第三十九話 万が一

牢屋の外からは強い風の音がする。

どうやら天候が変わってきた様子だった。

康政は風や瓦の音から、さきほどの満天の星空は消え、雲が凄まじい速度で流れている様を想像した。

 牢屋では十兵衛の眼差しとともに張り詰めた空気が支配している。康政は今この場所が、世間とは切り離された特別な場所と思えてならなかった。

それほど、今ここで交わされている話の内容は、深遠である。およそこの鬼国と呼ばれる辺境の地には相応しくないものだった。

 康政は十兵衛の覚悟について得心した。説得をするつもりが、自分が次第に十兵衛の話に納得させられている。彼の言葉には理屈と伴に不思議な魅力がある。しかし、康政の内心はそれどころではなかった。


 「ところで万が一、この国のどこかで草薙の剣が見つかった場合、どうなる」

自身の焦り、混乱、戸惑いを一切顔に出さず、細心の注意を払って康政は声を出した。

 この問いは十兵衛も意外だったようで、すぐには答えなかった。


 「それは・・・なるほど。それは私も考えていませんでした。なにしろ朝廷も各地の大名も、そしてあの女もが長い時かけて探し、それでも見つからなかった代物ですからね。一度、三好が持っっているような噂を聞いたことがありますが、でまかせでしょう。彼らが神器を持っていたら、すぐさまあの女が向かっているはずです。まあ、そもそも伝説では深い海の底に沈んでしまったのですから、地上で誰かが所持しているというのはおかしな話です」


「それでも、もし万が一にもこの世の誰かが持っていたとしたら」


十兵衛はなぜしつこくきくのだろうと、不思議な顔をした。

 

「その場合、計画が大きく変わることになりますね。それこそ近衛は呪を破って革命の選択肢を得ることになりますし、若子が太平の世を築いた際の政のかたちが大きく変わるはずです。そもそも剣が以前のように帝の手に戻れば、世の中は太平へと導かれるかも知れません。まあそれでも、腐った朝廷は残りますがね。

 しかし妲己がその剣を手にしたら事態は最悪です。我々は革命を行うにしても、行わないにしても戦乱が終わり太平の世に向かいさえすれば良いのですが、彼女は違います。剣を手に入れたとするや、すぐさま呪を破ってこの国を滅ぼすでしょう」


「しかし剣を手に入れても、あの者は使うことは出来ない」


「そんなもの、誰か皇の一族を唆すか操れば良いだけの話ではありませんか。妲己ならばお手の物でしょう。それに、剣を扱える条件というのがどれくらいの血統を言うのかは分かりませんが、皇の血を引く者自体はこの国にごまんといるではないですか。

しかしそうなれば、星読みの結果にもどう影響を及ぼすかがまるで想像もつきません。私はあの者の力よりも、星々のもつ力の方が勝っていると信じたいですが、あの者の力を知っているだけに断言は出来ない部分があります。いまさら剣など、決して見つかって欲しくないものですな」   

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