第24話「終わらぬ戦いが続く中で」

 巨大な航宙戦艦こうちゅうせんかん天城あまぎが翔ぶ。

 その艦尾から伸びるクレーンのケーブルで、巨大な【樹雷皇じゅらいおう】は空中を牽引されていた。その中央部には再び、摺木統矢スルギトウヤの97式【氷蓮ひょうれん】ラストサバイヴが納められている。激闘を経て奪還した人類最強の兵装は、再びこの時代の人間に委ねられたのだ。

 多くの作業員が行き交う中、固定された【氷蓮】のハッチを開く統矢。

 風は強く冷たいが、微弱なグラビティ・ケイジが守ってくれている。

 そのままチェックリストを整備員に渡して、彼は【樹雷皇】の側のコクピットに向かった。


「れんふぁ? いいか? 入るぞ」


 ハッチを開ければ、見上げる更紗サラサれんふぁの笑顔があった。どうやら、システム内部は大きく書き換えられてはいないらしい。

 彼女がシートの上で身をずらしたので、ゆっくりと統矢は中へ降りる。

 そこは、無数のモニターに囲まれた管制室のような構造だ。


「改めて見ると、凄いな……これだけの武器のかたまりを、ここで全部れんふぁが制御してるんだもんな」

「わっ、わたしはそんな。少しでも、統矢さんのお手伝い、できてれば、いい、けど」

「れんふぁがいなきゃ、こいつは動かないさ。俺が気兼ねなく振り回せるのだって、お前のおかげだからさ」


 コントロールユニットとして接続された【氷蓮】が心臓部ならば、ここは頭脳だ。いかに統矢が激しい操縦をしようとも、れんふぁの補佐が的確に火器管制と姿勢制御、細やかな演算を全てフォローしてくれる。

 全長300mメートルを超える機動兵器が、まるで手足の用に自在に戦場を馳せるのだ。

 統矢と並んで座りながら、れんふぁは目の前のキーボードに手を伸ばす。


「この子、動力部が換装されてて……多分、ひいおじいちゃんが回収したんだと思う」


 以前、この【樹雷皇】には【シンデレラ】が搭載されていた。完全なブラックボックスながらも、【シンデレラ】の持つテクノロジーが必要だったのだ。そして、その機体は……れんふぁが平行世界の未来から乗ってきた機体は、あのスルギトウヤの乗っていた【氷蓮】なのである。

 この世界ではまだ、統矢は【氷蓮】と共に戦っている。

 あの更紗りんなが残してくれた、形見でもあるからだ。

 だが、トウヤは強敵を前に一度は【氷蓮】を捨てたのだ。

 それが今、どうして? 何故?

 疑問は尽きない。


「新しい動力炉は、大型のセラフ級に搭載されてるタイプだから、パワーはむしろ上がってるよ?」

「へえ、どんなエンジンなんだ」

量子波動クアンテックエンジンっていって、わたしたちの時代では広く使われてる一般的な――」

「……すまん、難しい話はいいや。あとで千雪チユキにでも教えてやれよ、喜ぶぞ」

「千雪さんって、メカが好きですよね」


 現在、【樹雷皇】はシステムチェック中で、ソフトもハードも八割方の復旧が終了している。特にソフト面は、ウィルス等のトラップがないかを慎重に精査する必要があった。

 幸い、時間がなかったのか、パラレイド――新地球帝國しんちきゅうていこくの連中はシステム自体には手を入れていなかった。動力炉の換装と、コンソール周りの小改修だけで、この【樹雷皇】を運用していたようである。

 だが、なにをやったかは決して忘れない。

 ずっと忘れないだろうし、一瞬たりとも忘れられない。


「……桔梗キキョウ先輩、大丈夫だよな? お前、病室に行ったろ?」

「あ、うん。健康面はほぼ問題なしだって。PTSDもあって、なるべくもうパンツァー・モータロイドには乗ってほしくないけど……身重だし……」

「乗るって言ってきかないんだろ?」

「う、うん……あれ、なんで知ってるの?」

「そういう人だよ、ったく。千雪といいお前といい……守りたい奴ほど、危ない中に飛び込んでくるからさ」


 勝手な言い分だとはわかっている。

 だが、正直な気持ちでもあった。

 全時代的な考えでも、やはり戦場に女が出てくるような世界は狂っている。戦争自体が巨大な狂気であるとすれば、その広がりが女や子供を巻き込んでしまうのは悲劇だ。

 同時に、女たちの健気さや一途さに心を打たれる。

 愛する者に守られるだけではなく、愛する者を守りたい。

 それは、統矢も想いは同じだった。


「PTSDの症状を薬で抑えるっていうけど、一人の身体じゃないから……桔梗先輩には、安全な場所で休んでてほしいなあ」

「お腹の子にもよくなさそうだしな、薬物とかさ」

「うん……でも、安全な場所ってもう、どこにもないんだよぉ」

「なければ探す、見つからなければ作るさ。俺たちでな」

「……うんっ!」


 こんな時でも、ほがらかに笑うれんふぁがまぶしかった。

 どんな苦境の中でも、人は笑顔を忘れない。それは、悲しみや怒りを忘れられないのと同じだ。気持ちが揺り動かされる限り、そのたかぶりを力に変えて戦える。

 見た目はぽややんとしているが、れんふぁはたくましい女の子だ。

 長い旅と苦難の日々が、彼女を強くしたのだ。


「あっ……ん、統矢さん。んっ! んーっ」

「ん? どした?」

「……え、あ、いや、ななな、なっ、なんでもないですぅ! ……じっと見詰めるから、つい」

「あ……いや、そういう訳じゃ、ない、けど……じゃ、じゃあ」


 なにを期待されたか知って、統矢は顔が火照ほてった。密室の中、二人切り……今持って反乱軍は逃避行を続けているが、今は警戒が続く中で全軍が待機中だ。思えば、こうしてれんふぁとゆっくり話せるのは何日ぶりだろうか。

