最終話「終わらない未来へ」

 決着はすでについた。

 新地球帝國しんちきゅうていこく……パラレイドと呼称されていた敵は、摺木統矢スルギトウヤの一撃で消し飛んだのだ。そう、文字通り消滅してしまった。重力場そのものを圧縮して撃ち出す、グラビティ・バスター・カノンによって。

 あまりにも強過ぎるその力に、統矢は銃爪トリガーの感触が忘れられない。

 多くの将兵が乗っていたであろう、巨大な戦艦を一発で倒してしまったのである。


「こいつは……強力過ぎるな。だが」


 今はその力を、使うしかない。

 愛機【氷蓮ひょうれん】がグラビティ・エクステンダーの力を失うと、加熱した全身か外気に冷却されてゆく。氷点下の空で、気付けば統矢は呆然ぼうぜんと基地を見下ろしていた。

 だが、そこにはまだ多くの人たちがいる。

 基地に残された、新地球帝國の残存兵力。

 そして、囚われていたこの時代の地球人たちだ。

 なにより周囲に、自分を支えてくれる少女たちの声がある。


『統矢さんっ! お疲れ様でしたぁ。なんか、その大砲……すっごいですね』

『統矢君、私……気になります。マニュアルとか、ありませんか? どういう構造になっているんでしょうか。既存きぞんのパンツァー・モータロイドへの装備は、それと――』

『千雪さんっ、がっつきすぎですぅ! どうどう! どうー!』

『はっ! わ、私、その……でも、新しいメカは、気になります!』


 五百雀千雪イオジャクチユキと、更紗サラサれんふぁ。

 統矢の想いを分かち合ってくれる、大切な二人の恋人。統矢は【ディープスノー】と【樹雷皇じゅらいおう】のグラビティ・ケイジに包まれながら、ゆっくりとアラスカ基地に降下してゆく。

 天城から出撃した救出部隊によって、ほぼ基地の制圧は完了しつつあった。

 それでも、散発的な銃声を外部センサーが拾う。

 ゆく先々、戦いと死ばかりである。

 その中で生を、明日を拾って未来へ繋げる……それ以外に今、統矢たちが運命にあらがう手段は存在しない。


『あっ! えっと、これは……』

「ん? どうした、れんふぁ」

『今、ちょっと回線が錯綜さくそうしてて。でも、残った敵はほぼ全て、投降したみたい。それと』

「それと? なんだ、なにか問題があったか? 支援が必要なら俺がこのまま」

『ちょっとまってね、回線を回すから』


 こころなしか、クスクスとれんふぁは笑っているようだ。

 そして、懐かしいがなり声がコクピットに響き渡った。


『ヨォ、ボーイ! よろしくやってるじゃねえか!』

「その声……グレイ・ホースト大尉か!」

『HAHAHA! 本国じゃ二階級特進で中佐様だぜ! ……久しぶりだなあ、無事でなによりだ』

「それは俺の台詞セリフだっ! 今、どこだ? この基地に?」

『ああ、もう少しでモルモットになるとこだった。今は、反乱軍に合流して残敵を掃討中だ』


 グレイはアメリカ海兵隊に所属する、腕っこきのPMRパメラ乗りだ。となれば当然、生きていればこの場所に集められ、DUSTERダスター能力者を覚醒させる実験体になるだろう。

 あの月での激戦を生き抜いだだけでも、奇跡に近い。

 その奇跡を無に帰す非道な行いを、統矢は止めることができたのだ。

 だが、通話の向こう側には散発的な発砲音が鳴り止まない。


『こっちはちょいとまだ忙しいがな、ボーイ。そっちは全員無事か?』

「無事と言えば、まあ無事さ」

『ならいい、最近ろくなものを食べてないんだ。あの空飛ぶジャパニメーションな戦艦で、たにか温かいものでも食いたいもんだ』

「その辺は大丈夫だと思うが……まあ、アニメだよなあ」


 轟音を響かせ、天城あまぎがゆっくりと高度を落とす。

 その艦体は、洋上の戦艦がそのまま飛んでいるようなものである。申し訳程度に前進翼が左右に広がっているが、重力制御と艦尾のロケットクラスターで空を馳せる。

 なるほど、外国の人間が見れば悪い冗談か、もしくは日本お得意のアニメや漫画だ。

 だが、その力はあまりにも禍々まがまがしく、内包する戦力はこの星唯一の希望だ。

 その天城の艦橋に並べば、硬化テクタイト製の窓に御堂刹那ミドウセツナの矮躯が見えた。

 彼女は艦長席から降りると、マイクを手に口を開く。

 スピーカーを通して拡大された声が、そのまま肉声となって冬空に広がっていった。


『現在戦闘中の、新地球帝國将兵に告ぐ。私は反乱軍指揮官、航宙戦艦こうちゅうせんかん天城艦長代理の御堂刹那特務三佐とくむさんさだ。……わかりやすく言えば、お前たちをこの馬鹿な戦争に駆り立てた、の一人だ』


 ――リレイヤーズ。

 監察軍かんさつぐんと呼ばれる異星人との戦争に勝つために、人のことわりを捨て禁忌きんきを犯した人間。その罪を刻まれた、永遠の子供たちである。リレイド・リレイズ・システムによって、時間と空間を超えて平行世界を行き来し、繰り返し記憶と知識を保持したまま生まれ変わりを繰り返す……まさに、呪われた戦争の申し子である。

