第七話 回想
「どうして私を睨んだりしたの?」
暗闇の中、少女の声が聞こえてくる。
「そりゃあ、私はあなたの後を追いかけていた。気味が悪かったのかも知れない。けど私の気持ちは分かっていたでしょう?あんたに惚れてなかったら、そうでなかったら、着物の繕いもしないし、女の私から花なんか贈ったりしなかった。どれだけ勇気がいったか知れない。誰だって分かるわよ。でもどうしてあなたには分からないの?
あんたは惣領だもの、別に思いが叶えられないなら、それでも良かったの。けど冷たくされるのは辛かったし、睨まれたのはもっと辛かった。分かる?私は傷ついたの。
ねえ、どうしてあなたには人の気持ちが分からないの?あんたには何かが足りないのよ」
これは、七菜の声だと気づいく。同時に、あの野菊のような少女の面差しが勝隆の脳裏に浮かんだ。
そうだ、自分はどうしてあの時、七菜の気持ちに気づいてやることが出来なかったのだろう。彼女は恐らくやむにやまれずの捨て身だったのだ。今思えば何とも分かりやすい行動だった。他の者なら、彼女の一途な思いに気がついていたはずだ。娘の気持ちを受け入れるかどうかは別として、思いに気がつけば、誠実な接し方が出来ていた。少なくとも、傷つけることはなかった。
しかし自分は傷つけたのだ。憎まれているのかもしれない。三郎には憎まれていた。だからあいつは、剣を手に入れた後、本当は自分殺すつもりだったのかも知れない。何故分からなかったのか。どうして自分にはそれが上手く出来ないんだろう。俺には心が、情味が備わっていないのか。声が止んだ闇の中で、勝隆は自問を繰り返していた。
「そうだ、お前は人の心に触れることが出来ないのだ」
その声は、先ほどの少女の声ではなかった。少女というより落ち着いた、成熟した女の声である。勝隆はそれが、神懸かった時のはなの声であることに気がついた。
今までぼんやりと目の前にあった七菜の姿は、次第にはなの姿へと変わっていた。
「しかしそれが出来ねばお前は憎まれよう。人の中で憎まれながら死んでいくだろう。お前には何かが足りない。通じ合えないのだ。けれどそれは良いことなのか。悪いことなのか決めるのはお前自身だ」
はなは不敵な笑みを浮かべていた。その表情は勝隆をひどく腹立たせたが、同時に得体の知れない恐怖も感じさせた。迂闊に触れてはならない何かを感じたのである。
「お前は何者だ!」
大声で叫んだつもりだったが、実際に口から出た声は弱々しいものだった。
はなの表情は変わらず、かわりに周囲に水があふれ出し、それは次第に大渦となって勝隆を包み込んだ。水のひんやりとした感覚はなかったが、溺れるような状況に勝隆は手足を必死に動かして足掻いた。しかしその抵抗は空しく、勝隆の体は深い水の底へと沈んでいった。
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