第5話「舞い降りる影」

 突如とつじょ町中に出現した、戦場。

 周囲で悲鳴とサイレンが響く中、摺木統矢スルギトウヤは動けずにいた。

 目を逸らすことができない。

 眼の前に今、ボロボロの97式【氷蓮ひょうれん】が立っている。武器もなく、整備状況は明らかに悪い。けるオイルの臭いすらも、どこか癒えぬ傷を彷彿ほうふつとさせた。

 そして、周囲にパラレイドの……真地球帝國しんちきゅうていこくのエンジェル級が武器を構える。

 正常ならざる異音を響かせ、【氷蓮】は崩れたガレージから鉄骨を抜いて構えた。


「駄目だ……やめてくれ、ガイさん! 無茶だ、数が違う……武器だって!」


 悲痛な叫びと共に、統矢は走り出していた。

 戦端が開かれたのは、その瞬間だった。

 否、戦いですらない、それは一方的な鏖殺おうさつ

 あっという間に、緑色の一つ目……エンジェル級パラレイド、イザークの銃が火を吹いた。円形のマガジンを乗せた巨大なマシンガンが、空薬莢からやっきょうを吐き出す。どうやら市街戦を想定して、自慢のビーム兵器を実弾装備に切り替えているらしい。

 発熱して湯気をあげるそれは、飲料の空き缶よりも大きい。

 統矢の周囲に落ちて、積もった雪がどんどん溶けてゆく。

 そして、あっという間に【氷蓮】は蜂の巣になった。


「凱さんっ! チッ、ク、ショオオオッ!」


 全身から流血するように、火花が【氷蓮】を包む。

 そのままギシギシときしみながら、風間凱カザマガイを乗せたパンツァー・モータロイドが崩れ落ちる。一人の男が全てを注いで修理した機体……それが一瞬で、鉄屑てつくずへと変わった。

 コクピットも容赦なく撃ち抜かれ、生存は絶望的だ。

 凱とは、数える程しか言葉を交わしたことがない。彼は黙々と、裏のガレージでなにかを修理していた。時折鋭い殺気を放っていたが、統矢には優しかったような気がする。なにも言わないが、いつも差し入れをくれたのが思い出された。


『国民の皆さん、反乱分子は排除されました!』

『周囲の憲兵MPに従い、速やかに避難してください! 繰り返す! 周囲の憲兵に――』


 巨大な鋼鉄の戦士から、スピーカー越しに声が走る。

 だが、その響きが突然かき消された。

 まるでノイズのような金切り声……不協和音にも似た、耳をつんざく金属音だ。

 そして統矢は、その音を知っている気がした。


「なんだ……上かっ!」


 周囲には五機のイザークが集まっている。上空にも、戦闘機へと変形するエンジェル級バルトロマイが数機滞空している。そして……突然、その中の一機が爆発した。

 咄嗟とっさに変形して人型になろうとしたバルトロマイ。

 その姿が、炎に包まれながら空中分解する。

 黒い爆炎が舞い上がり、それを吸い込むように闇が忍び寄った。

 そう、暗黒の闇だ……真っ黒なPMRパメラが、突然空から降りてきた。


「あれは……89式【幻雷げんらい】! 改型かいがた……零号機ゼロごうき!」


 漆黒のPMR、その名はZERO

 無にして始まりを示すナンバーは、以前に統矢が乗った時とはかなり変わっていた。全身が補修材だらけのツギハギで、包帯のような白いスキンテープが巻かれている。ところどころほつれて宙に泳いでいるのは、風が吹いているからではない……背に装備された重力制御システムのせいだ。

 バックパックが大型化された、傷だらけの改型零号機が叫ぶ。

 まるで鬼哭きこくの如き咆哮、それは明らかに異常な作動音だった。


『なっ……新手だ! いったいどこから』

『本部、応援要請! 先日電波ジャックした連中、ウロボロスとかいう反乱組織と思われる!』

『各個に迎撃! 迎撃ッ、ひ! ひいい、来るなああああっ!』


 まるで亡霊ファントムのように、改型零号機がゆらりと走る。

 その手には、大口径のショットガンが握られていた。スラッグ弾が吐き出されれば、あっという間にイザークの頭部が爆散した。ポンプアクションで排莢はいきょうされる空薬莢が落ちぬ間に、続けて二度三度と銃声が響く。

