✅篠塚家の日常③
「猫の親玉みたいなのに、
鷹史は悪夢を見たようだ。
台所でぱたぱたと魚を焼きながら、その内容を語ってくれた。
夢の中、かがり町――鷹史は必死で逃げていた。爛々と輝く
「“大丈夫。ちゃんと栄養取るからね” ……とか、イタダキマス系だったとおもう」
そう言って、不安げに天井を見あげる、鷹史。
最近では見る夢全てが、この化け猫シリーズなのだそう。それがあまりにも続くもので「……かがり町の祟り?」とか「中年の健康に関する、お告げ?」とか、おじさん結構悩んでいる。
「ふーん」
「声の温度低っ! ねぇねぇもっと聞いて、興味を持って」
「いつも変なホラーばっかり見てるから、夢に出たんでしょ」
「しのぶぅ~、冷たすぎ」
「そうですか。普通です」
「最近やっと
「……え、(はんこうき?)」
「もう忍にシカトされるのイヤだ。喧嘩もしたくない。ふたり仲良く暮らしたい!」
「上からですか、下からですか」
「んは?」
「おじさん捕食されそうになったんでしょ、頭、足、……尻?」
「その会話、続いてたんか」
「うん」
「え~と、あれ。タカシ~……ド忘れしちゃった☆」
「そうなんだ。まあいいです」
「しのぶ、無表情すぎ。もっと表情筋、使ってあげて」
この、まったく噛み合わない朝の会話も、
※篠塚家の日常。
「ところでおじさん、昨夜もぜんぶ脱ぎっぱなし、ほんとやめて」
「ごめ~ん」
「他に、洗うものある?」
「な~い☆」
鷹史は起床し、ほかほかの朝食を準備する。
忍は起床し、てきぱきと掃除・洗濯をする。
鷹史は、腕の良い料理人だ。
高校を出てすぐに実家である老舗料亭の厨房で働いていたが、忍を迎えた機に独立。手狭だけれども木造三階建て住宅の一階ぶぶんを店舗として小料理屋を始めた。
店の名前は、【割烹 たかしの】。
由来はタカシ・シノヅカ(篠塚 鷹史)の本人名そのまま。
駄洒落でもあって、鷹史の店――たかしの、店という遊び心をも込めている。けれども忍には、鷹史&忍で、たかしのに見えていたりもする(……しのたか、でもいい)。
店はひとりで切り盛りしていて、割烹とついてはいるが、あまり気取らずに和食のみの家庭料理を出している。そんなわけで鷹史とは、料理だけは、抜群にうまいのだ。
一方で忍は、家中に散乱する脱ぎ捨てられし鷹史の衣服を、無表情かつ無言で回収していく。全て洗濯機へぶち込むと、それを回している間は、無表情かつ無言かつ無駄のない動きで掃除機をかけていく。
鷹史とは、片づけられない中年男(独身)。
ゆえに、忍はフォローする。
これぞ、篠塚家の家事分担。
きっかけは、その昔――
忍の幼馴染である
おともだちのふじ田くん『しのちゃんのいえ、ゴミこうじょう みたいだね』
藤田くんは天使のような笑顔をして、鷹史の心をぐっさりエグった。
今でこそズボラ中年代表として生きる鷹史選手だが、当時はとても臆病だし気弱だった。忍のお友達が初めて遊びに来てくれた大事な日なのに、しくじった。
ドアや壁へ張りつきまくって、どきどきしながら聞き耳を立てていた鷹史は、泡を吹いてぶっ倒れた。
毎日ドタバタ、てんてこまい――!
店の経営、家計のやりくり――!
大切な忍への責任、ご近所からのプレッシャア――!
鷹史、パンクした。
頭の中で迷いと悩みがぐるぐる回り、高熱を出して寝込んでしまった。
篠塚家では、当時こんなやりとりが。
綺麗な鷹史『ごめん、ごめんよ、しのぶ……俺、もっと強くなる……』
幼いしのぶ『うん』
綺麗な鷹史『でもどうか、少しだけ、時間をちょうだい。それまでおうちのこと、少しだけ、お手伝いしてくれる……?』
幼いしのぶ『いいよ』
でも回復した鷹史は、大感涙。
幼い忍をぎゅうっと抱きしめてきた。
綺麗な鷹史『ねえ。しのぶって、天才なの……?』
幼いしのぶ『ふつうです』
綺麗な鷹史『町内表彰ものだよ……ご褒美はなにがいい?』
幼いしのぶ『? もう、もらいました』
そののち。再度遊びに来た藤田くんに、『なんだかふつうになっちゃったね』と評された篠塚家。その夜はふたりで万々歳、赤飯を炊いてお祝いしたのだった。
小学校低学年にして片づけは自分の役目と理解した聡い子、忍。あの頃はきらきらとした鷹史に褒められるのがなによりも嬉しかった。そんなこともあったなぁ……と今、小さなお壇を拝みながらも、おもう忍だった。
「魚焼けた。しのぶ、ごはんですよ~!」
「すぐ行きます」
秋鮭の焼き魚、出し巻玉子、小鉢(きんぴら、がんも、ひじき)、焼き海苔、鰹出汁わかめの味噌汁、新香、白飯。食後のおまけ・ねこりんご。
食卓に、見事な
煮物の小鉢なんかは昨晩の店の残りものだが、これは忍のお弁当にも入る。
「んでは~どうぞ。めしあがれ」
「いただきま――」
「待てっ!」
「え!」
「俺ら、なにかを忘れている」
「え?」
ふたりは互いを見合うと、でっかく声を重ねた。
「あっ! …………ツナ!」
「にゃあ」
外の方で、切なそうに猫が鳴いた。
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