第15話「搭載された再会と悪意」

 ――【樹雷皇じゅらいおう】。

 ユグドラシル・システムと呼ばれる、全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたい……この時代の文明が建造しうる、最高にして最強の万能機動兵器だ。全長200mメートルを超える巨体には、人類の希望が詰まっている。

 その【樹雷皇】が、音の速さで迫っていた。

 摺木統矢スルギトウヤは、かつて自分が更紗サラサれんふぁと共に駆った力を思い出していた。

 自分で操縦していたからわかる……【樹雷皇】は、それ自体が巨大な武器庫であり、空飛ぶ要塞なのだ。唯一、セラフ級パラレイドと互角に戦える戦闘力がある。それは言い換えれば、人類側にとって【樹雷皇】が極めて撃墜困難であることを意味していた。


「くっ、【樹雷皇】……話題にのぼらないと思ってたら、まさか敵に回収されてたのか!」


 統矢は愛機をひるがえす。

 世界樹の神皇、【樹雷皇】をかつて任された者の責任が彼を突き動かしていた。

 先程の砲撃は、集束荷電粒子砲オプティカル・フォトンカノンだ。200mの砲身を誇る、人類が建造可能なである。その威力たるや、一発で天城あまぎのグラビティ・ケイジを消し飛ばさん勢いだ。

 帰還命令が出る中で、統矢は時間を稼ぐために前へ出る。

 当然のように並ぶ機体は、五百雀辰馬イオジャクタツマの【幻雷げんらい改型零号機かいがたゼロごうきだ。


『どうする統矢! 【樹雷皇】は戦略兵器級のバケモノだ……勝ち目はあんのか?』

「ありませんよ、そんなの! ただ、せめて天城が逃げる時間を稼がなきゃ」

『オーライ、なら付き合うぜ? ラスカ! 沙菊サギク! お前たちはふねに戻れ!』


 だが、すぐに統矢の【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴに仲間たちが集まった。皆、戦技教導部せんぎきょうどうぶの頃からの仲間である。こういう時に、はいそうですかと逃げる人間などいはしない。

 勝機は万に一つもない。

 それでも、二人の後輩は意気軒昂いきけんこうの意思を燃やしていた。


『アタシに下がれっての? ハン! 冗談じゃないわ。あのデカブツならアタシも使ったことがある……やってやるわよ!』

『辰馬殿、統矢殿。援護するであります。【樹雷皇】にはコアユニットとして、共通規格ユニバーサルきかくPMRパメラが接続されていると推測……そこを狙えば、あるいは』


 無性に頼もしい。

 仲間たちの存在は今も、統矢にとってなによりの支えだ。

 そして、天城には二人の恋人が待っている。

 絶対にやらせる訳にはいかない。

 統矢は愛機に対ビーム用クロークを羽織はおらせると、スラスターを全開にした。天城のグラビティ・ケイジ範囲内、限界ギリギリの外側で戦う。殲滅せんめつ虐殺ぎゃくさつ権化ごんげを、絶対に母艦へと近付けさせてはいけない。

