第14話「迫る敵意は、かつての希望」

 パラレイドの圧倒的な物量に対抗するべく、女性や少年少女をも投入した総力戦……その中で主力兵器として発達したパンツァー・モータロイドは、基本的に陸戦兵器である。

 ビーム兵器を標準装備するパラレイドの、絶対的な対空戦闘能力が原因だ。

 制空権という概念が死に絶え、人類は地上での有視界戦闘、近接戦闘を余儀なくされたのである。パラレイドの正体が、同じ人類……平行世界の未来から来た人間たちだと知らされるまで。


「次っ、エンジェル級が来るっ!」


 摺木統矢スルギトウヤは今、生まれ変わった愛機の中で実戦の呼吸を取り戻していた。

 恐ろしくなるほどに、自分が研ぎ澄まされてゆくのがわかる。DUSTERダスター能力と呼ばれる、極限の集中力が周囲を完璧に把握させていた。自分を中心に、空中に広がる戦場が手に取るようにわかる。

 天城あまぎのグラビティ・ケイジ内であれば、重力制御でPMRパメラは空中戦が可能だ。

 そして、その基本戦術は地上と変わらない。

 接近しての格闘戦に持ち込み、ビーム兵器を封じた上で破壊する。

 無人兵器群を退けた統矢たちの前に、敵の増援が迫っていた。


『よぉ、統矢! 派手にやってるじゃねえか。へへ、腕はなまっちゃいねえな!』

「その声、辰馬タツマ先輩? 先輩こそ、怪我人の動きじゃないですよ」

『だろ?』


 すぐ背後に、対ビーム用クロークを纏った黒い影が浮かび上がる。

 巨大なショットガンを持ったPMRは、五百雀辰馬イオジャクタツマが操る89式【幻雷げんらい改型零号機かいがたゼロごうきだ。白い包帯のように巻かれたスキンテープは、機体の応急処置用の補修材である。それもところどころ解れて、重力制御の見えない波に揺れていた。

 阿吽あうんの呼吸で、統矢も【グラスヒール・アライズ】のつばを取り外す。

 翡翠色ひすいいろに輝く刀身は、それ自体がマルチプラットフォームの多目的兵装だ。

 二丁マウントされた拳銃は、強力なビーム兵器である。


『背中は任せたぜ? ティアマト聯隊れんたいは新兵も多い。俺たちで雅姫マサキちゃんをフォローしてあげちゃおうじゃないの!』

「了解ですっ!」


 あっという間に、周囲に敵の増援が飛び込んできた。

 頭上では、これから母艦となる天城が対空戦闘に忙殺されている。

 重力の力場をバリアとするグラビティ・ケイジは、ビームや実弾の別を問わず強力な防御力を発揮する。だが、その内側に入られれば、あとは艦体を覆う装甲だけが頼りだ。

 そして、空中戦艦とでも言うべき今の天城は、構造上艦底キール側に防御兵装が少ない。

 その死角をフォローして、統矢と辰馬が銃を構える。


『エンジェル級のお出ましだぜっ! 統矢、あのバルトロマイってやつな』

「変形する瞬間、動きが鈍る……ですよね? ラスカの戦闘で俺も見ましたよ」

『かわいくないねえ、お前さん。少しは隊長の顔を立てなさいよ』

勿論もちろん、戦闘では全力で援護しますよ。あの千雪に泣かれちゃ、調子が狂っちまう」

『ハハッ! 言うじゃないか。それじゃや……いっくぜええええ!』


 周囲の中でも、二人の機体は特に目立つ。

 あっという間に、エンジェル級のバルトロマイが殺到した。

 バルトロマイは、戦闘機としての飛行形態と、人型の歩兵形態を持つ可変タイプだ。驚くべき速度で二種類の戦闘スタイルを変化させるのである。

 統矢たちの世界の科学力を、はるかに凌駕りょうがする軍事技術力の結晶だ。

 だが、手の内が知れていれば対処は容易でもある。

 二機のエース機が、互いの背を庇い合って回転を始める。あっという間に周囲には、二人を狙った敵が爆発の花を咲かせた。目視の距離でなら、射撃武器でも十分に対処可能である。


