第三十五話 あれから

「近況と言っても、姐さんの話に比べれば大したものじゃござんせん。俺はあの後、四国に帰ってきました。あの頃はまだまだ足腰も自由で、別に日本全国どこにでもいけたんですが、結局生まれ故郷に戻って来ちまった。まあ姐さんと喧嘩別れしたのが、堪えていたんですね。


俺が四国に帰ってきたのには、ちょっとしたわけもあったんです。まず俺は姐さんと別れた後、すぐに故郷に帰ったわけじゃなくて、しばらく都でぶらぶらしてました。俺も喧嘩の後でむしゃくしゃしてましたから、食い物を盗んだり、変化して人をからかったりあちこちで仕様もない悪さをしてたんです。


それでつい調子に乗ってしまって、何処かの武士に矢を射られてしまいました。不覚でした。その場は何とか逃れたものの、魔除けの矢でしたからさすがの俺も大けがを負っちまった。鞍馬の大きな木下に横たわり、いよいよもうこれまでかと思った時、ある公達に助けられたんです。今考えても、本当に物好きな奴でしたよ。別に医者でもないのにどでかい屋敷に連れ帰って、手際よく手当をしてくれたあげく、上等の薬まで塗ってくれる。俺も若かったから、三日目の朝にはもう動けるようになりました。

それでこの恩は返さねばなるまいと思って、身の上を明かして話をすると、そいつもう病気で長くないっていうんです。そこでそいつは言うんですよ。父親の代わりに自分が一族を率いていかなければならないのに、とても悔しいって俺の前で泣くんです。俺はなんとかしてやりたくなりました。だから、陰から俺が助けてやろうかと思ったんです。俺も姐さんの弟子で子分の妖怪だ。病気を治す霊薬を探したりするのは、お手の物ですからね。


ところがそいつは断った。何でだと思います。


 そいつに言うには、『私の病はただの病ではない。私の父親が南都の寺を焼き討ちしたから、その因果が巡って仏罰が自分にかかってきているのだ。私の病を治す方法はあるかも知れないが、それでは因果は子孫に巡ってしまう。ならばここで自分が罰を一身に引き受けて、一族の業を清めたい』って事でした。俺には全く理解出来ませんでしたけど、そいつが自分を犠牲にして家族を守ろうとしてるって言うのは分かりました。


そうなったら、ますます助けたくなるじゃないですか。


だから俺はそいつの家族を守ってやろうと思ったんです。でもそいつは、それも断る。ただ自分たちの一族が今後どうなるかは分からないけれど、きっと良くない方に行くような気がする。それは誰にも止められない事だ。その行く末を記録して後世ら伝えて欲しいと言ったんです。その時は俺も色々口を出して言い合いになりましたが、結局それを引き受けました。


まもなくして、そいつは死にました。するとそいつの予言が当たるように、そいつの一族は悪い方悪い方に行って、ついには都を追われるようになりました」



「ちょっとそれ・・・・」


太三郎の話に白は死んだ者が甦ったとばかりに、信じられないという顔をした。



「助けてくれた奴は重盛って言って、一族は平家って言います。姐さんも、あの頃宮中にいたのなら聞いた事はあるんじゃないかな。そうそう、当時の武家の大将ですよ!


一時は凄かったんですぜ。重盛とはそんなに長く一緒にいたわけじゃないですが、誰も彼もみんなあいつに頭を下げてしましたよ。ただ、重盛が死んでからは、本当にあっという間だった。重盛の親父の清盛というやつも死んで、源氏との戦いに連戦連敗。ついには都落ちだ。

重盛の家族や郎党は、瀬戸内を通って西へ西へと四国にもやってきた。俺は助けてくれた義理を果たすため、戦いをこの目で見ようと屋島、壇ノ浦とついて回りました。もうど派手な大戦ですよ。今思い返しても、あれほど武士同士の妙技が飛び交った戦いなんて後にも先にもなかったんじゃないですかね。今の戦はあの時よりも数は多いし激しいが、火薬は使うわ一騎打ちはないわ、血生臭いったらありゃしねえ。姐さんもそう思うでしょう。 名乗りを挙げない戦なんて、ただの殺し合いじゃないですか。

まあ、そんで結局平家は壇ノ浦で滅んじまった。あの時は俺も泣きましたよ。何でかは分からねえ。ただ、次々に入水していくやつらを見ていると、ただただ哀れで涙が出てきた。都の真ん中にあれだけ大きな屋敷をかまえて、大層羽振りの良かった一族があっという間に都を追われて水底深く沈んでいく。栄枯必衰ってやつを目の前で見ちまったんだ。その無常な気持ちは、言葉に出来ねえ。


 それから俺は平家の滅亡をこの目で見ましたが、これを後の世に伝えるまでが重盛との約束でした。ただ、その方法が馬鹿な俺には中々思いつかない。俺は読み書きも姐さんに教えてもらっていましたから、書に書けば良かったんですが、なにからどう書いたらいいか、そういう素質が全く無くて難儀しましたよ。


ところが巡り巡って、俺はたまたま目の見えない坊主と知り合いました。それで事情を話したら、その坊主、まあ見事に筋道立てて歌にしやがるんですよ。もう全体の流れは分かりやすいし、細部はまるでその目で見たかのような描写だ。それを琵琶持って歌うんです。それを聞いてまた泣きましたね。


俺は坊主の歌をそのまま書に記して、その坊主に渡しました。その歌と本はみるみるうちに広まって、今でも名前がついて有名になっていると聞いてます。俺はやっと、あいつとの約束を立派に果たせる事が出来ました。


それから後ですが、実は俺、屋島にいた頃、そこで死んだ女房と出会ってたんです。だから屋島に帰ってきて、所帯を持ちました。以来ずっと屋島の狸です。俺の近況は、そんな次第です」

 

 

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