第3話「狭間の平和の片隅に」
帰り道、二人は無言で歩いた。
灰色の戦争を終えた世界を、降り積もる雪が覆ってゆく。ただただ無音で、白く塗り潰してゆく。だが、
癒えぬ傷を抱えたまま、痛みを力に変えて戦うこともできない。
全てが終わって、ただの少年少女でしかいられないのだ。
だが、虚無感に
そうして二人は、
丁度統矢達のお隣さんが、ドアを開けて顔を出したところだった。
「おや、お二人さん! 熱いねえ、ウンウン……今あがりかい?」
隣の部屋には、未亡人の女性が住んでいる。名前は知らないが、れんふぁはいつも
戦争で夫を亡くしたと聞いている。
そして今、怪我をした男と一緒に暮らしていた。
統矢だって、同年代の女の子二人と一緒なので、お互い詮索したことはない。
「女将さんっ、こんばんは! お疲れ様ですっ!」
「ども、こんばんは。あっ、そうだ……れんふぁ、さっきの肉とか卵とか」
「うん、そうだねっ」
統矢も、この御婦人には世話になっている。
最近は
女将さんはれんふぁのおすそ分けを見て、
「まあまあ、こりゃごちそうだねえ。ちょいと待ってな。あたしは闇市で今日、少し野菜をね。それとまあ、
「わあ、いいんですかぁ?」
「当たり前だよ、この子ったら。子供が遠慮するもんじゃないの!」
「いつも助かりますぅ」
これは少し、
だが、新聞もテレビもない生活が当たり前になってしまったから、こうした人づての情報交換も大事かもしれない。それに、慣れぬ中で仕事をしていれば、れんふぁだって緊張するし疲れもするだろう。
男女の別なく、お喋りの時間は息抜きにもなる。
統矢は挨拶を挟んでその場を辞した。
鍵を取り出し、立て付けの悪いドアを開ける。
「ただいま。千雪、どうだ? 具合、は、いい、……ほああああっ!」
そこには、裸の千雪が振り返っていた。
その肌は、外に振る雪より白く感じる。
すぐに、そのぬくもりが思い出された。
そして、身体の半分は鈍い光沢の金属が覆っている。瀕死の重傷を負った後に、千雪は身体の半分以上を
しばし沈黙の後に、硬直した統矢はなんとか後ろ手にドアを閉める。
どうやら千雪は、身体を拭いていたらしい。
「ご、ごめん。いや、外に出てる! ゆっ、ゆゆ、ゆっくりしててくれ!」
「あ……統矢君。あの」
「はい! なんでしょうか!」
「ふふ、
そう、今更な話かもしれない。
この狭い部屋は、六畳の和室が二つだけだ。しかも、奥の寝室に当てた部屋で三人は川の字になって寝ている。手前側は台所やトイレだけで、風呂は銭湯まで歩かねばならない。
小さなこの部屋が、今の統矢の居場所だ。
千雪とれんふぁと、支え合って暮らし、愛し合って生きている。
今更だと言われたら、それもそうだと思ったが……胸の奥で心臓は高鳴りを忘れてくれない。
「体調、どうだ? ……なんか、必要なものとかは」
「大丈夫ですよ、統矢君。今日は少し調子がよくて。ほら、これを」
「編み物? あのお前がか?」
「……ぶちます、よ?」
「すみません! いや、なんか……家庭的だな、ってさ」
「
どうやら千雪は、ここ最近は一人の時に編み物をしているらしい。律儀で
千雪は洗面器を寄せて寝間着を着直すと、身を正した。
「統矢君、おかえりなさい。どうでしたか? 外の様子は」
「ああ……あちこちにパラレイドの、
「でも、すぐにまた戦いが始まりますね。今度は、彼等がこの時代の人間を管理し、
「どうにかしたいが、今の俺じゃ」
握る拳に力が籠もる。
だが、それを振り下ろす先がない。
統矢の怒りと憎しみは、もう敵へは届かない。
自分を体現してくれるマシーンを失ってしまったからだ。
そんな統矢の手に、そっと千雪が手を重ねてくる。
「今のままでは、終わりません。終わらせませんから……統矢君」
「……ん、そうだな。まずはしっかり休まないと。それと、朗報もある。
