第16話 【誰もいない世界】



「死んでる……って……」



 私の体は震えだした。戦慄く唇で、だって……だって、と虚ろに繰り返すのが精一杯で。



「優さんは……ここにいるじゃないですか……? 昨日からずっと、私と喋ってるじゃないですか……? 今だって……ここにいるじゃないですか……?」



 私は何度も優さんがここにいるという言葉を連呼した。

 そうしないと心がどうにかなってしまいそうだった。



「……なんで……そんなこと言うんですか? 冗談でも、やめてくださいっ……」



 歯ががちがちと音を立てた。

 どうすればいいのか分からない。


 今すぐにでも、ごめんね、嘘だよと撤回してほしかった。

 でも、優さんがそんな冗談を言うわけがないことも、嫌というほどわかっていた。



『ごめん。君を傷つけたくて言ったわけじゃないんだ。でも、どうしても話さなきゃいけなかった』



 優さんは私をなだめるように落ち着いた声で言った。

 その声が、優さんの言葉が嘘でないことを物語っていた。



 そして、私は急に怖くなった。


 

 この世界にいる優さんが死んでいるなら、———私は、



「……もしかして……私も死んでるんですか……?」



『違う。君は死んでない』



 優さんは慌てたように否定した。

 


『凜さんは、死んでない。死んでないよ。……だからこそ、君はここにいるべきじゃないんだ』



「……どういうことですか……?」



 私はただ問いかけることだけしかできなかった。

 混乱しすぎて、また涙が出てきそうだった。


 優さんが深呼吸をする雰囲気が伝わってきた。

 その感覚は、彼が死んでいるなんて信じられないくらい、生々しいもので。

 その気配の次に、彼は自分をなじるような声で言った。



『僕が……【この世界】に君を連れてきてしまったんだよ。僕と同じように【独りになりたい】と思った、ただそれだけのために、君を』


 

 優さんは苦虫をかみつぶしたような声で言った。



『この世界は、俗にいう「あの世」みたいなものなんだ。僕は、死んだからここに来た。そして、ここに来るときに君を一緒に連れてきてしまったんだ』



「……それじゃあ、やっぱり私は死んで」



『違う。凜さんは死んでない。今、僕には体がなくて、君には体があることが何よりの証拠だよ。君は、ただ幽体離脱しただけだ』



「幽体離脱って……」


 

 魂だけが外に出るっていうアレ……?

 にわかには信じられなくて、なんて言ったらいいのか分からない。

 今自分の体だと思っているものが、本当の体じゃなくて、霊みたいなものなの?

 

 そう思うだけで、自分のものだったはずの体の感覚が鈍くなっていくような気がした。

 

 私の戸惑いを感じ取ったのか、優さんは落ち着いた声で、



『僕も死んでみて初めてわかった。死んだら身体は無くなって、意識だけが残るんだって。意識はいわば魂。そして思いの「エネルギー」と言ってもいい、でも、幽体離脱は死んでるわけじゃないから、意識だけになる僕らとは違う』


 

 優さんはと言った。

 混乱する思考の中で、それだけは妙に引っ掛かった。



『死んでいない生きた君を、意識だけの僕が君の意識と共鳴することによって幽体離脱させて、【この世界】に道連れにしてしまったんだ』



「共鳴……?」



『【独りになりたい】っていう思いのエネルギーを共有したってことだよ。君も僕も【独りになりたい】って気持ちが一緒だった。それで僕は君にひかれたんだ。そして、共有されたまま【この世界】に引っ張られた。君の意識ごと』



 優さんはため息を漏らした。それはとても悲痛な雰囲気を漂わせていた。



『最初に気付くべきだったんだ。自分は死んでるって。君は違うって。そうすれば、君を連れてこずに済んだかもしれない。無責任に君を巻き込まずに済んだかもしれない』



「……優さんは最初は自分が……死んでるって思ってなかったんですか?」



『……うん。最初は夢だと思った。都合のいい夢だって。僕にとって、君の存在も夢なんじゃないかって思ってたよ。でも、だんだん自分が【この世界】と調ことに気付いて、おかしいと思い始めた。自分は生きていた時と違うって。それに、凜さんには体も心もあって、自分には心しかない。そう分かった時点で気づくべきだったんだ』



 優さんは自分に言い聞かせるように言った。自分をなじっているようだった。



「【この世界】と同調……?どういうこと……?」



 自分で聞いておきながら、背筋に冷たいものが走った。

 怖い。

 五感が怖いと言っているのが分かる。

 【誰もいない世界】と同調するということが、どういうことか。

 

 そして、優さんが口にした答えは私の想像をはるかに超える、おぞましいものだった。





『【この世界】は、なんだ』



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