第27話 戦う



「いつでも来てください」



 奈都美さんにそう言われて、私は、ありがとうございます、と頭を下げた。

 ずっと優さんのそばにいたかったけど、面会時間を過ぎていたので一度帰るしかなかった。


 何かあったら知らせますから、と奈都美さんと連絡先を交換し、尾を引かれながら病院を後にして。



 待っている間がもどかしい。心電図のコピーが欲しい。監視カメラをつけてずっと優さんの容態を確認したいくらいだ。


 落ち着かない。

 

 落ち着かない。


 スマホを握りしめながら、駅のホームについて電車を待つ。

 もう人身事故を思わせるアナウンスもなく、何もなかったかのように電車が来るのを知らせるアナウンスが響いている。

 

 【誰もいない世界】。

 【自殺した人で出来た世界】。


 優さんをその世界の一部になんかさせたくない。


 そう思い出しながら、ふと何かがよぎった。

 それをたぐりよせると、私はピンときた。

 

 私に、できること。

 

 しかし、それをしようとすることに激しい抵抗を覚えた。それは、私にとって最難関で、今まで避けてきたことだったから。


 でも、そうするしかない。


 優さんが戦っているなら、私も戦う。





 震える指先で、本棚を探っていく。

 確かこの辺りにあったはず。

 


 もしかしたらないかもしれない。

 【あの世界】にだけあった本かもしれない。

 でも確かめずにはいられなかった。

 

 写真集のコーナーにずらりと陳列している請求番号を睨み付けながら、記憶を頼りに本を取り出して眺めては戻し、眺めては戻すことを繰り返す。



 そして、



「あった」



 私は思わず声をあげてしまった。

 周りにいた学生の視線が突き刺さる。

 

 ひゅっと喉がなった。怖い。


 ここには人がいる。【あの世界】とは違う。


 緊張はMAXだし、冷や汗が止まらない。

 誰かが自分を見ているのではないかという感覚がへばりついて私を脅迫する。見えない影がずっと張り付いているような感覚。

 私の一挙手一投足を監視されているような感覚。

 

 やっぱりこの感覚は治らない。

 人は怖いまま。


 でも、だからこそ、ここに来る価値がある。


 戦うこと。自分と。自分が恐れるものと。



 大学に来るまでにも、とてつもない体力と精神を要した。

 道中も突き刺さる視線。

 大学という目的地に棲んでいる恐怖。

 近づくにつれて強ばる四肢五体。

 

 人がいるのといないのとでは、やっぱり違う。

 怖いし、身体は震えるし、耳を塞ぎたくなる。

 でも、逃げたくない。


 優さんが無事に帰ってくるためにも、死を乗り越えるためにも。

 私も乗り越えなくてはならない。


 そう思ったら、大分ましだった。

 力がみなぎってくる。


 死なせない。絶対死なせない。


 そう思いながら、私は見つけ出した写真集をぱらぱらとめくって、あの写真を探す。


 そして、念入りに調べているうちにその写真を見つけた。

 その写真を見た瞬間、懐かしさが胸を襲った。


 オレンジ色の夕日と海の写真。


 私が優さんのために模写した写真。

  

 優さんと私の思い出の写真。


 

 胸が詰まりながらその写真集を抱える。


 そして、この本を借りようと貸出カウンターへと向かおうとしたときだった。



「……凜?」



 私を呼ぶ声がした。

 振り返るとそこには、私がよく知っている人物がいた。

 



「……彩花……」


 

 

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