第20話 僕は君に会いたい
私の心も、彼の心も、泣いていた。
彼が流す涙が胸の内を暖めていくような感覚がした。
『……凜さん』
「……はい」
『……僕は、君に会いたい』
その言葉に胸が詰まった。
私の思いが、届いた。
「……私も、優さんに会いたいです」
嗚咽の入り交じった声で、それでもはっきりと伝えると、彼が笑ったような気が伝わってきて、
『今からでも、間に合うかな』
そう尋ねる言葉が嬉しかった。
彼が、もう一度生きたいと思い直してくれた証拠だから。
「間に合いますよ。ここは【思いの世界】なんでしょう? 【生きたい】と思えば、きっと帰れます」
泣きながらはにかむと、優さんはうん、と頷いた。
その瞬間、私の意識の中から優さんが消えた。ぱっと体の中に空白ができたような喪失感が襲ってきた。
え……?
私が戸惑う暇もなく、ぱあと白い光が私の視界を覆った。
反射的につむった目を開けると、そこには人一人ほどの光の塊が存在していた。
その光の中心から暖かな気が流れてきて、その感覚に心当たりがあった。
私は、確信に近い思いでその光に語りかける。
「……優さん?」
『うん』
紛れもない優さんの声が目の前からしてきたかと思うと、その光が私に手を伸ばすように近づいてきた。
その光に触れると、暖かい感覚が手のひらに襲ってきた。
思わず両手を伸ばしてその光に触れる。光は私の目の前を覆いながら、ふわふわと発光していた。
イルミネーションよりも綺麗な光だと思った。
「綺麗……」
思わずそう口にすると、優さんはくすりと笑った。
『凛さんのほうこそ、綺麗だよ』
「……え?」
『心だけじゃなくて、姿見も。綺麗』
その静かで柔らかな声に、私は体中が熱くなるのを感じた。
「ずるい。優さんだけ見れるなんて」
恥ずかしさで思わず言い返すと、優さんである光が小刻みに動いた。
笑っているのだろうか。
「【この世界】との同調は……?」
私が一抹の不安を抱えながら問いかけると、真っ白な光が強さを増した。暖かさが全身を包み込むように広がっていく。
『思いが変わったからかな。もう同調してないよ』
優さんは優しく、母が子どもに語りかけるように柔らかな声で言った。
『もう【いなくなりたい】とは思ってないから。これから先どんなに辛くても……たとえ君に迷惑をかけることがあっても。僕はきみのいる世界で【生きてみたい】。君と一緒に生きたい』
優しく呟かれる言葉に、全身が震えた。
なんて恥ずかしい言葉だろう。
でも、それよりも嬉しさが勝った。
一緒に生きていたいと思われることが、どれだけ幸せなのか。
言葉では表せないほどの満ち足りた穏やかな気持ちが、胸いっぱいに広がっていく。
【独りになりたい】と思いながら殻に閉じこもったままでは、感じることのできなかった気持ち。
【この世界】に来て、あなたに出会えたから感じることができた気持ち。
そして、願わくば、これからも。
「生きて。優さん、生きてください」
私は光に額を押し付けて願いをこめる。
それに応えるように、光が私の全身を包み込んでいく。
その感覚はどこか懐かしかった。
小さい頃に、お母さんが私を抱っこしてくれた時の感覚と似ていて。
その懐かしさに、思わず熱い涙がこぼれ落ちる。
私は、ずっと前から愛されていたんだな。
心の底から、素直にそう思えた。
「会いに行きます。絶対に」
私が固い決意を込めて囁くと、優さんが、自分の体のある場所を教えてくれた。
『待ってる』
優さんの柔らかな返事を聞いて。
私たちは、同時に目を閉じた。
意識が眠りに落ちていくときのように、静かに揺らいでいく。
あのときと同じ感覚だ。
【この世界】に迷い込んでしまったときの感覚。
帰りたい。
優さんと一緒に生きたい。
そう強く願いながら、自分の意識が霞んでいく。
その片隅で、地鳴りのような音が聞こえてきたような気がした。
(どうして君たちだけ帰れるの)
(どうして一緒にならないんだ)
(お前も苦しめよ)
ああこれは。
(独りにしないで)
これは、【この世界】の一部になった人たちの声だ。
【この世界】にとらわれながら、心の底では叫び声をあげている。
帰りたいと、叫んでいる。
ごめんね。あなたたちを連れていくことができない。
もう、戻る体のないあなたたちを。
でも。
消えかけていく意識の中で、私は尾を引かれそうになりながら、彼らに誓った。
私は、あなたたちの分まで生きるから、と。
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