第18話「戦友と、相棒と」
万能戦艦、
頭上を【
母艦である天城自体を囮にした、【樹雷皇】と仲間の奪還作戦へと。
「……やっぱりこいつも無事だったか。なんか……ちょっと細部が改修されてるな」
天城の艦橋構造物を挟むように、左右に位置する
その
「統矢君、出撃15分前です。いいんですか、油を売っていて。……私は、いい、ですが」
「格納庫が別々だからさ、まあ……顔を見ておこうと思って」
「……っ、そ、それは……ど、どうぞ! 思う存分に見てください! 今、降りますから!」
トントンと器用にジャンプして、千雪はコクピットから前腕部、膝を経由して床に降り立った。長身の彼女をわずかに見上げれば、やはり普段と変わらぬ無表情だ。澄ました美貌は透き通って、
だが、統矢にはその
そういう千雪の普段と変わらぬところが、自分を一番安心させてくれるのだ。
「そういえば、統矢君。【
「ああ、調子いいな。以前より動きが軽いし、俺の操縦に完全についてくる。それなのに、さ……ちゃんと感じるんだ。りんなの機体だった、俺が乗り継いだ機体だって」
「あ……は、はい。ええ、はいっ! そうなんです、統矢君!」
少し意外そうな、
それも表情筋が仕事をしていないように見えたが、統矢にはわかる。全く感情を顔に出さないかに見えるが、千雪の心の
そして、ことPMRの話題になると、彼女は瞳を輝かせる。
それはもう、あどけない
「先程の戦闘の分析データを見ました。統矢君の操縦は相変わらずですが、
「あ、ああ。その――」
「加えて、【シンデレラ】のものだった外装は、通常の97式【氷蓮】の装甲よりも防御力に優れ、しかも軽い……パラレイドの、
「待った! 待てって、落ち着け。どうどう、あとで乗せてやるから! な? なあ」
自分の興奮に気付いたのか、千雪は
そして、黙って視線を反らしてしまう。
急に静かになって、周囲の騒音が戻ってきた。
行き来するカートが、武器や弾薬を運んでゆく。工具の音がひっきりなしに反響して、作業員たちの声と声とが入り交じる。ここは
だが、どうやら周囲にはメカニックの佐伯瑠璃はいないようだ。
そして、もじもじと小声で千雪が
なんだか、
「……その、確かに私は……PMRのことになると、ちょっぴり、少しだけ、おとなげないですね。反省です」
「ちょっぴり? 少し、だけ? まあ、いいけどさ。それより【ディープスノー】はどうだ?」
「あっ、はい! 完璧な整備です! 細部の変更は、今までの戦闘データを元に小改修を
ならば、統矢はなにも心配することはない。
なにより、千雪の体調が凄く良さそうだ。
どうやら、新しい義体の調整と投薬で、痛みもないようである。
「じゃあ、俺は戻るからさ。……また、作戦のあとで、会えるよな?」
「はい。必ず統矢君は守ります」
「またお前は……程々にしろよな。まず自分、次に母艦、この
「それは当然です! 私も……また、統矢君と話したいです。まだ、統矢君と一緒にいたいですから」
「ん、だな」
統矢は少し背伸びして、千雪の視線に
言葉はなくとも、互いに生還を誓った。
そして、思い出したように千雪は目を細める。
「【ディープスノー】は……この子は、完調状態です。フルに力を発揮できます。だから……グラビティ・エクステンダー、使えますので」
「ああ。お前の力を借りるぞ、千雪」
グラビティ・エクステンダーは、統矢の【氷蓮】だけに装備された特殊兵装だ。
基本的に陸戦兵器であるPMRは、重力制御が可能な機体へと登録済みならば、そのグラビティ・ケイジの範囲内でだけ空間機動能力を得る。意図的に機体を無重力状態にして、全身のスラスターで翔ぶことができるのだ。
そして、千雪の【ディープスノー】はそのホスト機なのだ。
