第27話「レイル・スルール」
両腕で完全に互いを固定し、統矢はコクピットを開く。
肌を刺すような冷気は、パイロットスーツ越しに全身を凍えさせる。
だが、構わず統矢は身を乗り出して叫んだ。
「レイル! レイル・スルールッ! 出てこい、顔を見せろ!」
返事は、ない。
メタトロンには、頭部以外に目立った損傷はない
だから、メタトロンのコクピット前で手を伸べ、触れる。
この時代の文明を
それが今は、少女を閉じ込めた
「なあ、レイル。顔を見せてくれ……お前もわかっただろう?
――DUSTER能力。
九死に一生を得て、絶望から這い上がった者の中に発現する奇跡の力だ。だがそれは、瀕死になれば誰でも得られるというものではない。
そして、統矢は証明した。
極限の戦闘力をもたらすDUSTER能力は、誰も幸せにはしないのだ。
使う者を機動兵器の部品そのものとし、あらゆる事象から無数の未来を読み取り反応させる。互いにぶつかりあえば、可能性を喰い合うだけの
「俺がお前に勝ったんじゃないし、お前が俺に負けたんじゃない。俺たちDUSTER能力者だけじゃ、戦えないし生きてけない……本当に普通の、ただ大事で大切な人の助けが必要なんだよ」
自分でも上手く言えなくて、言葉は不器用でたどたどしい。
それでも必死に統矢が話していると、不意にメタトロンのコクピットが開いた。胸部ブロックの中央がスライドしてせり出し、そこに一人の少女が座っていた。
シートの上でレイルは、
そのか細い声が、ブリザードの風鳴りに消え入るように響く。
「……大事な人、大切な人は……戦場にいちゃ、駄目だ。トウヤ様は、絶対に守らなきゃ、いけない」
「奴はお前のことなんか、なんとも思ってない! そういう男だ、あいつはっ! ……もう一人の俺は、たった一人の女しか頭にない。それを奪われた憎しみと恨みで、復習することしか考えてないんだ」
かつて統矢自身がそうだった。
そして、トウヤはもう一人の自分……無数に存在する可能性の中で、最も
だが、統矢はその存在を認めない。
一切の共感も同情も、ない。
トウヤは、向こうの世界のリンナ……
統矢は……りんなに想いを告げることすらできなかったのだ。
好きだと言う、その瞬間を永遠に奪われたのである。
だからこそ、一時の幸せを得たトウヤの愚行は許されないし、同時に思う……幸せが確かにあったからこそ、それを奪われた喪失感は大きいのだと。
「なあ、レイル……お前は、奴のリンナの代りじゃない。お前は、お前だろう」
「ボクが、リンナ様の代りになんて……でも、戦うことは、できる」
ゆっくりと顔をあげたレイルは、泣いていた。
その顔を見たら、
パラレイドと呼ばれていた敵勢力、
「見ろよ、レイル。俺の仲間が、捕虜にされたパイロットたちを助けてる。この勝負は、俺とお前の戦いじゃない……俺たちの、こっちの地球全員の戦いだ」
それは小さな戦術的勝利でしかないだろう。
だが、DUSTER能力者を生み出すべく、人間同士で殺し合うことを強制される捕虜は救わねばならない。そして可能なら、戦力として組み込めるといい。何故なら、ここに集められた者たちは全て、人類同盟の各国を代表するエースパイロットだからだ。
地上へ降りた
それは、レイルをも救って連れ出したいと願った統矢の想いを、冷たく拒絶してきた。
「……ボクは、リンナ様の代りにはなれない」
「そうだ、レイル。お前はお前として、自分で選ばなきゃいけないんだ」
「ボクは、さ……もう、産めないから。赤ちゃん、産めないんだ」
膝を崩したレイルは、そっと下腹部に触れる。
その瞳が、どこまでも光を失い
それは、吹き
「ボクは、異星人たちの実験母体になったんだ。奴らの子を……」
「よせ、レイルッ! お前は十分傷付いた! そんなお前を癒やす人間が必要なんだよ!」
「それは……トウヤ様。あの時、培養液の中で死を待つボクを……トウヤ様は助けてくれた」
