第17話「倒せ、比類なき無敵の世界樹」

 最強の超弩級万能戦艦ちょうどきゅうばんのうせんかんとして、生まれ変わった天城あまぎ……その作戦水域は、宇宙や深海をも視野に入れている。だから、潜航しての潜水行動には全く問題はなかった。

 だが、消極的な打開策としての戦術的後退を選んだことは、マイナスだ。

 選んだのではない……

 それくらい今回の敵は強力だと、摺木統矢スルギトウヤは思い知った。他ならぬ彼自身が、敵の力を最もよく知っているから。自分が更紗サラサれんふぁと共に、パラレイドと戦う戦力としてそれを駆ってきたのだから。


「待たせたな。諸君。八十島彌助特務二尉ヤソジマヤスケとくむにい! 報告を」


 御堂刹那ミドウセツナの声が響く。

 ここは、天城の艦内にあるブリーフィングルームだ。前面のモニターには今、巨大な【樹雷皇じゅらいおう】の三面図が写り込んでいる。主砲の砲身を含めて、全長は約200m……この時代の人類が建造した、最強にして絶対の機動兵器である。

 刹那の声に導かれ、白衣姿の彌助がニヤけた表情で登壇とうだんした。


「うん、まず諸君……【樹雷皇】は別名ユグドラシル・システム、いわゆる全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたいだ。なに、ただのデカブツだ。……音速マッハの数倍の速さで飛ぶ、圧倒的な火力の移動要塞でしかない」


 居並ぶティアマト聯隊れんたいのパイロットは勿論もちろん、統矢も流石さすがに息を飲む。

 人類同盟じんるいどうめいで運用され、自分が乗ってる時は思いもしなかった。唯一にして絶対の戦力が、まさか敵の手に落ちて自分たちに向くなどとは。

 だが、それが現実だ。

 事実を把握、認識し、受け止めなければいけない。

 その上で、打開策を行使して戦い、勝利する。

 それだけが、この場に集められた者たちに求められていた。

 彌助の言葉は、どこか興奮と高揚感を伴って続けられる。


「【樹雷皇】は、巡航速度マッハ5で疾駆する巨大な武器庫だ。現在、恐らく対潜用の爆雷や魚雷、機雷へと装備を換装中だろう。また、【樹雷皇】自体に深海での作戦行動能力があることは、ほぼ専任パイロットだった統矢少年の証言からも明らかであるな」


 この場の全員が、統矢を振り返った。

 部屋の隅、壁に寄りかかって統矢はその話を聞いていた。

 隣ではラスカ・ランシングが鼻を鳴らしていたし、渡良瀬沙菊ワタラセサギクは相変わらずの無表情である。五百雀辰馬イオジャクタツマは、包帯だらけの顔に決して感情を表さずに立っていた。

 そして、統矢は視線に応えるように口を開いた。


「乗ってた俺が言うのもなんだが、あれは最強にして無敵の完全兵器だ。最初にまず、やればできるとか、努力と根性とか、そういうものを全部捨ててから考えてほしい」


 残念だが、事実だ。

 統矢たちに、勝ち目はない。

 まともに戦えば、【樹雷皇】の圧倒的な火力に全てが消し飛ぶだろう。

 事実上、パラレイドと呼称されていた連中……違う時代の平行世界から侵略してくる、新地球帝國しんちきゅうていこくを倒す勢力が消滅することになる。すでにもう、この地球上で統矢たちだけが、未だに未来にあらがい続けていた。

 そう、確定された絶望の未来が、敵の正体だ。

 しんと静まり返った室内を見渡し、刹那が口を開く。


「まともにやれば、勝ち目はない……ならば、まともじゃない戦いを挑むまでだ。貴様等、悪いが命を預けてもらう。このふねに集った人間、全ての命をだ!」


 小さな童女の体からは想像もできぬ、緊張にとがった声だった。拒絶を許さず、他の術を知らないというのが、この場に全員に伝わる声音だった。

 そして、刹那は言葉を続ける。


「まず、本艦……超弩級万能戦艦天城はサイズこそ【樹雷皇】の倍近いが、火力はほぼ同じだろう。……ただし、向こうと本艦では、運動性や機動力が全く違う。勝負にならん」


 お互い脚を止めて撃ち合えば、互角だ。

 だが、その可能性は実現しない。

 こちらがそうするように、敵も回避と防御を駆使するからだ。その結果、天城はただの巨大なまとでしかなく、【樹雷皇】はその巨躯きょくからは想像だにできぬ機動性を見せつけてくるだろう。

 答えは自然と決まっていた。

 パンツァー・モータロイド部隊による、白兵戦……有視界での近接戦闘しかない。

 皮肉にも、パラレイドと戦うための兵器に対して、パラレイドと同じ対処法で挑むしかないのだ。


「八十島彌助特務二尉、作戦の概要を」

「ほいきた、刹那」

「……御堂刹那特務三佐と呼ばんか。まあ、既に階級など無意味だがな」

「じゃあ、御堂刹那艦長?」

「この艦に艦長などいない。永遠に失われてしまった。私はただの艦長代理に過ぎん」

「面倒だなあ。ま、いいさ。さて、少しばかり前向きな話をしよう」


 モニターに映る三面図の一部が、赤く点滅し始めた。

 それは、以前は統矢の97式【氷蓮ひょうれん】が搭載されていた部分だ。

 【樹雷皇】自体にもコクピットがあるが、あくまで火器管制と機体バランスの調整、細やかな情報管理をするための場所でしかない。【樹雷皇】を操るのは、中央部分、垂直発射セルを兼ねた上部左右のブースターユニットに挟まれる形で接続させた、コアユニットにある。

