第19話「激闘、太平洋波高し」

 パンツァー・モータロイドは陸戦兵器ながら、あらゆる環境下での運用を想定してある。宇宙空間は勿論もちろん、水中でも気密性は問題がない。だが、それは『水中でもフルに戦闘力を発揮できる』というものではない。

 基本、水圧によって動きはにぶり、使用できる武装も制限される。

 比較的浅い場所のみで活動が可能であり、限界深度を超えれば浸水、圧壊もまぬがれない。

 だが、摺木統矢スルギトウヤは仲間たちと共に、愛機を浅瀬の海で待機させていた。


「太平洋沖、深度50mメートル……機体安定、問題ナシ。って、おい! れんふぁ、もぞもぞ動くな、ちょっと、その」

「あっ、ごめんなさい。それと、これを借りてきちゃいましたぁ」


 膝の上の更紗サラサれんふぁは、統矢を見上げてにっぽりと笑う。

 その手には、あのタブレット端末が握られていた。れんふぁの白く細い指が、タッチパネルの光の中で踊る。

 そして、画面に【樹雷皇じゅらいおう】の全体図が表示された。

 全長は300m程で、その大半が長砲身の集束荷電粒子砲オプティカルフォトンキャノンだ。そして、兵装が集中する中央部に、コントロールユニットとなるPMRパメラが接続されている。丁度、バイクにまたがるような形で乗って、ほぼ拘束されるように装甲へ埋まっているのだ。

 【樹雷皇】の側のコクピットは、丁度その少し前方にある。


「統矢さん、【樹雷皇】のコクピットまで行ければ、わたしの操作で桔梗キキョウ先輩の改型弐号機を強制解放させることができます」

「でも、そのためには【樹雷皇】に肉薄する必要があるけどな」

「そこは、統矢さんとみんなを信じてますっ」


 うんっ、とれんふぁが大きくうなずく。

 だから、統矢はもう一つの難題を敢えて口には出さなかった。

 言わなくても恐らく、れんふぁにはわかっているのだ。

 【樹雷皇】のコクピットには今、もうひとりの摺木統矢……平行世界の未来から来たトウヤが乗っている。【樹雷皇】を取り戻すということは、生身をさらしてトウヤと向き合わねばならぬということだ。

 れんふぁは勿論もちろん、統矢とてPMRを降りればただの子供だ。

 兵練予備校へいれんよびこうで訓練を受けていても、異星人と戦争をしていたトウヤにはかなわないだろう。リレイド・リレイズ・システムで生き返りを続けるため、トウヤは体格的には小さな男の子だが。

 そんなことを考えていると、通信の向こうから五百雀辰馬イオジャクタツマの声が響いた。


天城あまぎの浮上を確認した、始まったぞ……【樹雷皇】の反応が戦闘速度で移動してやがる』


 ついに、決死の作戦が開始された。

 新たに得た母艦である天城をおとりとして、絶対無敵の【樹雷皇】を背後から急襲する。失敗すれば、天城は撃沈され、統矢たちは今度こそ帰るべき場所を失う。人類は組織的な抵抗手段を失うのだ。