「奴はただ、お前という最強のパイロットが欲しいだけだ! 手駒として!」
「……それでも、ボクは……トウヤ様を、一人にはできない」
その時だった。
統矢は激しい爆発音に振り返った。
視界は悪いが、眼下の基地へと強行着陸した天城が見える。その向こうで、巨大な爆発と共に凍土がめくれ上がっていた。巨大な
轟音を響かせ、地下から何かが浮上してきた。
それは、天城の何倍も巨大な戦艦だった。
「あれは……まだ同型艦が? サハクィエルじゃないかっ!」
「……二番艦、ヨフィエル。あとは、三番艦のオリフィエル、四番艦のイェグディエルがある」
「そんなにかっ! このままじゃ、収容作業中の天城が」
以前のサハクィエルと同様に、全長1
当然のように、天城の砲塔が旋回して、主砲が火を吹いた。
統矢が急いでレイルを引き寄せようと、身を乗り出して手を伸ばした。
だが、彼女は静かに首を横に振る。
「……行って、統矢」
「レイル! お前っ、まだそんな」
「前にも言ったよね……ボクは、トウヤ様を一人ぼっちにはできない」
「だからって、お前が奴と二人ぼっちになっていい理由なんて、ない!」
「統矢は、優しいんだね」
「回りがそうだからな。だから、お前だって受け止める! 俺ごとお前を、みんなが受け入れてくれるんだ!」
「ごめん……ごめんね、統矢。そういう言葉の人、好き、だったよ」
メタトロンのハッチが閉まった。
そして、ゆっくりと離れて高度を落としてゆく。
やがて、トリコロールの鮮やかなカラーリングが、吹雪の中へと消えていった。
できればこのまま、敵の中からも消えてくれればと統矢は願う。
レイルは強い力を覚醒させているが、戦ってはいけない人のように感じるからだ。こことは違う世界線で
だが、今は母艦の天城を守る方が先だ。
後ろ髪を引かれる思いで、統矢もコクピットに戻ってハッチを閉める。
すぐに恋人たちからの通信が、緊張感の中で優しく響いた。
『優しいんですね、統矢君。ふふ、そういうところが私は好きです』
『でもぉ、
『当然です。私たちというものがありながら、他の女性にあんなに情熱的に』
『ですですっ!』
苦笑しつつ、統矢は【氷蓮】を翻す。
気付けばすぐ側を、
「お前等、それより今は天城を」
『ええ、そうでした。統矢君、私がまずは抑えますので、一度【樹雷皇】と補給に戻っては』
『あ、千雪さんっ。敵の変形が……うう、レイルさんも味方になってくれれば、ああいうのの弱点とかもわかったりするのになあ』
そうかもしれない。
頼もしい仲間となって、共に戦ってくれるかもしれない。
でも、統矢がレイルに与えたいのは安らぎで、彼女に最も必要なのは平和だ。
そのためにも今、トウヤと新地球帝國の次元を超えた野望は、叩いて潰す。
「れんふぁ、再合体だ。グラビティ・ラムでブチ抜いてやるっ!」
『了解っ。ガイドレーザー、発信……同調と同時にこっちでピックアップするね』
『ん……統矢君。れんふぁさんも! 天城が!』
巨大な人型へと変形したヨフィエルを前に、ゆっくりと浮上しながら天城が回頭していた。
星の海さえ渡る
それほどまでに、ヨフィエルとの質量さは歴然だ。
だが、不思議と天城に逃げる様子は見られない。小刻みなスラスターの明滅を全身に
そして、艦長代理である
『敵の
「御堂先生、なんて言い草だ。俺だって!」
『御堂刹那艦長代理と呼ばんか! ……あのデカブツを沈めて、この戦場を離脱する! こちらで風穴を開けるから、貴様がトドメをブチ込め、摺木統矢』
刹那の声の背後で、ブリッジに集う船乗りたちの声が
そして、反乱軍の
『全艦、各部ハッチ閉鎖! 対ショック防御! ――グラビティ・ケイジ圧縮……
艦尾のロケットクラスターが火を吹いて、天城は弓から放たれた矢のように加速し始めた。その艦首に、肉眼で確認できるほどまで超圧縮された、高濃度の
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