第4話 エデンの園
「……私たちが、望んだ世界……?」
私は、頭の中で呟かれた神妙な言葉を反芻していた。
追いつかない思考が、無理にしがみつこうとしているかように、ちぐはぐな声が出た。
独りで喋っている光景なんて、普段だったら人の目に留まり、不審な目で見られていただろう。
しかし、今はその肝心の人がいない。
『そう。僕も君も【独りになりたい】って願ったから、 それが叶ってしまったんだよ』
男の子の声は淡々としていた。しかしその内容は私の心をざわつかせた。
確かに私は、【いっそ独りでいたかった】と思った。
それが、こんな不可解な夢を見る前の、現実で思った最後の考えだったことは覚えている。
そして、その考えに賛同するように、『僕もだよ』と声が聞こえたことも。
それが、
「……あの声は、あなた、だったんですか?」
詰まった声が口からこぼれた。
未だに思考が追いついていなくて。
そんな私の問いかけに、気を悪くした様子もなく流暢な言葉が返ってきた。
『多分そうだと思う。君みたいな女の子の声が聞こえて、「独りでいたかった」って言うから、僕もそうありたいと願ったのを覚えてる』
混乱が最高度に達しているのは自分でも分かった。今にもショートしそうな頭を抱えながらも、とにかく浮かんでくる疑問を一つずつ投げかけてみる。
「……じゃあ、あなたの声は幻聴ではないんですか?」
『そうだね。少なくとも僕は、戸籍も名前もある一人の人間だよ。僕は逆に、君の声が幻聴かもしれないと思っていたんだけど、そうじゃないみたいだね。こんなに意思疎通のできる幻聴を、僕は知らないし』
「……あなたの、お名前は?」
『
私と、一緒だ……。年も。境遇も。
そこで、何故か彼の存在を否定する気が失せた。変な人かもしれないという警戒心も。
これが幻聴ではないということも妙に納得ができてしまった。
それは、彼に自分と同じものを感じてしまったからだろうか。
「……さっき、優……さんは、体が動かないって言ってましたよね? それはどういうことですか? 私は手も足も動くし、環境だって人がいないのを除けばいつもの風景なんですけど」
『そうだね……。今の僕の状態は、言葉で言えば視野と脳だけが機能しているといったところかな。いや、体も動いていないから思考を司る部分だけが機能しているといったほうがいいのかもしれない。今僕が見ているものは君が見ているものなんだ』
同い年とは思えないほど大人びた、それでいて高飛車なところがない口調が、こんな状態なのに心地よく聞こえた。
「その、優さんの体はどうなっているんですか……?」
『分からない。さっきから、動くこと、見ること、そういう五感が、全部君を通して働いているような感じがするんだ。だから、今の僕の体は君の体ってことになるのかな。君の体に意識だけが乗り移ったと仮定しても、僕が君の体を動かせるわけじゃないから、どっちかというと人間に働きかける天使とか悪魔とか言ったほうが近いかもしれないね、今の僕は』
言っていることは半分も理解できなかった。言語としてはわかるけれど、実感が伴わない。
けれど、さっきから落ち着いて喋っていた声に、何か楽しむような雰囲気が表れてきたのだけは感じた。そこに、今相手にしているのは私と同い年の男の子だということを実感するものがあった。不思議な感覚だ。
「……優さんが、さっき言っていた【私たちが願っていたこと】、つまり【独りになりたい】ってことと、今誰の姿も見当たらないこととは何か繋がりがあるんですか……?」
落ち着いた声で彼は、うん、と言った。
『あると思う。僕も君も、【独りになりたい】と思った瞬間に誰もいなくなった。だからこれは、僕たちが願ったことによって起きた現象なんだ』
彼の言葉には納得してしまっている自分がいる。否定できない雰囲気と、今広がる異質な光景がそうさせるのか。
でも、一番解決されるべき問題はまだ残っている。
私はそれを先延ばしにしていたのだと気付いた。知りたいようで、知りたくないような真実を。
ごくりと乾いた喉を鳴らして、恐る恐ると唇を動かす。
「……これは、現実なんでしょうか?」
一瞬沈黙が降りたのは、私の感じ方の問題だろうか。
『現実か夢なのかは断定できないね』
あっさりと返された言葉に、私は拍子抜けしてしまった。未だに人一人として見当たらないシリアスな環境とのギャップに、本当に夢を見ているのではないかと思ってしまう。
でも、そんな私を促すように、優さんがくすりと笑う気配がした。
「夢か現実かどうかは確かめようがないかもしれないけど、確定できるものはあるよ」
私の胸の中に、隠しきれない興奮が湧いてきた。それが、彼の感情なのか、自分の感情なのかは分からない。
「この世界が僕たちにとって【エデンの園】かどうかを、これから僕たちで見極めるんだ」
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