第17話「倒せ、比類なき無敵の世界樹」
最強の
だが、消極的な打開策としての戦術的後退を選んだことは、マイナスだ。
選んだのではない……他に手がなかったのである。
それくらい今回の敵は強力だと、
「待たせたな。諸君。
ここは、天城の艦内にあるブリーフィングルームだ。前面のモニターには今、巨大な【
刹那の声に導かれ、白衣姿の彌助がニヤけた表情で
「うん、まず諸君……【樹雷皇】は別名ユグドラシル・システム、いわゆる
居並ぶティアマト
だが、それが現実だ。
事実を把握、認識し、受け止めなければいけない。
その上で、打開策を行使して戦い、勝利する。
それだけが、この場に集められた者たちに求められていた。
彌助の言葉は、どこか興奮と高揚感を伴って続けられる。
「【樹雷皇】は、巡航速度マッハ5で疾駆する巨大な武器庫だ。現在、恐らく対潜用の爆雷や魚雷、機雷へと装備を換装中だろう。また、【樹雷皇】自体に深海での作戦行動能力があることは、ほぼ専任パイロットだった統矢少年の証言からも明らかであるな」
この場の全員が、統矢を振り返った。
部屋の隅、壁に寄りかかって統矢はその話を聞いていた。
隣ではラスカ・ランシングが鼻を鳴らしていたし、
そして、統矢は視線に応えるように口を開いた。
「乗ってた俺が言うのもなんだが、あれは最強にして無敵の完全兵器だ。最初にまず、やればできるとか、努力と根性とか、そういうものを全部捨ててから考えてほしい」
残念だが、事実だ。
統矢たちに、勝ち目はない。
まともに戦えば、【樹雷皇】の圧倒的な火力に全てが消し飛ぶだろう。
事実上、パラレイドと呼称されていた連中……違う時代の平行世界から侵略してくる、
そう、確定された絶望の未来が、敵の正体だ。
しんと静まり返った室内を見渡し、刹那が口を開く。
「まともにやれば、勝ち目はない……ならば、まともじゃない戦いを挑むまでだ。貴様等、悪いが命を預けてもらう。この
小さな童女の体からは想像もできぬ、緊張に
そして、刹那は言葉を続ける。
「まず、本艦……超弩級万能戦艦天城はサイズこそ【樹雷皇】の倍近いが、火力はほぼ同じだろう。……ただし、向こうと本艦では、運動性や機動力が全く違う。勝負にならん」
お互い脚を止めて撃ち合えば、互角だ。
だが、その可能性は実現しない。
こちらがそうするように、敵も回避と防御を駆使するからだ。その結果、天城はただの巨大な
答えは自然と決まっていた。
パンツァー・モータロイド部隊による、白兵戦……有視界での近接戦闘しかない。
皮肉にも、パラレイドと戦うための兵器に対して、パラレイドと同じ対処法で挑むしかないのだ。
「八十島彌助特務二尉、作戦の概要を」
「ほいきた、刹那」
「……御堂刹那特務三佐と呼ばんか。まあ、既に階級など無意味だがな」
「じゃあ、御堂刹那艦長?」
「この艦に艦長などいない。永遠に失われてしまった。私はただの艦長代理に過ぎん」
「面倒だなあ。ま、いいさ。さて、少しばかり前向きな話をしよう」
モニターに映る三面図の一部が、赤く点滅し始めた。
それは、以前は統矢の97式【
【樹雷皇】自体にもコクピットがあるが、あくまで火器管制と機体バランスの調整、細やかな情報管理をするための場所でしかない。【樹雷皇】を操るのは、中央部分、垂直発射セルを兼ねた上部左右のブースターユニットに挟まれる形で接続させた、コアユニットにある。
【樹雷皇】は、
「端的に言えば、コアユニット……この場合は、89式【
しかし、その手は使えない。
そして、誰よりもその人を大切に思う男が静かに手を上げる。
名前を呼ばれた辰馬は、発言を許可されるなり静かに
「
場の空気がざわめきを広げ始めた。
軍隊ではありえない、公然とした命令拒否、命令違反の事前通告だった。
だが、刹那も彌助もなにも言わなかったし、辰馬からはなにも言わせない空気が漂ってくる。まさしく、修羅……もしくは、
それでも、一人の女性が立ち上がるや、辰馬へと振り返る。
ティアマト聯隊隊長代理、
「最大限の効率を発揮し、弱点を一点突破……それがベストに思えますが? 五百雀辰馬一尉」
「勿論だ。だが、あれには桔梗が乗ってる。乗せられてる……詰め込まれているんだ」
「そうだとしても、完全無欠の【樹雷皇】の弱点であることに変わりはありません」
「そりゃそうだ。だがな……無理で無茶でも、助ける、救う。それくらい言わないと、男としては立つ瀬がないのよね」
「貴方の個人的な感情は問題にしてません。が、ですが……」
一触即発の空気が漂った。
だが、雅姫はやれやれといった具合に首を振る。
「ティアマト聯隊全機で陽動を行えば……そうして作った隙を、
「ハッ! 言うだけ
「我々の目的はあくまで、パラレイドの排除、駆逐……一人残らず根絶やしにすることです」
「そりゃ、雅姫ちゃんの目的でしょうがよ」
「そうだとしても、結果的に驚異が取り除かれるならば、最善を尽くすつもりです」
「その、パラレイドを追っ払った世界によ……隣にいてほしい奴がいるんだよ」
雅姫は黙ってしまった。
だが、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。
「私にも、いました。かつては。そして今はもう……了解しました、ティアマト聯隊は全力を持って、フェンリル小隊を援護します」
「感謝する。いやもう、ホント感謝でしょ……あんた、いい人だったんだな」
「いい人間は皆、死にました。ならば、生きて戦い続ける人間がそうである
雅姫は
やり取りが終わったのを見計らい、刹那が作戦を説明し始める。
「腹は決まったな? これ以降、【樹雷皇】の反応が最接近すると同時に、本艦は浮上する。以後、空中にて【樹雷皇】と
逆を言えば、全力射撃をそれ以上照射されると、耐えきれずに爆散する。500人近い搭乗員の中で、助かる人間などいないだろう。
その上で、刹那は決死の逆転シナリオを
「浮上直前、事前にPMR部隊を海中で展開。本艦と戦闘する【樹雷皇】の背後を衝いてもらう。勝負は一瞬だ……天城に狙いを定めた敵の、その横っ面を叩いてもらうことになる」
つまり、母艦である天城を
そこに退路はなく、他に方法もない。
だが、失敗すれば天城は撃沈され、この世で唯一敵に抗う勢力、真実を知る者たちが死に絶えることになるのだ。
失敗は許されない。
そして、その中で仲間の救出という、さらなる難題を解決する必要があった。
自然と統矢は、身が引き締まる思いに拳を握る。
ブリーフィングルームのドアが自動で開いたのは、そんな時だった。
「遅れました、すみません。作戦は聞いていませんでしたが、だいたいわかります。私にも出撃の許可を」
誰もが見やる先に、黒髪の美少女が立っていた。
それは、パイロットスーツに着替えた
既に
思わず統矢は、駆け寄ってしまう。
「お、おいっ! 千雪! も、もう、いいのか?」
「はい、統矢君。先程、キッチンで働いてるれんふぁさんにも会ってきました。義手義足の調整は完璧です。私は、統矢君の隣で戦います……これからも、ずっと」
かくして、
程なくして、深海を航行する天城は、洋上高度500メートルの低空に、巨大な飛行物体を感知する。それは、邪悪な
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