 だが、統矢たちを率いる御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさは決断した。

 ならば、統矢は仲間と共にベストを尽くすだけだ。


『よし、フェンリル小隊……行くぜ? 準備はいいか? 千雪』

『重力制御システム、スタンバイ。兄様、いつでもいけます』


 五百雀千雪イオジャクチユキの声は、今日も怜悧れいりに透き通っていた。

 全く動揺した様子も見せない、抑揚よくように欠いた声音。顔を見なくても、いつもの無表情が容易に想像できた。

 そして、お馴染なじみの仲間たちの存在がとても心強い。

 唯一、副隊長である御巫桔梗ミカナギキキョウだけがいないが。

 彼女は今、人質として【樹雷皇】に拘束されているだの。


『よーし、おっぱじめるか! ラスカ!』

『オッケーよ、辰馬! あの厄介やっかいなマーカー・スレイブランチャーは任せろっての!』


 すぐ近くで、真っ赤な機体が拳に親指を立てて見せる。視界の狭い海中の薄闇でも、ラスカ・ランシングの89式【幻雷げんらい改型四号機かいがたよんごうきは目立った。

 マーカー・スレイブランチャーとは、【樹雷皇】が持つ半自律誘導兵器である。グラビティ・ケイジの範囲内を自由に飛び交い、死角に付け込んでくる小型浮遊砲台だ。

 ラスカ程の腕ならば、マーカー・スレイブランチャーの動きについていけるだろう。

 辰馬は、さらにもう一人の仲間にも声をかける。


『支援砲撃、頼むぜ? 沙菊サギク

『了解であります』

『俺たちまでうっかり撃たないでくれよ? そんなデカい大砲に撃たれちゃ、お星様になっちまうからよ』

『善処するであります』


 相変わらず、渡良瀬沙菊ワタラセサギクには以前のような天真爛漫てんしんらんまんさがない。まるでマシーン、それもただ敵を殺すだけの殺戮装置だ。以前の面影は全くない。

 それは、彼女の乗る改型伍号機かいがたごごうきも同じだ。

 異様に肥大化した、大地を掴んで安定させるための両腕。そして、背中に背負った中折式の48cmセンチ砲……すでに半ば、人型の姿を脱しつつある異形のPMRだ。

 だが、それでも彼女が仲間であることには変わりはない。

 戦いを終わらせたら、きっと沙菊は自分を取り戻し始める……統矢はそう信じていた。

 そして、フェンリル小隊の五機が浮上を開始する。


『先に雅姫マサキちゃんたちがおっぱじめてるからよ……美味おいしいとこだけ頂いちゃおうぜ、っと。んじゃまあ、行きますかあ!』


 水柱を屹立させて、重力制御で五機のPMRが宙へと舞い上がる。

 離水してすぐ、統矢の目に爆発の光が届いた。既に空は、巨艦を襲う世界樹の神皇によって戦場と化していた。


「統矢さんっ! 天城はいまだ健在です……グラビティ・ケイジの展開を確認、でも」

「ああ、わかってる! 攻撃力と防御力が同等でも、【樹雷皇】と天城じゃ機動力がダンチだ。急がないと、沈められちまうっ!」


 濡れたマントが、冷たい冬の海風にはためく。

 【樹雷皇】には、先に接敵したティアマト聯隊れんたいがまとわりついていた。補充された新兵が多くなってしまったが、最古参のベテランパイロットもまだまだいる。なにより、隊長代理の雨瀬雅姫ウノセマサキは有能な指揮官へと成長していた。

 この距離から見ても、ティアマト聯隊の連携は見事だった。

 つかず離れず、天城と【樹雷皇】の間で両者の距離をコントロールしている。

 その背後から急接近して、横っ面をブン殴るのが統矢たちの仕事だ。


『あー、それとな……全員、聞いてくれ』


 フル加速でスラスターを吹かす中、辰馬の声が妙に神妙な響きになった。


『統矢、お前んとこにれんふぁちゃんがいるな?』

「えっ? あ、いや、これは……すんません、います」

『そんなこったろうと思ったぜ』


 すぐにれんふぁが「すっ、すみません! 辰馬先輩っ!」と声をあげる。統矢が悪くない、自分が勝手に押しかけたのだと弁明したが、それを受け止める辰馬は笑っていた。

 そして、すぐに穏やかな笑みを引っ込める。


『いいさ、【樹雷皇】を取り戻して、あいつを助ける……そのためになら、多少の博打ばくちだってしょうがねえ。むしろ礼が言いたいくらいだ。ありがとよ、れんふぁちゃん』

「そ、そんな、わたしは」

『その上で、だ』


 辰馬の声が真剣さを増した。

 同時に、彼の乗る改型零号機かいがたゼロごうきが漆黒の機体を加速させる。

 アンチビーム用クロークがはためいて、既にまとわりつく飛沫は凍り始めて舞い散っていた。


『あいつの救出が不可能と判断した場合……。お前等、手出しすんなよ? これは……これだけは、俺がやらなきゃいけないのさ』

「辰馬先輩……」

『おいおい、統矢。しみったれた声を出すなよ。あいつは俺が助ける、救い出してみせる。だが、万が一もしものことがあったら……あいつの全てを背負うのは、俺じゃなきゃいけないのさ。れた女、だからな』


 そして、戦端が開かれた。

 どうやら鈍重な天城との対艦戦闘のためか、【樹雷皇】のグラビティ・ケイジは広く薄く空を覆っている。すぐにその勢力圏内に飛び込むと同時に、千雪の【ディープスノー】が両手を広げた。

 グラビティ・ケイジの重力波同士が干渉し合えば、すぐに敵意がこちらを向いた。

 天城へと火線を集中させる【樹雷皇】は、こちらへ背を向けたままだ。

 だが、全領域対応型駆逐殲滅兵装統合体ぜんりょういきたいおうがたくちくせんめつへいそうとうごうたいである。わずか五機のPMR小隊など、眼中にないとでも言わんばかりだ。そして、無数の浮遊砲台が無軌道な動きで襲ってきた。巨大過ぎる【樹雷皇】の自衛武装である、マーカー・スレイブランチャーだ。


『来たわね……辰馬たちは真っ直ぐ進んで! カトンボの相手はアタシがするから!』


 珍しく、ラスカが率先して援護を申し出た。

 そして、統矢だけに専用回線で言葉を続けてくる。


『統矢、アンタねぇ……わかってるんでしょうね!』

「な、なにをだよ」

『れんふぁになにかあったら、承知しないからねっ! わかったらほら、さっさと行く!』

「ああ……サンキュな、ラスカ!」


 真っ赤な機体が、見えない重力の波に乗る。その両手は、全身に無数に取り付けられた対装甲炸裂刃アーマーパニッシャーを次々と取り外しては投げた。

 投擲とうてきされる鋭い楔は、まるでデタラメに飛んでいるように見える。

 だが、それは全てラスカの驚異的な動体視力と反射神経が制御しているのだ。

 文字通り彼女は、全てのマーカー・スレイブランチャーを見切っている。その動きを卓越した空間把握能力で完全に見通しているのだ。そして、敵意と殺意が高速移動する、その一秒先の未来へ攻撃を置いておく。あとは勝手に、マーカー・スレイブランチャーがそこへ突っ込んできて爆散するだけだった。


「統矢さん、今の動き……オートです。わたしがマニュアルで動かしてる時より、マーカー・スレイブランチャーの動きが散漫ですっ」

「それでも、ラスカのあれは人間技じゃないけどな……よし、れんふぁ! 舌を噛むなよ……突っ込むぞ!」


 統矢は97式【氷蓮ひょうれん】ラストリバイヴをフル加速させる。

 今、【樹雷皇】の火力を正面から受け止め、天城は周囲の空を爆発で彩っている。いくらグラビティ・ケイジがあるとはいえ、応戦すらままならず一方的に削られ続けていた。直掩のティアマト聯隊も奮闘しているが、犠牲者がすでに出ているかもしれない。

 だからこそ今、統矢は起死回生の一矢となってぶ。

 そして、その胸には思いついた秘策が眠っているのだった。

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