 れんふぁは「千雪さんにも、あとで……約束ですよぉ?」と再び目をつぶった。

 そのつぼみのようなくちびるが、うるおいにつやめいている。

 そっと唇を重ねようとした、その時だった。

 不意に正面のモニターに、見知った顔が映る。

 向こうから見えていなくても、瞬時に二人は壁と壁とに離れた。


『全軍に達する! 私は天城の艦長代理、御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさだ』


 隻眼せきがんの少女が、妙に老成した瞳でにらんできた。

 まるで、密室の二人を見透かしていたかのように感じる。それが錯覚でも、気まずい雰囲気の中で統矢は身を正した。

 刹那の声は、天城の全員へと向けられていた。


『これより我々は、反乱軍としてはじめての大規模反攻作戦を開始する。目標は、旧人類同盟でも有数の軍事要塞、アラスカ基地だ』


 アラスカはアメリカの手によって、要塞化されている。人類同盟軍最大の基地と言えば、総司令部があった南極大陸だ。だが、アラスカはそれに次ぐ規模を誇り、外部から完全に切り離されたコロニーとしての機能も有している。

 パラレイドに敗北した時のことを想定し、種の保存を目的に造られているのだ。

 勿論もちろん、強固な防衛力を誇り、今は新地球帝國の手に落ちている。


『確証に足りる情報筋から、アラスカ基地にて旧人類同盟の大量の軍人が収容されていると聞いている。主にPMRパメラの各国エースパイロットを中心に、300人程だ』


 ふと、統矢の脳裏を豪胆なアメリカ軍人の顔が過った。

 グレイ・コースト大尉も、きっとそこにいるだろう。

 あの月面での戦いで、もし生き残っていればの話だが。

 だが、妙に豪快な人柄だけが、妙に鮮明に思い出された。

 しかし、そんな統矢を置き去りに刹那の声は続く。


『恐らく、連中は実験を始めるつもりだ。捕虜にしたパイロットたちを、死地にも等しい戦場でお互いに戦わせる。殺し合わせる。そして、その中でDUSTERダスター能力に覚醒する人間を生み出すつもりだ。……そんな暴挙は許してはおけん』


 刹那の、ギリリと奥歯を噛みしめる音が聴こえてきそうだった。

 激情を隠そうともせず、彼女は幼い美貌を憎しみに歪めている。


『我々は単艦で突出、アラスカ基地に強襲をかける。次のミッションは、そう……だ。熟練パイロット、300人! 全て我々が戦力としていただく!』


 アラスカ基地の火力は、たった一隻の戦艦とは比べ物にならない程に強大だ。いかな天城が高性能な戦艦とはいえ、巨象きょぞうに挑むありにも等しい。

 だが、この蟻には猛毒の針がある。

 単騎でセラフ級パラレイドを殲滅しうる【樹雷皇】とPMR部隊だ。

 恐らく、一か八かの電撃作戦になる。

 速力を武器として、反撃を許さず圧倒して、短時間で救出作戦を敢行し離脱する。


「……また、戦いがはじまるね」

「ああ。……だから、れんふぁ」

「えっ?」


 れんふぁの形良いおとがいを手で持ち上げ、そっと優しく統矢はキスした。驚きに目を見開いたれんふぁもまた、頬を桃色に染めて目を瞑る。

 わずか数秒に満たぬふれあいが、永遠に続けばいいと思った。

 だが、最後の希望を乗せた方舟は今も、さらなる激戦へと進んでいる。

 だから、そっと離れたれんふぁを、統矢は強く抱きしめた。


『これより艦内は第一種戦闘配置を発令する! 二時間でアラスカ基地の防空圏に突入予定だ……よって、先んじて【樹雷皇】を投入する。おい、聴いているか摺木統矢! ちちくりあってる暇があったら、はやく機体を復旧させんか!』


 見られた。

 向こうから丸見えだった。

 真っ赤になったれんふぁが、慌ててカメラを切る。

 まさか、ブリッジからこちらをモニターしてるとは思わなかったのだ。


「見られ、ちゃった、かな?」

「……まずいな。カメラは?」

「今、切った、けど……」

「じゃあ、いい。もう少し……もう少しだけ、こうしてたいんだ。いいか?」


 胸の中で、れんふぁは小さくうなずいた。

 そんな彼女の体温を、包み込むようにして己に染み込ませる。統矢は今、守るべきもののぬくもりに触れて、その想いを強くしているのだった。

 だが、互いに惜しみ合ってコクピットを這い出ると……そこには腕組み仁王立ちで五百雀千雪イオジャクチユキが、そのジト目な仏頂面ぶっちょうづらが出迎えてくれるのだった。

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