 悲劇の戦場に蘇った零は、泣きなげくように空気を沸騰させていた。

 次々とエンジェル級が撃破されてゆく。

 市街地のド真ん中で、周囲にも被害が広がっていった。


『クソッ、今は地球人同士で戦ってる場合じゃないんだ! 異星人の驚異が迫ってるんだぞ! 共に奴らを倒さねば!』


 最後に残った、頭部に一本角のイザークから叫びが走る。

 だが、この場にパラレイドを同じ地球人と思っている者など、いない。統矢にいたっては、自分さえこの星の人間として許せない気がするのだ。

 そんな統矢の怒りを代弁するように、改型零号機が片手でショットガンを突きつける。

 隊長機らしきイザークは、その一撃を避けて腰から手斧トマホークのような近接武器を取り出した。刃が赤熱化しているのは、恐らく高熱で溶断するためだろう。

 改型零号機も、空いた左手を後ろに回してナイフを抜刀する。


『地球人同士? ハッ! 違うね……お前らは、。正体不明で交渉不可能な、謎の侵略者! 敵だろうがよ!』


 その声を統矢は知っていた。

 同時に、地を蹴る改型零号機が消えた。

 風圧が襲って、イザークの振り下ろした斧が大地をえぐる。

 その時にはもう、改型零号機の刃はコクピットへと突き立てられていた。そのままナイフを押し込み、手放すや蹴りでじ込む。

 頭部の一つ目モノアイから光が消え失せ、それで戦闘は全て終わってしまった。

 たった一機で、改型零号機は周囲の敵を殲滅せんめつしてしまったのだ。


「今の声……辰馬タツマ先輩っ! 生きてたんですか、先輩!」


 統矢が慌てて駆け寄れば、片膝を突いた改型零号機のコクピットが開く。

 そこから現れた男は、やはりあの五百雀辰馬イオジャクタツマだった。


「よぉ、統矢……どうだ? 元気してっか? 俺は……見ての通りさ」


 統矢は言葉が出てこなかった。

 改型零号機と同様に、辰馬も汚れた包帯で怪我だらけだ。その顔も、包帯でほとんど見えない。しかし、声も不敵な笑みも、間違いなく千雪チユキの兄、辰馬だった。

 苦しげに息を荒げながらも、辰馬は身を乗り出して統矢を見下ろしてくる。


「れんふぁちゃんは元気か? 千雪は……まあ、無事じゃすまねえわな」

「え、あ、はい! そうなんです、最近調子が」

「ありゃ、つらいですってツラするタマじゃねえからな。ちょっと待ってろ、統矢」


 辰馬はコクピットの内部を振り返って、奥から何かを取り出した。

 それを投げてよこすので、統矢は慌てて走る。

 受け取れば、それは袋にぎっしり詰まった錠剤だ。恐らく、あちこちからかき集めたのだろう……半端に使用された残りばかりが入ってる印象がある。

 それでようやく、統矢は理解した。

 自分のいたらなさが今、痛切なまでに罪悪感となって襲う。


「そうか……千雪は、千雪の身体は」

「拒絶反応ってのがあるからな。本当はフルメンテが必要だが、まあ……」

「辰馬先輩っ! 先輩はまだ戦ってるんですよね。御堂ミドウ先生と……御堂刹那特務三佐ミドウセツナとくむさんさと!」


 黙ってうなずく辰馬は、そのままコクピットの中へと消える。

 闇を凝縮したような改型零号機は、その奥にさらなる闇を満たして辰馬を飲み込んだ。

 再び機体が立ち上がるので、統矢は声を振り絞る。


「俺も、戦います! それに、まず千雪を! 千雪の身体を」


 全てを失い亡くす中で、唯一残った二人の恋人。

 千雪とれんふぁだけは守る、そう誓ったのに……統矢はなにも気付けてはいなかった。身体の半分以上が機械、義体となった千雪には、定期的なメンテナンスと投薬が必要だったのだ。

 その痛みを想像すると、慚愧ざんきの念に胸がきしる。

 だが、意外な言葉が降ってきた。


「……駄目だ。。千雪とれんふぁちゃんの側にいてやれ。薬は……まあ、なんとか都合するからよ」

「辰馬先輩っ!」

「来るなっつってんだろ! ……俺は、よ……俺等で戦争を最後にすっからよ」

「あ……まさか、じゃあ……桔梗キキョウ先輩、は……」


 コクピットのハッチが閉じて、改型零号機がふわりと浮かび上がる。

 そのまま全身のスラスターを明滅させると、漆黒の復讐鬼アヴェンジャーは空へと消えた。呆然ぼうぜんと立ち尽くす統矢だけを残して。

 そして、そのあとを追って敵の機体が飛び去ってゆく。

 まだ、戦争は終わってはいない。

 そして辰馬は、この戦争で全てを最後にするつもりなのだ。

 その決意と覚悟が、自然と統矢には感じられた。


「クソ……クソッ、クソッ! クソオオオッ!」


 くやしさに全身が張り裂けそうだ。

 一緒に暮らしてこの手に抱いて、ぬくもりを分かち合った仲なのに……気付かなかった。千雪の身体はもう、普通の人間ではいられない、そのことを見落としていたのだ。

 そして、辰馬に言われて思い出す。

 五百雀千雪という少女は、決して辛さを声に出さない。

 顔にさえ出さないのだ。

 言ってくれれば、統矢はなんでもした。最悪、真地球帝国軍に名乗り出て捕まってでも、千雪の痛みをやわらげただろう。それを知っていたから、千雪はなにも言わなかった……言えなかったのだ。


「俺は! 俺は、なにを! なにも……なにも守れていなかった!」


 思わず、手にした薬を振り上げる。

 地面に叩きつけそうになったが、握る手が震えた。

 今、千雪の命を手にしているも同然なのだ。

 結局統矢は、ゆっくりと腕を下ろす。

 振り返ればもう、小さな町工場は炎に包まれていた。短い平和が、失われてゆく。否、最初から平和などなかったのだ。あの小さなアパートの一室でさえ、痛みと戦う千雪がいて、それに気付けなかった。

 統矢は燃え落ちる工場に一礼すると、二人の恋人が待つ我が家へと走り出すのだった。

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