 阿吽あうんの呼吸で、仲間たちもそれぞれ自分の仕事に取り掛かった。


『46cmセンチ砲、斉射三連せいしゃさんれん……測距そっきょデータ、補正。撃つであります』


 背後で巨砲が火を吹いた。

 渡良瀬沙菊ワタラセサギクの【幻雷】改型伍号機かいがたごごうきが、両肩の46cm砲を撃ち放つ。榴弾りゅうだんが小さく彼方で点になり、爆発が広がる。

 燃え滾る空へと、さらに加速して統矢は突っ込んだ。

 すぐに、迫り来る巨体がみるみる大きくなる。


『統矢っ、ラスカも聞け! グラビティ・ケイジを展開してる都合で、射撃武器はほとんど通じねえ! ふところに飛び込んで、コアユニットを破壊……いいな!』


 言うはやすし……発言した辰馬自身が、それを痛感しているだろう。

 まるで、あり巨像きょぞうの戦いだ。

 だが、やるしかない。

 相対速度はかなりのもので、あっという間に会敵エンゲージ……強烈なソニックブームを引き連れ、巨大な翼が【氷蓮】のすぐそばを通過した。

 そして、絶句。

 統矢は自分の目を疑った。

 嘘だと思ったし、思いたかった。

 残酷な真実を告げるラスカ・ランシングの声も、信じたくなかった。


『っ! 辰馬っ! ちょっと、【樹雷皇】のコアユニット……あれ』


 そう、全身のスラスターを明滅させながら反転する【樹雷皇】には、コアユニットとしてPMRが接続、合体していた。

 それは、鮮やかな新緑色グラスグリーンの――


『あれは、改型弐号機かいがたにごうきっ! 桔梗ききょうの機体じゃないっ! 辰馬!』


 ラスカのハスキーな声が鼓膜に突き刺さる。

 そう、統矢もはっきりと肉眼で確認した。DUSTERダスター能力で無限に研ぎ澄まされてゆく集中力が、荒いCG補正でモニターに映る機影を確認していたのだ。

 間違いなく、御巫桔梗ミカナギキキョウが使用していた【幻雷】改型弐号機である。

 カラーリングは勿論もちろん、狙撃用にカスタムされた頭部やレドームで、すぐにわかった。


「じゃ、じゃあ……もしかして、あの機体には! 辰馬先輩っ!」


 その時、漆黒の戦鬼せんきから闘争心が消え去った。

 改型零号機は、無防備とさえ言える機動で【樹雷皇】へと接近してゆく。

 回線の向こう側で今、辰馬の声が哀切あいせつにじませながら響く。


『桔梗……か? お前っ、生きてた……生きててくれたのかよっ! なあ、桔梗!』


 【樹雷皇】は天城の前に、こちらへと目標を定めたようだ。

 その背に背負ったウェポンコンテナに並んだ、垂直発射型セルが数箇所開く。打ち上がった巨大なミサイルは、天空で翻るや無数の小型弾頭を雨と振らせた。

 近接信管のマイクロミサイルが、面での制圧攻撃でばらまかれる。


「くっ、やられる側だときついもんだな! でも……本当に桔梗先輩だったら!」

『統矢っ! ちょっと借りるわよ!』

「あ、おいっ! ラスカ!」


 背後に背を合わせて浮かんだ改型四号機かいがたよんごうきが、装甲のほとんど付いていない腕を伸ばしてくる。極限まで最適化されたなめらかな動きが、【グラスヒール・アライズ】のつばとなっているハンドガンを片方引き抜いた。

