第9話「反撃への狼煙」
真っ白な雪を染める、血の赤。
ラスカは震える手で、どうにか母親の
次いで、胸の上に両手を揃えてやると、彼女は燃える瞳で振り返った。
そこには、対ビーム用クロークをマント状に
『乗れよ、乗っちまえ! ラスカ、お前さんにもう安住の地なんざねえ! それは俺も同じだ! 俺は戦う、このクソみてえな戦争を終らせる。お前はどうする、ラスカ・ランシング!』
巨大なショットガンを構えて、漆黒の機体が叫ぶ。
外部スピーカーから叫ばれた辰馬の声に、ラスカは顔をあげた。
「……統矢、離れてて。れんふぁも」
「お、おいっ、ラスカ!」
「離れてて! 機体のフルパワーで吹き飛ばされるわよ!」
ラスカの空色の瞳は今、満天の星空のように光が揺れていた。
だが、それを
ハッチを開けて待つ、己の分身……亡き愛犬の名で呼ぶ、
コクピットのハッチから垂れ下がるケーブルを
「さよなら、ママ……最後までアタシのこと、見つけてくれなかったね。でも、天国ではパパを見つけてあげて。アタシは多分、天国には行けないから」
すすり泣く乙女のように、
ラスカの改型四号機は、通常の機体とはセッティングが大きく異なる。汎用陸戦兵器である
ある程度思った通りに動く、念じるままに戦える兵器は、それゆえに人型をしているのだ。
だが、ラスカの改型四号機は、違う。
『そうだ、戦えラスカ! お互い地獄行きでも、見知らぬ誰かが笑って暮らせらあ! ……あいつも多分、天国でそう思ってるからよ』
『フン! 言われなくても! 辰馬、敵が来たわ……アタシが喰っちゃっていいのよね?』
『改型四号機、この際だからカリッカリにチューンしてある……スッ転ぶなよ』
『誰がっ! 行くわよ、アルレイン!』
バイザー状の顔に光を走らせ、改型四号機が身構える。
敵は航空戦力を惜しみなく投入してきた。飛行形態への変形機構を持つエンジェル級、バルトロマイだ。有人操縦の人型のタイプで、中でも一番
三機のバルトロマイは編隊を組んだまま、飛行形態に手足だけを生やさせる。
丁度、戦闘機に腕と脚がぶら下がった格好になった。
どうやら中間形態では、ホバリングしての対地攻撃がやりやすいらしい。ガンポッドを構える先では、ラスカの改型二号機が両腰から
安全圏までれんふぁを連れ出してから、統矢は戦場を振り返った。
辰馬の改型零号機は、様子を見るように距離を取っている。
そして、三機のバルトロマイが一斉に攻撃を開始した。
「統矢さんっ! いくらラスカちゃんでも!」
「あ、いや……あいつにそういう心配はいらないさ。ただ……こんな形で戦場に戻るなんて。クソッ! 俺達が
「……統矢、さん」
悔しさに握る
レイル・スルールからラスカの生存を聞いた時、安堵が込み上げた。再び戦うにしろ、そうでないにしろ、会いたいと思った。無事を祝えるほど楽観できないにしろ、かつての戦友にただ会いたかったのだ。
それがこんな結果を生み、戦場にラスカを立たせている。
そして、もう一つ……この場に統矢が現れるのを待っていたのは、当局だけではない。もしや、ウロボロスの辰馬達もこの機会を
この
『統矢っ、見てなさい! アタシはフェンリル小隊のエースッ! そして連中はまだ、敵! ママの平穏を奪った奴は、なんであれアタシの敵なのよっ!』
三方向から包囲しつつある敵に対して、ラスカは全く
ここ数ヶ月、愛機から遠ざかっていた人間の反応速度ではない。常に戦場にいたかのような、研ぎ澄まされた苛烈な殺意が機体を操る。
そう、恐らく彼女はメイドのフリをして、守っていた。
戦争犯罪者である自分との暮らしを再開させた、母親を。
使用人達が去ったあとも、ずっと母親を守っていたのだ。
『まずっ、一つ!』
改型四号機が、
そのコクピットを覆うように、巨大な布地が投げられた。
突然の闇に覆われたバルトロマイは減速を選んだ。
次の瞬間には、疾駆する改型四号機が大型ダガーで敵を両断していた。
『次っ、二つ!』