 だが、リレイヤーズだけで戦争はできない。

 戦いの元凶、スルギトウヤと数人のリレイヤーズに、どれほどの将兵が従いこの世界線へやってきたのだろう? 恐るべき未来の兵器と共に、数千ではきかない数の兵士たちが戦いに参加したのだ。

 それほどまでに、向こうの世界のトウヤは求心力があったのだろう。

 また、異星人との戦い、そして敗戦を許せぬ者も多かったと思う。


『本艦はこれより、救出した味方パイロットを収容し、この基地をつ。捕虜は取るつもりはない……引き続きスルギトウヤ大佐の指揮下で戦いたいものは、この基地に残るといいだろう。だが』


 刹那の声は、意外な言葉となった。

 それは、統矢が予想もしない未来へと皆を導いてゆく。


『スルギトウヤ大佐の戦いに疑問を持ち、私たちの戦いでそれを紐解ひもときたいならば……私は誰も拒みはしない。捕虜ではなく、。以上だ!』


 あの、パラレイドへの憎しみだけでできていた、刹那が。

 あの、泣く子も黙る非道で冷徹な刹那が、である。

 敵兵にその意志があれば、味方として迎えると言い出したのだ。千雪とれんふぁの驚く気配も、コクピット越しに統矢へ伝わってくる。

 いかなる心境の変化か?

 そのことに関しては、統矢より女の子たちの方が敏感だった。


『刹那ちゃん先生、どうしたんでしょう……なにか、悪いものでも食べたのかなぁ』

『違いますよ、れんふぁさん……これは、ズバリ』

『ズ、ズバリ?』

! です! ……御堂先生はきっと、


 そんな馬鹿な。

 見た目こそ十歳児だが、あれはそんなタマじゃない。

 だが、千雪のあまりにも突飛とっぴで仰天な言葉に、不思議と統矢は脱力してしまった。


「お前なあ、千雪……真顔でそんなこと言うな。恥ずかしい」

『……顔、見えてるんですか?』

「見なくてもわかるっての。あと、れんふぁ。笑うな、隠しても聴こえてるぞ」

『笑って……私、なにかおかしなことを言ったでしょうか。愛は、無敵ですよ?』

「そ、それは、まぁ……そう何度も連呼するな、恥ずかしい」


 それでも、統矢もそれとなく察していた。

 あの天城は元は、日本皇国海軍連合艦隊にほんこうこくかいぐんれんごうかんたい所属の巡洋戦艦だった。あの刑部志郎オサカベシロウ提督の座乗艦ざじょうかんとして、ブリテン攻防戦などに参加した歴戦の古強者ふるつわものなのである。

 今は、もうあの気のいいじいさんの笑顔はない。

 そして、代わりに刹那が艦長席に座っている。

 かたくなに自分を艦長代理だと言ってきかない、あの刹那が。

 なんだか千雪の言うことが、当たらずも遠からずな気がした。


『統矢君。地上部隊を援護してる兄様たちも、無事のようです』

「よし、帰還しよう。れんふぁも、天城に横付けして降りてこいよ。俺たちの出番は終わりだ、多分な」

『ふぅ、疲れた……今回もまた、この子に結構無理させちゃった。メンテが大変だよぉ』


 そう、戦いは終わった。

 だが、それは反撃の序章でしかない。

 それを知らせるように、天城のオペレーターが悲鳴を叫んだ。


『艦長代理! 次元転移ディストーション・リープ反応多数、基地の北東、距離500!』

『ふっ、よほど焦って増援を出したらしいな……500mも転移座標がずれている。PMR隊各機! 15分持たせろ! 友軍と協力者を収容後、速やかに離脱する』


 低空に浮かんで止まる天城から、無数の内火艇ランチが放たれた。

 同時に、北東の空が虹色の輝きに歪み始める。

 どうやらもう一仕事のようで、統矢はやれやれと機体のセッティングをリコールする。グラビティ・バスター・カノンから、零分子結晶ゼロぶんしけっしょうでできた【グラスヒール】を取り出した。


「れんふぁ、そっちのグラビティ・ケイジに預けていいか? この大砲は……もう、今は必要ないと思う」

『う、うんっ。えっと……はい、アイ・ハブっと』

『では、私と統矢君で突っ込みます。多少は引っ掻き回さないと、数で押し込まれてしまいますので』

「ああ」


 先行して、【ディープスノー】の巨体が加速、あっという間に点になる。

 その暴力的なスピードを追って、統矢も【氷蓮】を前へと押し出した。

 まだ、戦いは続く……このパイロット奪還作戦は、反撃の最初の一歩に過ぎない。


「もう、俺の前に現れるなよ……レイル。そして、トウヤ……もう一人の俺。待ってろ……今すぐ、お前の狂った妄想を叩き潰してやるっ!」


 決意と覚悟を呟きながら、統矢は新たな戦場へとぶ。

 たとえそれが、ささやかな、小さな光でも構わない。

 手を伸ばす人間の戦いが、燃やす命が誰かの光となる。

 そうやって、わずかでも光を繋ぐことでしか、時代を追おう闇は払えないように思えた。だが、今はそれでいい……たとえ燃え尽きても、自分を燃やし尽くしてでも、未来と仲間を守る。恋人たちを守り通す。

 統矢の戦いは今、新たな局面を迎えようとしていた。

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