 【樹雷皇】は、共通ユニバーサル規格のPMRパメラを合体させ、そこからコントロールするのだ。


「端的に言えば、コアユニット……この場合は、89式【幻雷げんらい改型弐号機かいがたにごうきを破壊すれば、【樹雷皇】を無力化できるだろう。現時点での推測ではね」


 しかし、その手は使えない。

 何故なぜなら、そこにはかつての仲間……統矢にとって大事な先輩が乗っているからだ。

 そして、誰よりもその人を大切に思う男が静かに手を上げる。

 名前を呼ばれた辰馬は、発言を許可されるなり静かにつぶやいた。


桔梗キキョウが乗ってるコアユニットを破壊すれば、あのデカブツは止まる。なら、部隊の本命はそれを目標にしてもらって構わねえさ。……だが、俺たちフェンリル小隊は別行動を取らせてもらう」


 場の空気がざわめきを広げ始めた。

 軍隊ではありえない、公然とした命令拒否、命令違反の事前通告だった。

 だが、刹那も彌助もなにも言わなかったし、辰馬からはなにも言わせない空気が漂ってくる。まさしく、修羅……もしくは、悪鬼羅刹あっきらせつごとき異常な迫力だった。

 それでも、一人の女性が立ち上がるや、辰馬へと振り返る。

 ティアマト聯隊隊長代理、雨瀬雅姫ウノセマサキだ。


「最大限の効率を発揮し、弱点を一点突破……それがベストに思えますが? 五百雀辰馬一尉」

「勿論だ。だが、あれには桔梗が乗ってる。乗せられてる……詰め込まれているんだ」

「そうだとしても、完全無欠の【樹雷皇】の弱点であることに変わりはありません」

「そりゃそうだ。だがな……無理で無茶でも、助ける、救う。それくらい言わないと、男としては立つ瀬がないのよね」

「貴方の個人的な感情は問題にしてません。が、ですが……」


 一触即発の空気が漂った。

 だが、雅姫はやれやれといった具合に首を振る。


「ティアマト聯隊全機で陽動を行えば……そうして作った隙を、けますか? それがたとえ、針の穴に弾丸を通すような博打行為ばくちこういでも、迷いなく飛び込めるのかと聞いています」

「ハッ! 言うだけ野暮やぼだぜ……俺はやる。そして、そんな俺を支えてくれる仲間がいる」

「我々の目的はあくまで、パラレイドの排除、駆逐……一人残らず根絶やしにすることです」

「そりゃ、雅姫ちゃんの目的でしょうがよ」

「そうだとしても、結果的に驚異が取り除かれるならば、最善を尽くすつもりです」

「その、パラレイドを追っ払った世界によ……隣にいてほしい奴がいるんだよ」


 雅姫は黙ってしまった。

 だが、彼女は寂しげな笑みを浮かべた。


「私にも、いました。かつては。そして今はもう……了解しました、ティアマト聯隊は全力を持って、フェンリル小隊を援護します」

「感謝する。いやもう、ホント感謝でしょ……あんた、いい人だったんだな」

「いい人間は皆、死にました。ならば、生きて戦い続ける人間がそうであるはずが」


 雅姫は咳払せきばらいで語尾をにごして、再び椅子に座った。

 やり取りが終わったのを見計らい、刹那が作戦を説明し始める。


「腹は決まったな? これ以降、【樹雷皇】の反応が最接近すると同時に、本艦は浮上する。以後、空中にて【樹雷皇】と砲打撃戦ほうだげきせんを展開。試算では、あちら側の主砲である集束荷電粒子砲オプティカルフォトンキャノンにも、本艦のグラビティ・ケイジは80秒耐えることが可能だ」


 逆を言えば、全力射撃をそれ以上照射されると、耐えきれずに爆散する。500人近い搭乗員の中で、助かる人間などいないだろう。

 その上で、刹那は決死の逆転シナリオをうたった。


「浮上直前、事前にPMR部隊を海中で展開。本艦と戦闘する【樹雷皇】の背後を衝いてもらう。勝負は一瞬だ……天城に狙いを定めた敵の、その横っ面を叩いてもらうことになる」


 つまり、母艦である天城をおとりにする作戦だ。

 そこに退路はなく、他に方法もない。

 だが、失敗すれば天城は撃沈され、この世で唯一敵に抗う勢力、真実を知る者たちが死に絶えることになるのだ。

 失敗は許されない。

 そして、その中で仲間の救出という、さらなる難題を解決する必要があった。

 自然と統矢は、身が引き締まる思いに拳を握る。

 ブリーフィングルームのドアが自動で開いたのは、そんな時だった。


「遅れました、すみません。作戦は聞いていませんでしたが、だいたいわかります。私にも出撃の許可を」


 誰もが見やる先に、黒髪の美少女が立っていた。

 それは、パイロットスーツに着替えた五百雀千雪イオジャクチユキだった。

 既に義体ぎたいの調整が完了し、再び戦場に彼女は戻ってきたのだ。

 思わず統矢は、駆け寄ってしまう。


「お、おいっ! 千雪! も、もう、いいのか?」

「はい、統矢君。先程、キッチンで働いてるれんふぁさんにも会ってきました。義手義足の調整は完璧です。私は、統矢君の隣で戦います……これからも、ずっと」


 かくして、一世一代いっせいちだいの大博打が始まった。

 程なくして、深海を航行する天城は、洋上高度500メートルの低空に、巨大な飛行物体を感知する。それは、邪悪な宿木やどりぎおかされた世界樹の、悪意に満ちた巨体なのだった。

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