第28話「禁忌、破滅の凶星は解き放たれた」

 轟音を響かせ、人の姿へと巨艦が変形した。

 以前も手こずった強敵、超弩級ちょうどきゅうパラレイド……サハクィエル。その二番艦、ヨフィエルである。確かに、以前見た一番艦サハクィエルに比べると、細部が少し異なって見えた。

 それよりも、摺木統矢スルギトウヤは驚きを禁じえない。

 再び空へと浮上した天城あまぎが、切っ先を巨大な敵へと向けたのだ。


「なっ……あれは!」


 思わず叫んで身を乗り出す。

 モニターには今、ヨフィエルが無骨な右腕を振りかぶるのが見えた。その腕部自体がすでに、天城より何倍も巨大な構造物メガストラクチャーである。質量差は明らかで、まともに接触すればただではすまない。

 そして、ヨフィエルの右手に、グラビティ・ケイジが集まりだした。

 敵は天城を重力場の鉄拳で叩き潰すつもりだ。

 全てがスローモーションで見えて、ヨフィエルの動きはにぶい。

 だが、確実に死の鉄槌てっついは天城に迫っていた。


「くっ、れんふぁ! 再合体だ! 天城の前に出る!」

『ま、待って……統矢さんっ、あれ! 天城に高熱源反応!』

「おいおい、なんだ……? なにをやる気だ、御堂ミドウ先生っ!」


 先程、艦長代理の御堂刹那ミドウセツナは叫んでいた。

 ――重力場回転衝角グラビティ・ドリル、と。

 艦の各部に姿勢制御用のスラスターを灯しながら、真っ直ぐ天城は敵へと加速し始めた。その艦首下部、バルバス・バウの先にグラビティ・ケイジが集束してゆく。

 回転を加えて収斂しゅうれんされた、それは螺旋らせんに渦巻く巨大なドリルを象っている。

 肉眼で目視できるほどの高出力の重力場同士が、今まさにぶつかろうとしていた。

 だが、回線を行き交うクルーたちの声は落ち着いている。

 そしいて、刹那の声は暗い情念に燃えていた。

 怨嗟えんさ憎悪ぞうお、そして怒り……少女の中に凝縮された女の恨みが、今まさに爆発しようとしていた。


『フッ……こんな操艦、刑部オサカベ提督が見たら卒倒ものだな。では、ゆくぞ諸君! 全艦、両舷全速! 正面から突き破る!』


 もはや衝突は不可避の距離だった。

 小さな天城に伸し掛かるようにして、巨神の鉄拳が落ちてくる。

 その距離がゼロになった瞬間、衝撃波が周囲を薙ぎ払った。

 プラズマが瞬く中、干渉し合う重力のうずが嵐となって荒れ狂う。

 そして……天駆ける方舟はこぶね舳先へさきが、天罰の拳を引き裂いた。

 耳をつんざく金切り声と共に、ヨフィエルの右腕部が断ち割られる。大きくえぐられ、回転する重力場によって切り裂かれていった。まるで、紙を千切るようにやすやすと崩され、そのまま天城は突き抜けてゆく。

 あまりに大胆過ぎるその戦いに、流石さすがの統矢も言葉を失った。

 通信は僅かにノイズが入り混じったが、ブリッジの興奮した声が聴こえている。


『格納庫に異常発生! ケイジに固定されていたPMRパメラが数機、転倒!』

『艦首魚雷発射管、および魚雷室に火災発生! 現在消火活動中です!』

『接触に伴い、装甲板の17番から28番にかけてダメージ! 負荷限界、加熱中!』

『食堂からです、艦長代理! 御愛用の湯呑ゆのみが落ちて割れたと!』

『右舷後方に敵艦、通り過ぎます!』


 装甲と装甲が擦れ合い、火花を撒き散らしてゆく。

 天城も無傷では済まないが、ヨフィエルは完全に腕部の片方を破壊された。衝突の余波で、その巨体がグラリと体勢を崩す。

 我に返った統矢は、混線する中で自分を呼ぶ声を拾う。


『統矢! なんや、しゃきっとしいや!』

「あ、瑠璃ラピス先輩!? そ、そっちは大丈夫ですか!」


 天城の格納庫にいる、佐伯瑠璃サエキラピスからの直通通信だ。

 その背後は、やけに慌ただしく、悲鳴と怒号が叫ばれている。


『じゃかしいねん! ええから手ぇ動かし! 男が泣くな! 自分、情けないんとちゃうか!』

「す、すみません……でも、泣いてはいないです、けど……俺」

『ああ、すまんな統矢。こっちの話や。今がチャンスやで! あの二番煎にばんせんじのデカブツ、で沈めたれ!』

「秘密兵器……? あっ、そう言えば!」


 確か、新兵器を【樹雷皇じゅらいおう】に搭載してあると、以前瑠璃が言っていた。

 すぐに更紗サラサれんふぁが、ウェポンコンテナの確認をしてくれる。

 その間ずっと、背後に叫びつつ瑠璃は口早にまくし立ててきた。


『統矢、剣の……【グラスヒール】の、さやがあったやろ!』

「あ、はい。今も装備してますけど」

『なんや、零分子結晶ゼロぶんしけっしょうってけったいなもんでなあ……正直、解析も原理も、なにもわからん! わからんが……理解不能やけど、使えてまうねん。以前よりビームの収束率、エネルギー増幅の機能がダンチやで!』

