第8話「貴女だけのアルレイン」
青森への帰還には、まるまる一週間が掛かった。
道中、
まだ、連中をパラレイドとして許していない人間は大勢いる。
そうした者達の車に乗せてもらったり、時には
「町中も随分やられてるな……連中、ここで市街戦をやったのか」
久々に見る青森市内は、様変わりしていた。
もともと生まれも育ちも北海道で、統矢にこれといった思い出はない。それでも、激しい戦闘の傷跡はあちこちに痕跡を残していた。
横たわるパンツァー・モータロイドに、横転した戦闘車両。
痛々しい町並みを今、雪だけが白く覆ってゆく。
行き交う人々も皆、
「統矢さんっ、確かこっちの方に」
「ああ。……まさか実家に帰ってるとなは。灯台下暗し、ってやつか?」
「誰だって、帰れる家があるのは幸せです。だから、少しよかったな、って」
「あ……悪い、れんふぁ。お前は」
かつての仲間、ラスカ・ランシングの住む家がこの先にある。
そのラスカが、青森の自宅に戻ってるというのは驚きである。
だが、考えてみれば新地球帝國も統治を始めたばかりで、この
れんふぁは統矢の腕を抱き締めて、グイグイと引っ張りながら歩く。
「わたし、以前の記憶はまだあやふやで……でも、
「そっか。なんか……ずっと昔のことのように感じるな」
「はいっ。だから、いつかそのことをみんなで話せたら……そういう時がくれば、って思います。平和になるって、そういうことだと思うから」
「……ああ、そうだな」
やがて、古びた洋館が現れた。
どうやら被害は
しんしんと降り積もる雪の中、統矢は周囲を警戒する。
以前から周囲は開けた土地だったが、点在する民家も半数は破壊の跡が見て取れた。
「あっ、統矢さん。あの女の人」
不意に、門の中から一人の女性が現れた。肩掛けを前で合わせて、質素だが清潔感のある身なりをしている。肌は
彼女は確か、ラスカの母親だ。
大きな郵便受けを開けて、残念そうに
その姿を見て統矢が脚を止めていると、ラスカの母親は視線に気付いて振り向いた。
「あら? まあまあ……どなた? もしかして……ラスカのお友達かしら? まあ……そうなんでしょう?」
「え、あ、その……」
「統矢さんっ! ここはわたしが……は、はいっ。そうなんです! ラスカちゃん、いますかぁ?」
言葉が上手く絞り出せなくて、れんふぁに
統矢にはもう、母親も父親もいない。二人共優しくて、お隣さんの更紗家とは家族ぐるみの付き合いがあった。父親は更紗のおじさんとよくゴルフや野球の話で盛り上がっていたし、母親はおばさんとの
もう、ずっと昔のように感じる。
だが、少なくともラスカには母親がいる。
心を病んでしまっても……否、そういう母親だからこそ、ラスカが側に必要な気がした。そのラスカを、再び戦いへと
「ラスカね、それが……ごめんなさいね。あの子、急に留学するって」
「あ……そ、そういう……そうですかっ。そう、なんだ。じゃあ」
「手紙一つよこさないのよ? 毎日待ってるのに……ふふ。さ、おあがんなさいな。寒かったでしょう? おばさんのお茶に少し、付き合ってもらえると嬉しいのだけど」
とても綺麗な人で、
まるで、現世のあらゆる苦しみから守られているような、辛いことなど見えないかのような目をしている。そして、それを責める資格は統矢にはない。
ただ、彼女の平穏を奪う自分が心苦しかった。
屋敷の重々しいドアが開いたのは、そんな時だった。
「奥様、お客様でしょうか? 外は冷えます、中へ……あっ」
そこには、メイド服を着たラスカの姿があった。
ラスカはなにかを言いかけたが、笑顔で母親へと駆け寄る。その目は無言で、話を合わせろと伝えてきた。いつも
母親はラスカにとって、守るべき大切な家族なのだ。
「ああ、いいところに……
「友達、ですか」
「ええ。
「は、はあ」
「働き者の貴女にも、日頃のお礼がしたいわ。ね? そうして頂戴な」
彼女の
しかし、母親にはもうラスカが見えていないのだ。
留学というのは、ラスカ自身が作った方便だろう。
締め付けられるような
そんなことを考えていると、突然横でれんふぁが身構えた。
瞬時に殺気を感じた時には、統矢は自分の
「そこまでだ。全員その場で手を上げろ」
拳銃を手にした黒服が、数名。
やられたと思った……間違いなく、新地球帝國軍の情報部に類する組織だ。訓練された人間の行動とはいえ、その気配を察知できなかった自分が悔やまれる。
ラスカは
まずは様子を見る……言葉がなくても
「本部、こちら市内班。予想通りターゲットはランシング家に現れました。ええ、ええ……そうです、
当局は
軽率さを悔いても始まらないが、統矢は奥歯をギリリと噛み締める。
男達は応援を呼びつつ、銃を突きつけてきた。
リーダーらしき男は、無線機に何度も
「了解しました、DUSTER検体第二号とれんふぁ様を連行します。他のものは、ええ、はい。わかりました、処理しておきます」
同時に、まずラスカに銃口が向けられた。
雪の積もる音さえ聴こえてきそうな静けさが、銃声によって引き裂かれる。
真っ赤な血を吹き出した人物は、悲鳴さえあげれず崩れ落ちた。
「ママッ!」
ラスカが両手で受け止めた、それは彼女の母親だった。ラスカに向けられた射線の前に、母親は身を投げ出したのだ。
家の主人がメイドを庇う……予想外の出来事に、周囲が息を飲む気配が広がる。
同時に、轟音が響いて戦場が広がっていった。
黒服達が目を守る風圧の中で、ラスカは震えながらその場にへたり込む。
「くっ、反乱軍のPMRか! 本部、至急応援を!」
「こいつっ黒い奴か! 例の報告にあった!」
白の世界に響き渡る、耳障りなメカニクルノイズ。異音を広げながら、黒い機体が降りてくる。それは、死地より甦った
重力制御システムにゆらゆらと白い包帯を揺らして、バイザーの奥でカメラアイが光る。
だが、悲鳴と怒号、ノイズのような駆動音の中で静かにラスカの声が響いた。
「どうして……いやよっ、死んじゃ
改型零号機は、
泣きじゃくるラスカは、伸べられた弱々しい手を握って叫ぶ。
「死なないで! 嫌……アタシを置いていかないでよっ!」
「ごめん、なさい、ね……貴女、とてもよく似てたから」
「似てた……ママッ! アタシよ、ラスカなの! ママの
気付けば、上空に見慣れた
そして、羅臼からなにかが投下されるのが統矢には見えた。
同時に、惨劇の騒ぎの中ではっきりと声が伝わってくる。
「似てた、のよ……貴女。ふふ、今まで……ありが、とう。どうか、ラスカに、会ったら」
「アタシがラスカよ、ママッ! お願い、死なないで……もう、残されるのは嫌っ!」
「働き者で、賢くて、優し、く、て……似てたの。あの子の……あの子の、可愛がってた、アルレイン、に」
「――ッ! ……ママ」
それは、
事切れた母親を抱き締めるラスカを、無表情の巨兵が黙って見下ろしているのだった。
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