第22話「殺せぬ男の語る未来」
勝負は決した。
本来ならば、勝負にならない戦いだった。それほどまでに、【
今、ゆっくりと【樹雷皇】が海に着水する。
頭上には
巨大な【樹雷皇】の上に、統矢は愛機【
真の決着の時が今、訪れようとしていた。
「れんふぁ、俺から離れるなよ」
「統矢さん……」
「俺は、あいつを殺す。お前の
膝の上で、黙ってれんふぁは首を横に振った。
そして、自分に言い聞かせるように言葉を選ぶ。
「ひいおじいちゃんは、とっくの昔に死んでたんだと思う。ひいおばあちゃんが……
「れんふぁ」
「だから、ひいおじいちゃんをもう楽にしてあげて、統矢さん」
「……わかった」
コクピットのハッチを開くと、強い海風が冷たく吹き付ける。
観念したようにも見えるが、統矢は決して気を抜かない。
確実に殺すまでは、緊張感を維持したままだ。
「行くぞ、れんふぁ……怖かったらここにいろよな」
「ううん、一緒に行く。この子にも……【樹雷皇】にも、おかえりなさいって言ってあげなきゃ。機体の状況も確認したいし」
「そっか」
コクピットから降りて、れんふぁに手を差し伸べる。
手に手を重ねて、
そして、二人で
不敵な笑みを消さないトウヤを、ただ真っ直ぐ
冷たい冬の空気は、肌を裂くように吹き付けていた。
「終わりだ、スルギトウヤ。お前の野望は、ここで終わりにする!」
銃口を前に、トウヤは鼻を鳴らした。
ポケットに両手を突っ込んだまま、平然とこちらを
「終わり? 私がか? ……まだ始まってすらいない。真の戦いは、
「その妄想も、ここまでだって言ってんだよ。お前を撃つことに、なんら
「……そうか? 本当にそうか? お前は私、それも弱い私だ。お前の弱さは、私を殺せない」
「なら、試してみるか?」
距離はまだあるし、射撃に自信はない。
あの地獄の北海道戦を生き残った、これはただりんなが守ってくれただけだ。
だからこそ、拾った命を今こそ使う時が来たのだ。
そして、頭上からも怒りの声が降り注ぐ。
「統矢ぁ! 俺にもあとで一発殴らせろや……いや、殺す前に先に殴らせろ。俺は……俺はぁ! これほど人を憎いと思ったこたぁねえ!」
振り返れば、コクピットから
彼もまた、トウヤを殺す権利がある。
それは、因果に応報する理由があるからだ。
だが、これだけは
平行世界の自分同士で、統矢は完全な決着をつけたいと望んでいるのだ。
「辰馬先輩……すみません。ここは、俺が。あと……許せないのは俺だって同じだ。桔梗先輩を
「統矢、お前……」
「俺は! 俺自身が許せない。ここで奴を殺せなければ、きっと一生許せないままだ!」
突きつけた銃口が、震える。
怒りで全身が燃え上がりそうだ。
だが、トウヤはニヤリと笑って首を傾げた。
「私を殺す? いいのか、貴様……まだわかっていないようだな。それは無駄なことだ」
「無駄だと? なにを」
「私は
「馬鹿、な……だが」
ちらりと統矢は、隣のれんふぁを見やる。
彼女の無言が、なによりも雄弁に事実を語っていた。
ならば、ここでトウヤを殺すことには、復讐を果たす以上の意味がない。再びリレイド・リレイズ・システムは、彼をこの世界のどこかに産み落とす。それを探し出して殺しても、結局は同じことなのだ。
成長限界を少しずつ狭め、大人になる余地を削りながら……トウヤは生まれ続ける。
それは、地獄として選ばれた統矢の世界が、未来永劫救われないことを示していた。
そして、不意に上空の天城が砲塔を旋回させる。
艦長代理の声が叫ばれた。
『なにをしている、摺木統矢! 迷うな! まずは拘束しろ! 私はその男を追って、あらゆる世界戦を
同時に、空に暗い
周囲の海に、自然ならざるさざなみが広がり、
天城を始め、周囲が臨戦態勢で警戒する。
かつてパラレイドと呼ばれていた敵は、時間と空間を超えて戦力を送り込むことができる。ならば、トウヤを守るために増援が出てくることは予想の範囲内だ。
だが、天が裂けて時空が歪むや、その中から舞い降りた天使は単独だった。
天城のオペレーターが叫ぶ声が聴こえた。
『艦長! 次元転移確認、数は1!』
『艦長代理と呼ばんか、馬鹿者っ! ……単騎、だと……あれは!』
始まりの大天使が、後光を背負って降臨した。
そして、一時は助けてくれた声が、敵意を
『トウヤ様から離れろっ、統矢っ!』
「くっ、レイル・スルール!」
メタトロン・ゼグゼクスが、たった一機で現れた。
すぐに天城から、対空砲火が上がる。
メタトロンは、肉眼で確認できるほど強力なグラビティ・ケイジを展開していた。
全ての攻撃が
だが、それでも接近戦を挑む風が吹き抜けた。
『
『またお前かっ、五百雀千雪! 今は構ってられないんだ!』
『それはこっちも同じこと。……ん、次元転移反応、増大……まだ、来ます!』
さらに揺れが激しくなって、統矢も立っているのがやっとだ。
そして、今度は下……海の底に光を見た。
その時にはもう、【ディープスノー】と戦うメタトロンが、上下へと分離する。そのコアであるコクピットブロックを残して、変形した上半身と下半身が上昇した。
まさかの行動に、統矢は目を見開く。
トウヤだけが、両手を広げて笑っていた。
「ハハハハハッ! そうだ、戦えレイルッ!
『まずは母艦を叩くっ! トウヤ様、今っ! 行きます!』
小型の戦闘機に変形した、コクピットブロックが降りてくる。
千雪の【ディープスノー】は、即座に天城の援護へ翔んだ。いい判断だと思ったし、特攻のために機体をバラすレイルにも恐れ入る。だが、状況はこちらが多数で、なによりトウヤの命を統矢たちが握っているのだ。
空中で激しい爆発が、立て続けに二度起こる。
単調な無人機となったセラフ級の部品は、千雪の敵ではない。
だが、海中の次元転移反応は、新たなパーツを打ち上げてきた。
そう、メタトロンは上下のパーツがあれば何度でも再合体できるのだ。
『トウヤ様、お迎えにあがりました』
「御苦労、レイル。いい子だ……
垂直に着陸するレイルの小型戦闘機が、統矢の射線を封じた。
みすみす逃がす手はないとばかりに、統矢は走り出す。
だが、その腕にガシリとれんふぁが抱き着いてきた。
「れんふぁ!? 今なんだ、今! この瞬間を逃しては――」
「落ち着いてくださいっ、統矢さん! 危険です! ……ひいおじいちゃんと違って、統矢さんは……統矢さんは、生き返れないんですっ!」
トウヤを回収した戦闘機は、再びコアとなるべく変形した。そして、上下からそれを挟むように新しいパーツがドッキングする。
その姿は、以前の
だが、頭部にVの字のアンテナが開くや、天使の
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