第10話「北の最果てへ向かって」
北へと
久々に
乗艦と同時に、
今まであまり脚を踏み入れたことがない、艦の奥の研究区画だ。
「やあ、久しぶりであるな。
薬品の匂いが透き通った一角で、ドアを開けると……懐かしい顔が出迎えてくれた。白衣をだぶつかせた小さな男の子は、技術士官の
統矢は初めて、なにも失っていない仲間に会えた気がした。だが、すぐにその喜びを自分に
「えっと、八十島、特務二尉」
「よせよせ、今まで通り彌助兄様と呼び
「いや、呼んでないし……でも、会えて嬉しいよ」
「小生もだ。……れんふぁ君も、無事でなによりだな? うんうん」
ついてき給え、と彌助は歩き出す。
周囲には、彼と同じ白衣姿の研究員が大勢働いていた。そして、ちらほらと子供の姿がある。
リレイド・リレイズ・システムに
自分の遺伝子情報を切り売りして、
「安心し給えよ、二人共。そら、
そこには、五百雀千雪が浮いていた。
まるで、
そして、眠るように漂う千雪が目をそっと開く。
その
「千雪! 大丈夫か、千雪。俺は、無事だ」
「千雪さんっ!」
硝子の向こうからは、声が聴こえない。
だが、千雪の
その声なき声に
言葉のやり取りがなくても、彼女の無事を統矢は確かに確認した。
背後で声がしたのは、その時だった。
「よぉ、統矢……改めて、久しぶりだな」
振り向くとそこには、包帯まみれの男が立っていた。
顔を覆った包帯の隙間から、野獣のような眼光が統矢を
千雪の兄、
「あっ、辰馬先輩っ! お、お疲れ様ですっ……よかったあ、統矢さんが言ってた通り、生きてたんですねぇ」
「おう、れんふぁちゃんもお疲れ。ちょいとガタがきてるが、五体満足だぜ」
上だけ脱いだパイロットスーツを腰に結んだ、ランニングだけの包帯姿。その痛々しい姿は、改めて統矢の胸に鈍い痛みを感じさせた。
だが、それを察したのか辰馬が小さく笑う。
ムードメーカーで三枚目、女ったらしの笑顔がそこにはあった。
「よせよせ、そんな顔すんなよ。千雪に比べりゃ、俺はすこぶる健康だぜ」
「でも、辰馬先輩」
「俺にはまだ、戦う理由がある。戦わなきゃいけない訳があんだよ。それだけだ。お前はどうする? ……千雪やれんふぁちゃんともよく話し合え」
「戦え、って言わないんですね」
「もう、戦争は終わった。負けだよ、負け。で、だ……次の戦争が始まる。DUSTER能力者の覚醒を
そう、それこそがパラレイドの……
連中はこの世界線、統矢達が生まれ育った地球で、戦力を再編するつもりである。
今は、戦争と戦争の間の、
しかし、それでも多くの人が戦争の終わりに一息ついている。
失ったものは戻らずとも、これから失うことはないと
「お前が千雪とれんふぁと、三人で静かに暮らしたいってんなら……まあ、なんとかするわな。刹那ちゃん先生には俺から言っといてやる。千雪の身体も、まぁ」
ちらりと辰馬は、彌助を見た。
「なんとかなるか? 彌助兄さんよう」
「
「って訳だ……へへ、皮肉なもんだろ? 戦争ばっかしてたからよ、こういうサイボーグ技術も発達したんだ。今までの義体と違って、負担なくメンテも少ない身体にできるって訳だ」
人間の文明や科学技術は、常に戦争の
だが、発展や繁栄を求めての戦争は、もう誰も望んではいない。まして、見知らぬ世界線、全く違う平行世界の地球など、構ってやれる
統矢は一瞬、迷った。
そんな時、れんふぁが口を開く。
「いつか千雪さんにはっ! もっと、普通に、なって、ほしいです……でも、今の千雪さんが望んでること、わたしにはわかるから。わかれちゃうから、だから」
統矢も大きく頷いた。
そして、はっきりと自分の意志を辰馬へと伝える。
「俺も戦いますよ、先輩。千雪とれんふぁを守るために。二人を守れない俺が、どうやってこれから二人と生きてけるのかな、って……」
「……いいんだな? 統矢。ここから先は地獄だ……補給線も
「俺は、もう一人の俺を止める……それは目的じゃなくて、手段ですよ、もう。大事な人がいるから、大切にしたいから、戦いを選ぶんです」
辰馬は、少し寂しげな目をした。
だが、すぐにへらりといつもの笑みになる。
彼が
その痛みを分かち合い、少しでも
「早速任務だ、ついてきな。……れんふぁちゃんは、千雪についててくれるか?」
「は、はいっ! じゃあ、統矢さん。また、あとで」
ポッドの中で、千雪も左手を小さく振っていた。
統矢は頷きを返して、辰馬のあとを追う。
羅臼のブリッジに向かう通路では、妙な人だかりができていた。
「よっしゃ、統矢。命令だ、あれをなんとかしろ」
「あれって……あっ! ちょ、ちょっとあれ! いいんですか?」
「いい訳あるかよ、頼む……なんとかしてくれ。俺じゃ話になんねえからよ」
大勢の軍人達が見守る中、二人の少女がいがみ合っていた。
それは、ラスカ・ランシングと
「ちょっと、沙菊! アンタ……そのざまはなに? 悲劇ぶってんの?」
「
「アタシは生き残った! 統矢も! でも……アンタ、それじゃあ……死んでないだけじゃない」
「……
「ムカつくのよっ! ……帰る場所がないのはアタシも同じ。でも、戻った場所で仲間まで変わっちゃってて……ちょっと、腹が立つわ! どうにかしなさいよ!」
「では、少ないですが携帯食料を配給するであります」
駄目だ、話が噛み合っていない。
ふと見れば、窓際に見知った顔が二人を見守っていた。
駆け寄れば、柔らかな優雅さが
「
ティアマト
「久しぶりね、摺木統矢三尉。……ふふ、少し前よりたくましくなったように見えるわ。男の子っていいわね」
「は、はあ。あの、一尉は」
「雅姫、でいいわ。どう? 【
氷のように鋭い狂気が、雅姫を支配していた。
だが、彼女は取っ組み合いを始めそうな二人の少女を見やり、
彼等を見る雅姫の目が、僅かに優しさと
「
「あ……じゃ、じゃあ」
「それでも、ティアマト聯隊は健在よ。その
雅姫が振り返る窓の向こうへと、統矢も視線を投げる。
小さな丸い窓の下に、巨大な軍港が広がっていた。
「そうか、
巡洋艦も駆逐艦も、港の中で無残な姿を
既にこの基地は、軍事拠点として攻略、破壊されたあとなのだ。
だからこそ、反乱軍は人目を忍んで集まりやすいのかもしれない。
そして、羅臼が減速する先に、巨大な戦艦の残骸が姿を現す。見た目に損傷はないが、
皇国海軍聯合艦隊総旗艦、
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