「つまり」


 すぐにれんふぁが、ウェポンコンテナに残った最後の武器を射出した。

 吹雪が弱まり始めた空へと、真っ直ぐに光が打ち上がる。

 統矢は【氷蓮ひょうれん】を加速させ、空中で外装を脱ぎ捨てた秘密兵器へ飛んだ。

 撃ち出されたのは、奇妙な装置である。

 それが、二つ折りになった長大な砲身だと気付くのに、統矢はしばしの時間を有した。


「これは……よしっ! 取った! ……展開っ!」


 それは、長さ10mを超える大砲だ。

 細く長く伸びたバレルには、サーマルジャケットが取り付けられている。真っ直ぐに砲身を伸ばして接続すれば、腰溜こしだめに構えて両手で保持するのが精一杯だ。極端に重量があるようで、わずかに【氷蓮】は挙動を乱す。

 そして、統矢はすぐに察して理解した。

 これは、例の鞘を強化したものだ。

 真打アライズの名を冠した新たな剣……本当の姿を見せた【グラスヒール・アライズ】は、零分子結晶と呼ばれる謎の物質でできている。その切れ味は恐ろしい程で、鞘を用いた粒子圧縮攻撃も、以前とは段違いの威力だ。


『統矢、【グラスヒール】をその、グラビティ・バスター・カノンのチャンバーに装填するんや!

「グラビティ・バスター・カノン? これも一種の重力兵器なのか?」

『そうや、重金属粒子のビームと違うてな、統矢……文字通り、重力弾を撃ち出す究極の破壊兵器や!』


 滞空する【氷蓮】の中で、思わず統矢はゴクリとのどを鳴らした。

 変形して弓になる鞘は、それ自体を用いた居合の技でも強力な力を発する。【グラスヒール】に接続された二丁のハンドガンは、この時代よりもずっと進んだ科学技術で造られたビーム兵器である。

 そして、ついにはパワーアップした【グラスヒール】は、重力の制御さえ可能にしたのだ。


「……あ! しまった……」

『ん? なんや、統矢! さっさと撃ちぃや!』

「いや、その……さっき、レイルのメタトロンと戦ってる時……【グラスヒール】、捨てちゃったと思って」

『! ……この、どアホ! 回収する側にもなってみいや! あちこち手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろか! はぁ……どうせ、その場のノリで手放したんやろ』

「……す、すみません」


 だが、すぐに無線が割り込んでくる。

 視界の隅に、CG補正された【ディープスノー】の巨体が映った。

 五百雀千雪イオジャクチユキの声は、逼迫ひっぱくした中でも落ち着いていた。


『統矢君、【グラスヒール】を拾ってきました』

「千雪、すまん!」


 【グラスヒール】を受け取ろうとして、片手を伸ばした途端……【氷蓮】は巨砲の重さにバランスを崩した。

 それでも、統矢はサブモニタのタッチパネルに触れて機体側の数値を補正する。

 どうにか片手で砲を構え、もう片方の手で【グラスヒール】を装填。

 チャンバーが開くと、そこに確かに刀身を収めるスペースがあった。


『急いでください、統矢君。大丈夫です、この距離なら統矢君でも撃てば当たります』

「そりゃどういう意味だ……って、天城が! 御堂先生、無茶し過ぎだろう!」


 まだヨフィエルは、戦う意思を巨体から発散し続けている。全身に配置された火器が火を吹き、艦尾を見せて突き抜けた天城に爆発の花が咲く。

 だが、天城は最小半径で鋭いターンを見せ、回避運動と同時に回頭する。

 砲塔が旋回して、電磁加速で砲弾が撃ち出された。

 あの火力のかたまりみたいなヨフィエルを相手に、脚を止めて砲打撃戦をしようという構えである。ゆっくりとヨフィエルは、地響きとともに天城へと振り返る。

 その背がガラ空きで、統矢は絶好の射撃ポジションに浮いていた。


「……よしっ! 【グラスヒール】装填、ライフリング回転開始……チャンバー内圧力上昇! 縮退しゅくたい、開始っ!」

『っと、せや! 統矢、大事なこと忘れとったわ』

「なんです、瑠璃先輩! 今、照準の調整で」

『ラブラブ二股ふたまたパワー、いわゆるグラビティ・エクステンダーを使うんやで、統矢!』

「なんですか、そのやらしい略称! ……グラビティ・ケイジを借りるんです?」

『せやで。グラビティ・エクステンダーのフル出力で発射の反動を受け止めないと……撃った瞬間、【氷蓮】は

「そういうことは早く言ってくださいよ! ええい、千雪っ! れんふぁも!」


 恋人たちの返事と同時に、【氷蓮】の背中に翼状のユニットが展開する。そして、【ディープスノー】と【樹雷皇】からエネルギーが注がれ、一時的にグラビティ・ケイジが【氷蓮】の背に暗闇の翼を広げた。

 同時に、臨界に達したグラビティ・バスター・カノンが唸りをあげる。

 統矢は照準補正を完了させるや、気迫を込めて銃爪トリガーを引いた。

 射撃の瞬間、激しいショックが機体をきしませる。

 全関節をロックし、その上からグラビティ・ケイジを内側に反転させて固定する。そうしてやっと、激しい反動に耐えることができるのだ。

 そして、グラビティ・バスター・カノンから暗黒の球体が解き放たれる。

 冥府めいふを凝縮したかのような、それは敵へと吸い込まれる禍星マガツボシの輝きだった。


「――ッ! 砲身、冷却……グラビティ・エクステンダー、最大出力! 限界時間は……!」


 統矢は次の瞬間、唖然あぜんとした。

 背を向けたヨフィエルへと、重力場の塊が撃ち込まれた。次の瞬間、その着弾点を中心に空間が歪んでゆく。ヨフィエルは内側へと折りたたまえるように、徐々に小さな被弾箇所に圧縮され、崩壊していった。

 決着は明白だったが、統矢は恐るべき破壊の力に言葉を失った。

 最後には重力場の塊自体が自壊し、周囲を巻き込み激しい爆発と共に全てを飲み込んでゆくのだった。

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