第3話 静かすぎる


 足元がおぼつかない感覚を持て余しながら、部屋のドアを開けて廊下に出る。


 手すりに手をかけながら階段を降りて、母がいるはずのキッチンを覗き込む。



「お母さん?」



 家事をしているはずの母の姿を探したが、返事がなかった。


 さっき、怒鳴ってしまったことに腹を立てて答えてくれないのだろうか。


 一抹の不安を感じて、焦るように至るところを覗いてみる。


 でも、キッチンにも、リビングにも、お風呂場にも、ベランダにも母の姿は見当たらなかった。



 買い物に出かけたのかな……?



 家の中はしんと静まり返っていて、聞こえてくるのは、リビングの壁に掛けてある時計の針の音だけ。


 母が出かけたなら自転車に乗っていったはず。


 そう思った矢先、



『ねえ、ちょっと外に出てみてくれないかい?』



 急にさっきの声がした。

 

 まだ夢は続いているのだろうか。

 それとも、私の頭が本当におかしくなってしまったんだろうか。


 クリニックに行ったほうがいいのかな。


『君の頭がおかしくなったとかではないと思うよ。取り敢えず、外に出てみてくれないかかな? 玄関から外を覗くだけでもいいから。確かめたいことがあるんだ』



 急かすような言葉に、抗えないものを感じて、裸足で廊下をぺたぺたと歩き、玄関へと向かった。


 寝間着姿だったので、服が外から見えないように、そっと玄関のドアを開け、顔だけ覗かせる。

 しかし、すぐに違和感が襲ってきた。何の音もしないのだ。ぞっとするほどに。

 


 私は思わずドアを全開にして、外へ出た。サンダルがぱたぱたと地面を打つ。


 久しぶりの外だった。空気が部屋の中とでは全然違う。でも違うと感じるのは、久しぶりに外に出たからだけではない。


 私の家の前に広がるのは、普段と変わらない道路と、それに沿って立ち並ぶ家々。



 だけど、


 

「誰も……いない……?」



 住宅街を通る道には誰の姿もなかった。

 車も通らない。人も歩いていない。郵便配達のバイクさえも。

 そして、家の中同様、何の音もしないのだ。


 私の耳に入って、私の神経を刺激し続けてきた喧騒が。人の動く音が。全くしない。


 信じられない思いで道に出、その先まで目を凝らしてみるが、何かが動く気配すら感じられなかった。


 静かすぎる。


 胸騒ぎがして、ぱっと自分の物置に目をやると、ないはずの自転車がそこにあった。

 その光景を見て、異様さは更に増した。


 ぽつねんと一人取り残されたような感覚が襲ってくる。



 ……どういうこと? 



 呆然と突っ立っていると、私の中で、そうか、と声がした。それはこの状況に似つかわしくない、やけに落ち着いた声だった。




『ここは、僕たちが望んだ世界なんだ、きっと』

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