『っと、一機抜けちまった! 統矢っ!』

「はい、先輩っ!」


 死を呼ぶうずと化して弾丸をばらまく中で、敵の一機が弾幕をすり抜けた。

 他のバルトロマイと違って、白地に赤いライン……恐らく敵の隊長機だ。旧世紀のジェット戦闘機そのもののシルエットは、キャノピーの向こうに確かに人が乗っている。

 その真実を知ってからも、統矢は迷わずパラレイドと戦ってきた。

 パラレイドは別世界の未来から来た地球人で、その首魁しゅかいは……平行世界の統矢、もう一人の自分なのだから。

 統矢の操縦で、97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴがぶ。


「天城には行かせないっ!」


 照準を合わせてトリガーに指をかける。

 だが、この距離ではビームは強過ぎる……天城の艦底までブチ脱いてしまう。

 統矢は拳銃を【グラスヒール・アライズ】に戻すや、加速を念じた。

 全身のスラスターをまばゆく輝かせて、あっという間に【氷蓮】が敵へと追いつく。必死で逃げる敵の隊長機が、攻撃を断念して宙返りループで回避機動へ移った。白い飛行機雲を引くその機影を、最短距離で統矢は追い詰めてゆく。

 飛行形態に変形することで、バルトロマイは長距離を高速で侵攻し、攻撃後も一撃離脱が可能である。だが、飛行形態は航空機としての力学に従わざるを得ない。

 重力制御で浮いて、全身にスラスターを持つPMRとは違うのだ。


「この距離……取った!」


 ガシン! と、バルトロマイの背中に統矢は愛機を着地させる。

 バランスを崩して失速する敵へ向かって、両手で巨大な刃を振り上げた。

 だが、モニターの向こうに統矢は見てしまった。

 鮮明な解像度で、CG補正された映像は……コクピットで振り向くパイロットを映していた。ヘルメットのバイザーで、その表情は読み取れない。だが、操縦桿スティックを放して、その人影は許しを請うように両手を向けてひるんでいる。

 一瞬の躊躇ちゅうちょの後、統矢は剣を振り下ろす。


「さっさと行けよ! 二度と……二度と俺の前に出てくるなっ!」


 零分子結晶ゼロぶんしけっしょうの切れ味は、まるでバターのようにバルトロマイを横薙よこなぎに切り裂く。あまりに鋭利な断面は、敵に炎と爆発すらも忘れさせた。

 一刀両断、真っ二つになったバルトロマイのコクピットが弾けた。

 ベイルアウトしたパイロットが、宙でパラシュートを開く。

 今のタイミングならば、コクピットの破壊が確実だった。

 だが、統矢にはできなかった。

 必殺の間合いで相手の命を握った、その感触と重さを感じ取ってしまったのだ。それは不思議と、五百雀千雪イオジャクチユキ更紗サラサれんふぁのぬくもりを思い出させた。愛しくて、守りたい人。支えてくれる、大切な人。それが相手にもあるかと思うと、コクピットを直撃することができなかったのだ。


「俺も甘いな……けど、これでいい。俺たちの目的は人殺しじゃ――」


 次の瞬間だった。

 パラシュートがはちになって、脱出したパイロットは気流の渦に飲み込まれる。さらに、パイロット本人にも銃弾が浴びせられた。

 PMRの携行武装を人間がまともに食らったら、跡形もなく消し飛ぶ。

 先程まで人間だったものが、赤い霧のように空気をにごらせ、そして霧散した。


「なっ――! 誰だ! 誰が」

『統矢殿、油断は禁物であります。これを【氷蓮】に……対ビーム用クロークが極めて有効でありますからして』

「お前……沙菊サギクかっ! どうしてだ、何故なぜ撃った……何故、お前はそういう奴になっちまったんだ! 死ななくていい人間だったんだぞ!」


 思わず怒鳴ったが、渡良瀬沙菊ワタラセサギクは言葉を返してこなかった。

 隣に浮き上がった彼女の改型伍号機かいがたごごうきは、今の沙菊自身のように変貌してしまっている。イエローの塗装こそ以前のままだが、その両腕はひじから先が一回り巨大なものになっている。砲撃時に地面を掴んで、アイゼンの役目を果たすためだ。