「そう、ですか……私達の機体はどうなったでしょうか。回収しててくれればいいんですが」
二人共パイロットで、
だが、機体がなければ戦うことはできない。そして、たった二機のパンツァー・モータロイドでは戦いにすらならない。局所的な戦術的勝利を重ねても、それが大局的な戦略上の意味を持つことはない。
パイロットという戦術単位には、
それを思えば、統矢の焦りが言葉にならない寒さを連れてくる。
だが、千雪はさらに金属の手を重ねて、その焦燥感を
「大丈夫です、統矢君。統矢君も病み上がりなんですから、今はこれくらいの暮らしで
「そうだな。お前もだぞ? 千雪」
「私は平気です。れんふぁさんもいてくれるから、いざという時も安心ですし」
「いざという時なんか、こない。例えここで終わっても、お前とれんふぁだけは、守る。俺は、それだけは守りたいって、さ……その、なんていうか」
見下ろす千雪の目に、不安そうな自分の顔が映って揺れていた。大きく潤んだ瞳に、まるで吸い込まれそうである。
自然と、互いの
だが、いつものキスは直前で中断され、バァン! とドアが開かれる。
「千雪さんっ、ただいまっ。……あ。あー、ん、ゴホン! 統矢さんっ!」
「わわっ、ちが、これは! その、そう! 目にゴミが入って、なんでもないんだよ!」
「統矢さん……千雪さんも! 三人で暮らす間の約束、忘れてませんかっ」
台所にドサリと食材を置いて、れんふぁがムー! っと
そう、この短い間に、三人での共同生活にはいくつかのルールがあった。
例えば、女子がトイレを使ったら15分は入らないこと。
例えば、手の開いてる者が洗濯をするが、下着類は分けること。
例えば、遠慮せず必要なものは言い合うこと。
そして――
「もーっ、千雪さんだけずるいです! わたしもっ、今日はすっごぉぉぉ、くっ! お仕事頑張ったんですから。統矢さんもですよね?」
「お疲れ様です、れんふぁさん。午後は私も少し掃除とお洗濯を」
「はい、そういう訳でっ! 千雪さんだけじゃなく、わたしも!」
この二ヶ月の間、統矢は二人の少女に支えられ、彼女達を守らねばと思ってきた。そういう少年少女の非日常には、どこかハメを外してはしゃぐような気持ちが必要だったのだ。いつ摘発されて捕まってもおかしくない、だから……子供だけだからこそ、ある程度のだらしなさを互いに許してる。
統矢は改めて千雪にキスし、同じように同じ気持ちでれんふぁにもキスした。
二人が互いに頬を朱に染め、統矢も顔が
「ね、千雪さん……統矢さんって、キスするの、下手ですよね」
「ですね。不器用なんです、きっと」
「ですよねー」
おい待てお前等、なんで本人の前でそういう話をしますか。
だが、ポンと手を打ったれんふぁは、先程の食材の袋へとバタバタ駆け寄る。どうやらお隣さんとの食材交換で、今夜は少し豪勢な夕食が食べられそうだ。
「ジャーン! 千雪さんっ、統矢さんも! 見てください、これ!」
「なんだそりゃ?」
「ワイン、ですね」
どうだとばかりに、れんふぁは薄い胸を反らして満面の笑みだ。
「今夜はこれを飲みます!」
「おいおい、いいのかよ。俺、酒なんか飲んだことないぞ?」
「それより、れんふぁさん。ワインオープナーがないですが、どうやってコルクを抜くんですか?」
れんふぁは「あっ……」と言って、固まった。
それがなんだかおかしくて、久々に統矢は笑みをこぼす。常に
「ま、
「うう、そんなぁ……千雪さぁん」
「……ちょっと貸してみてください」
おいおい待て待てと思ってるうちに、千雪はちゃぶ台の上にワインのボトルを置いた。
そして、統矢は彼女が空手の有段者だったことを思い出す。
呼吸を吸って、吐いて、吸って、
だが、間近にその妙技と
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