天城のグラビティ・ケイジでも可能だが、今回は別行動のため範囲内にいることはできない。
そして、統矢はグラビティ・エクステンダーで千雪のグラビティ・ケイジを借りることができる。重力制御システムを搭載するより遥かに小型で軽量、そして使い勝手がいい。
「ん? ああ、そういえば」
「どうかしましたか? 統矢君」
「いや……今回は【樹雷皇】のグラビティ・ケイジは借りれない訳だ」
「はい。最大で通常の二倍……天城のものも得れば、三倍のグラビティ・ケイジを操ることが可能ですが。【樹雷皇】は今、敵が」
「ああ。けど……逆はどうかな、って」
「……へ?」
珍しく千雪が、目を丸くした。
自分でも口にして、統矢も確信がある訳じゃない。
だが、もし……もし、敵の
基本的に統矢は受信側で、送信側の操作がなければ力場を借りられないのだ。
「ま、いっか。ちょっと気になったが……試してみるさ」
「試してみる、って……あ! 統矢君っ! 無茶はダメです、よ? めっ、です!」
「無茶くらいするさ。無理じゃないなら、なんだってやる……今回はある意味でチャンスだ。
それだけ言って、そっと統矢は千雪から手を放した。
握った拳の中に、恋人のぬくもりと柔らかさを閉じ込める。
そうして
背を撫でる千雪の声が、僅かに
「気をつけて、統矢君。それと……れんふぁさんをお願いしますね」
そのれんふぁをよろしくとは、どういうことだろうか?
思わず足を止め、肩越しに統矢は振り返る。
「あのなあ、千雪。れんふぁも多分、お前を頼むって言うぜ? そういうの、やめろよな……お前は、死なない。俺が死なせない。
「はい。それでも……よろしくお願いします。では」
「あ、おいっ! お前、ちょっとさあ、なあ!」
だが、千雪は長い黒髪を
なにがなんだかわからぬまま、統矢は
既に出撃準備を終えたPMRの熱気で、格納庫の空気は燃えるように
作業員と出撃前のチェックを手早く済ませ、狭いコクピットへ滑り込もうとした。
しかし、ハッチを開けた瞬間に固まる。
「……なにやってんだ? お前……おいおい、なんだよもう」
そこには、統矢と同じパイロットスーツを着たれんふぁが座っていた。
彼女は、エヘヘと硬い笑みを浮かべて、統矢の腕を
少年少女とはいえ、PMRのコクピットに二人は狭い。
統矢が
「統矢さんっ、座ってください! よいしょ、っと」
「い、いや……降りろって。あっ、ハッチをロックしやがった! おいおい」
統矢をシートに押し込んだ上で、れんふぁはその上に腰掛けてきた。
千雪と違って小振りな尻が、膝の上で密着してくる。
ここ最近になって普及し始めたPMR用のパイロットスーツは、こういう時にドキリとするほど身体のシルエットを浮かび上がらせてくる。
統矢は
「統矢さん、わたしも一緒に行きます!」
「いや、ダメだろ普通に。ってかなあ、れんふぁ。遊びに行くんじゃないんだ。お前」
「そうです、戦いですっ! これは、わたしの戦いでもあるから……わたしは、【樹雷皇】の正式なオペレーター、統矢さんの相棒ですっ!」
直ぐ側に振り返る精緻な小顔があって、ショートカットの髪からいい匂いがする。
すぐに統矢は察した。
れんふぁは、自分の【樹雷皇】を取り戻すつもりだ。
物理的に彼女を、【樹雷皇】のコクピットへ
困難だが、不可能ではない。
無茶を通せば道理は引っ込む……無理だと諦めない限り、道は開けると信じたい。
「……しっかり掴まってろよ、れんふぁ」
「う、うんっ!」
首に細い腕がしがみついてくる。
操縦には支障はないが、やはり密着感がむずがゆい。
それでも統矢は乱れる心を
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