 背の48cmセンチ砲を展開しながら、沙菊は愛機にアサルトライフルを構え直させる。


『死ななくていい人間、でありますか』

「そうだ……いや、俺だってわかってる! 生還した兵士はまた、別の機体で俺たちの前に……その時、俺が生かした兵士が仲間を殺すかもしれない。でも」

『統矢殿、それは勘違いでありますよ』


 小刻みにスラスターを更かして姿勢制御しながら、改型伍号機が両肩から伸びる巨砲を虚空こくうへと振り上げる。

 その先に、見慣れた艦影が浮かんでいた。

 先程散華さんげした羅臼らうすと同じ、高高度巡航輸送艦こうこうどじゅんこうゆそうかんである。

 軽金属装甲けいきんぞくそうこうGxジンキガスを満たした、巨大な飛行船だ。


「なっ……待て沙菊! あれは、人類同盟じんるいどうめいふねだ!」

『パラレイドの識別信号を出しているであります。恐らく、終戦後にパラレイドの指揮下で再編成された部隊かと』

「そうだ、それが普通なんだよ。今は俺たちが反乱軍なんだ! なら、戦う相手を間違えるな!」

『今は、眼前の驚異……排除すべき敵であります。それと、統矢殿』


 不安定な空中でも、沙菊の射撃は精密機械のようだった。

 側で見ている統矢がぞっとするくらいに、安定した挙動で48cm砲が火を吹いた。改型伍号機本体より巨大な砲は、一拍の間を置いて巨鯨きょげいごとき輸送艦を爆散させた。

 何百人もの命を乗せた艦が、まるで割れた風船のように炎へと消えてゆく。

 そして、暗く平坦な沙菊の声が冷たく響く。


『死ななくていい人間は、いるであります。しかし、敵はパラレイドでありますからして……人間ではないであります』

「沙菊、お前……」

『死んだパラレイドだけが、いいパラレイドでありますよ、統矢殿』

「どうしてだ……どうしたんだよ、沙菊っ! お前がそんなんじゃ、千雪が――」


 統矢が思わず声を荒げた、その瞬間だった。

 遥か遠くで何かが光って、突然の衝撃波が二人の機体を揺らす。自分たちを包んで飛ばせる、天城のグラビティ・ケイジになにかが直撃したのだ。

 遠距離からの砲撃、それも極めて強力なビームが発せられたのだ。

 統矢は咄嗟とっさに、天城との重力場のリンクを確認する。

 戦闘に支障はないが、先程よりグラビティ・ケイジの出力が下がっている。今の一撃を相殺することで、グラビティ・ケイジが薄くなった証拠だ。この力場が失われれば、PMRなど空飛ぶ案山子かかしでしかない。スラスターで短時間しか浮かんでいられないのだ。

 沙菊が押し付けてくる対ビーム用クロークを受け取っていると、赤い機体が隣に滑り降りてきた。


『ちょっと、統矢! 沙菊も! なにやってんのよ、ほらっ! 撤退指示が出たわ』

「撤退? じゃあ、今のは」

『最悪って感じね……レーダーの識別コードを見て』


 周囲では、圧倒的優勢にもかかわらず味方機が退き始めている。天城からも、最優先で帰還するようにとの発光信号が上がった。

 そして、統矢はレーダーの感度をあげて驚愕に絶句した。

 超高速で接近する敵影は、わずかに一つ。

 巨大な動力反応、その正体は……人類の希望として建造された最強兵器、【樹雷皇じゅらいおう】だった。

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