 統矢も同時に、もう片方を【氷蓮】に握らせる。

 言葉はいらない。

 呼吸は一つで、自然と二人は空へと銃口を向けた。


『直撃するやつだけを撃ち落とすっ! 統矢、外したら蹴っ飛ばすわよ!』

「わかってる!」


 ビームのつぶてが放たれて、頭上に無数の爆発が咲き狂う。

 だが、数が多過ぎた。

 直撃コースの弾頭だけは全て撃ち落とせたが、周囲を通過するマイクロミサイルは次々と起爆してゆく。あっという間に、コクピットに激震が走った。

 対ビーム用クロークは、実体弾や物理的な爆発には無力だ。

 それを知ってて武器を選んだのなら、やはりこちら側の装備を熟知した人間……パイロットは桔梗なのだろうか? だとしたら、どうしてこちらを攻撃してくるのか。


「くっそぉ! こいつはキツいな!」

『泣き言なら聞かないっての! ほら、統矢! 撃ち漏らしてるわよ!』

「わかってる! ――くそっ、本命が来たか!」


 高熱源反応に、たぎる空を統矢は疾走はしる。

 逆方向にラスカも、赤い機体を下がらせた。

 今まで二人が浮いていた空間を、荷電粒子かでんりゅうし奔流ほんりゅうが突き抜ける。

 【樹雷皇】の主砲、集束荷電粒子砲だ。当たれば、たとえ対ビーム用クロークがあっても瞬時に蒸発してしまう。


「くっ、とにかく通信を……周波数は」


 回避運動で宙を泳ぎつつ、必死で統矢は通信回線を繋ごうと試みた。その間もずっと、辰馬は攻撃できずに桔梗の名を叫んでいる。

 一方で、沙菊は動じずに精密な砲撃を浴びせていた。

 だが、重装甲の【樹雷皇】には効果が薄い。

 加えて言えば、巨大な図体を裏切る挙動で、敵は大半の攻撃を回避していた。

 そして、広域公共周波数オープンチャンネルに小さな声がこぼれる。


『……辰馬、さん。みなさんも……逃げて、ください』


 間違いなくそれは、桔梗の声だった。

 それを聴いた瞬間、改型零号機が風になる。

 ほつれかけた全身のスキンテープを靡かせながら、漆黒の死神は重力の波間を飛んだ。だが、爆発的な推力で動く【樹雷皇】の動きに、全く追いつけない。

 涙ぐむつぶやきだけを残して、【樹雷皇】の全火力が吹き荒れた。


『桔梗! 桔梗なんだな!』

『辰馬さん、逃げて……【樹雷皇】は、人類同盟側の兵器では、破壊でき、ませ――』


 突然、桔梗の声が途切れた。

 同時に、天城からの艦砲射撃が【樹雷皇】をわずかにひるませる。

 涙に濡れた少女の声に代わって、統矢は耳にした。

 怨敵おんてきとして狙い、探し続けて求めた憎悪の対象。

 酷くあどけない子供の声には、愉悦にも似た優越感が満ちていた。


『久しぶりだな、摺木統矢……こちらの世界の弱い自分。フフフ……私だよ』

「――トウヤッ、貴様!」

『悪いが、君たちの作ったこのガラクタは、【樹雷皇】の側のコクピットから私が制御させてもらっている。反逆者である御巫桔梗は、コアユニットとして座ってるだけだ』

「そこを動くな……今すぐお前を殺して、全てを終わらせる!」

「ほう? できるかな……私の【氷蓮】、お前たちが【シンデレラ】と呼んでいた機体は返してもらった。月では驚いたよ……こんな玩具の動力部に使われているとは」


 統矢の憎悪は、一瞬で沸点を突き抜けた。

 同時に、絶対的な不利を冷静に受け止める。

 桔梗が乗っている以上、攻撃は不可能だ。まず、【樹雷皇】から改型弐号機を合体解除、パージしなければいけない。

 同時に、チャンスでもある。

 【樹雷皇】には今、全ての元凶にして首謀者、平行世界のトウヤが乗っているのだ。

 迷いが躊躇ちゅうちょを呼ぶ中で、御堂刹那ミドウセツナの声が響く。


『火力を集中、続いて煙幕! ありったけのチャフをばらまけ! 摺木統矢、回りも! 貴様等、帰還しろ!』


 砲塔が旋回して、【樹雷皇】へと火線が集中する。

 統矢は悔しさを噛み締めつつ、余裕の防御力で浮かぶ【樹雷皇】をにらんだ。だが、今は母艦の誘導に従い、煙の中へと【氷蓮】を沈める。

 着艦と同時に、天城は眼下の海へと着水……そのまま潜航を始めた。海水が流れ込む格納庫でハッチが閉じると、統矢はやり場のない怒りに拳を握る。


「クソッ! 俺は……あやうく桔梗先輩ごと。いや、【樹雷皇】相手にそれは無理か。でも、一瞬……ほんの一瞬、チャンスだと思えてしまった!」


 復讐の憎悪が、蘇りかけた。

 その暗い炎を、統矢は必死で胸の奥に沈めて抑え込むのだった。

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