんは放っておいても良いのだけれど、せっかくだから連れて行きましょうか」


 妲己は今までの愉快な表情を一変させ、瞳を朱く光らせると白の方へと顔を向けた。

 

 「御方に近づくでない!」


 廊下の方から床を叩き走る音と、心地よいとさえ言える明朗な声がした。一同が注目する中、月明かりの下に現れたのは康政である。


「御方、心配で駆けつけて参りました!これ、下郎が。我らの泰斗、白面の御方に近づくでないわ」


「おや一条の実権を握る康政さんですね。はじめまして、こんばんは。でも聞いていなくて?。私も白面の御方なのだけれど。むしろ私の方が本物というか」


「聞いておったわ。お前の禍々しい妖気は、私にも十分伝わってくる。お前は御方の邪心か」


「あ、あ、それは誤解ですよ。私のこの妖気は、この三百年の人の世が生み出したもの。私の力の源は時代そのもの。私はそれをまとっているにすぎません。私の行動にしても、それが源になっている。私はそういう存在だもの。文句があるのならば、人々の心根こそ改めなければならない。この力は、人の本性(ほんせい)。でも安心しなさい。私がこの国を救ってみせる」


 「この禍々しい妖気が、人の本性だというのか。私は認めぬ。お前は私の母が言っていた御方とはまるで違う。ただの邪悪な妖怪じゃ。ここで私が退治してくれよう」


「ばか、康政逃げなさい。あんたじゃ相手にならない!」


白が警告したが、康政の言葉に妲己は極めて気分を害した様子だった。


「ふん、お前のような狐か人かも分からぬ輩が、この大妖狐の私をどうすると?面白い、思い知らせてやる」


 天空の黒雲が凄まじい勢いで集まってくる。

 御所の真上には大きな渦の穴が空いた。轟という雲と風の音に一同は息を呑み、誰もが恐怖してその穴を見つめた。まるでなにかとてつもない化け物が、出現してきそうだった。

 しかし実際には中からは、無数の雷と氷の槍が降ってきた。光が、中村の町と御所を照らす。

 誰もが死を覚悟し、耳おかしくなりそうなほどの爆音を覚悟したが、大地に衝撃は走らなかった。

空中で、何かが無数の雷と氷槍を弾いたのである。 

「この地の四神よ、竜脈よ。ここに集いて魔を打ち払え」


 康政が印を結んで唱えると、すぐさま天空の邪悪な雲は散り、続けてどこからともなく地鳴りがした。

 中村の四方から地を揺らしながら気の流れが放たれ、それは都中を駆け巡ってとてつもない気を招集させてこの御所へと轟音とともに注ぎ込まれた。

 それは勝隆たちにも見える、金色の粒子だった。これは大地の精気である。今まさに、ここにこの地の気の全てが流れ込んでいるのだ。


「これは」


「分からぬか。この地は京の都と同じく、後に山、前に海、そして川が配置されている背山臨

水の地。さらに左右に丘陵で囲まれ蔵風聚水、すなわち四神相応の聖都である。私の力は貴様に遠く及ばぬが、この地の龍脈を束ねれば、お前を払うことも敵う。これぞ土佐一条の、切り札」


 御所に集まった気は、黄金色の輝きとなって舞台の上に集まっていた。康政の全身は輝き、頭上の黄金の気の主であり自在に操れるということを示している。

 さすがの妲己も険しい顔をし始めた。


「白虎、朱雀、青龍、玄武・・・。私の力も吸われていく・・・なるほど、この大地の力を使ったか。・・・孫子の兵法を失念していた」


 妲己は苦虫を噛んだような顔で呟いたが、それはどこか嬉しげでもある。

 その事で彼女の麗しい顔は一気に老けても見えた。それでも明晰な頭脳はすぐさま状況を分析し、最適な答えを導いた。


「貞親さん、ここは引きます。あれを叩きつけられたらたまりません。私の力がまだ通じるうちに、あなたと家来を連れてすぐにここから移動します」


「承知」


 玉藻は一度踵を返したが、ふと思い立って優雅に振り向いた。


「源康政、あなたを認めます。今日は私の負けです。正直驚いた。私の半身よりも、一族の血を半分しか引いていないあなたの方が強敵なんて、思ってもみませんでした。やはりこの場所に対する覚悟が違うわね。もし私とともに行く気になれば、いつでも歓迎します」


 ある種の敬意を示したような口ぶりで微笑むと、妲己と貞親そして綾姫の姿は霞のように消えてしまった。

 白はようやく自分を取り戻すと、勝隆に駆け寄った。無残に切り裂かれた勝隆の身体からは、今も血が流れ続けている。白は状況の深刻さを噛みしめつつ、恐る恐る勝隆の身体に触れ、震える声で呼びかけた。


「勝隆、勝隆、ねぇ勝隆!」

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