あっさり包囲が突破され、味方が撃墜された。そのことに敵が動揺した瞬間だった。
改型四号機は、全身に装備された
荒れ狂う刀身の嵐に包まれ、あっという間に二機目のバルトロマイが動きを鈍らせる。上昇しつつ変形を試みようとしたが、そこにラスカの残忍さと冷酷さがあった。
高度を取って人型に変形しょうとしたが、バルトロマイは
投擲されて突き立った対装甲炸裂刃が、引っかかっているのだ。
変形に必要な各パーツの移動を、食い込む刃が阻害している。
それを狙ってやれる人間が、ラスカ・ランシングなのだ。
『見え見えだっての! 次っ!』
ラスカが二機目を両断したところで、爆音が響く。
強力な援護射撃が、かなりの近さから放たれた衝撃だ。
既に町は戦場……どうやら新地球帝國にとっては、市民の安全など二の次らしい。それもそのはず、連中は
『っし、そろそろ手伝うか? ラスカ!』
『うっさいわね、辰馬! ……アンタ、
『……あいつは、もういない。だから、俺はもう戦いに迷わずに済むのさ』
『……あっ、そ。フン、気に入らないわね。敵はどこ? どこから撃って――』
砲声のする方を、統矢は振り返った。
そこには、不格好な飛べない鳥にも似た姿が砲を並べている。
かつて
悲劇の皇女の名を持つエンジェル級は、さながら二足歩行する大砲の山である。一歩を踏み締めるだけでも、大地は悲鳴をあげてひび割れた。
一方的な砲撃が、町ごとラスカ達を攻撃してゆく。
だが、その猛攻も長くは続かなかった。
『……辰馬隊長、ラスカ殿の回収は完了でありますか』
暗い声が低く響く。
空気の振動に冷たさが潜んで、鋭く尖った殺気を放っていた。
上空から突然、イエローに塗られたPMRが降下してくる。見れば、巨大な飛行船が浮かんでいた。以前、統矢達も母艦としていた
羅臼から放たれた機体は、沙菊の
だが、その姿は以前の質実剛健といった重武装ではなかった。もともと予備機だった改型伍号機は、防御力に重点を置いた上で、両肩の88
だが、今の改型伍号機は人のシルエットすら脱ぎ捨てたかのように
肥大化して長い両手は、よく見れば五百雀千雪の【ディープスノー】のものと同じようだ。アンバランスなスタイルの改型伍号機は、着地と同時に長い腕で大地を掴む。
『
四つん這いのような態勢で、改型伍号機の右肩に巨大過ぎる砲身が展開してゆく。折り畳まれて背中に背負っていた、48cm砲だ。恐らく、有質量弾頭を使用する砲としては、PMRが装備しうる中でも最強の火力かもしれない。
それはかつて、大昔の世界最大の戦艦に主砲として搭載された口径である。
改型伍号機の何倍もの長さの大砲が、敵を
統矢はすぐに、顔をあげかけたれんふぁを再び抱き締め地に伏せる。
『……必殺必中……ファイア、であります』
轟音が突き抜けた。
改型伍号機の不格好な両腕は、主砲を使うために改修されたのだ。ああして地面を掴んだ態勢でなければ、巨砲を発射することができないのだ。
火山の噴火にも似た空気の沸騰は、そのまま臨界を迎えて煮え滾る。
前時代的ですらある大艦巨砲主義の直撃を受けて、アナスタシアは爆散した。
「おいおい……あんな乗り方する奴じゃなかったろ、沙菊は」
「あっ、統矢さん! 黒いのが……改型零号機が」
顔をあげた統矢は、風圧に目を庇う。れんふぁの言う通り、辰馬の乗る改型零号機が間近で二人を見下ろしていた。重力制御システムで飛行能力を得た機体は、全身に応急処置として巻かれたスキンテープが揺れている。まるで負傷者を包む包帯のようだ。
沙菊がアナスタシアを破壊する間に、辰馬も残ったバルトロマイを片付けていたのだ。
ゆっくり着地して手を伸べる漆黒の機体に、統矢はれんふぁの頷きを拾って歩み出す。
反乱軍と化したウロボロスの、本格的な蜂起が今まさに始まろうとしているのだった。
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