✅かがり高校の日常⑥ 冷たい松雪派


五十嵐との会話が途切れると、藤田がぴょこっと動いた。


「五十嵐くん、身長伸びたー?」


天使の笑顔と謎の言動。藤田はいつも、場の空気をふっ飛ばす。


「ん? 伸びてねぇはず」

「突然どうしたのふじた」


その藤田も忍も、五十嵐とは昨日学校で会っている。

一晩で目に見えて身長が伸びることはない、とおもうが。


「伸びた、のか……俺」

「伸びたのかもね……」


忍は少し離れたところから五十嵐と藤田を見比べてみる。が、……いつも通りとしか言えない。五十嵐は圧倒的に高いし、藤田も決して低くはないけれども、お年頃の少年ハートとしてはもうちょっとだけ身長が欲しいとか。


「超えたい180センチ! 僕はどうしたらいいですかー」

「それな。肉食えばいいんだよ肉。ドカ盛りにして食うんだ、まじ伸びっから」

「肉…………っ!」

「んん、どうした篠塚⁉」


五十嵐の口から出た、肉というパワーワード。

食い気味に反応したのは藤田ではなくて、無表情の忍だった。忍はすぐに沈黙した、何もなかったことにした。藤田と五十嵐はポカンとして互いの顔を見合わせた。


「五十嵐くんいいなー」

「こ、今度はなんだ?」


今度は、顔だ。

あっさり系フェースの藤田と並ぶと、若干顔の濃ゆい五十嵐。そんなふたりの背比べからの顔比べは、対照的なもの同士が睨めっこしているようでなんだか和む。――と、忍の心がにわかに緩んだその時、


「しのづ、かっ⁉」


五十嵐が、忍に覆い被さってきた。


「危ねえなっ、誰だ!」


五十嵐の行動は大袈裟だったかもしれない。今、皆で話をしている最中に、忍へ向けてなにかが投げつけられた。それを視界に捉えた五十嵐が、とっさに身を挺して庇ってくれたのだ。


――ドンッ!


五十嵐の大きな身体が押してくるから、忍は校舎の壁へ背中を強く打ちつけてしまった。結構な衝撃でおもわず目を瞑ったので、なにが起こったかはわからない。すぐそばに筋肉質な五十嵐の身体を感じていて、急に暗くて、狭苦しい。気づけば忍は、冷たい壁と五十嵐との間にぴったりと挟まれていた。


「⁉」


顔と顔、とんでも至近距離。

ふたりの視線がぱちりと合うと、五十嵐の方が仰天して、飛び退いた。


「またやりすぎたスマン、篠塚!」

「大丈夫……今日は、ましなほう」


一方、その瞬間の藤田は。

とくには動かず、ほえっとふり返ったくらい。【ふじたの勘】で、飛んできた物体Xは忍のところにまで届かないと予測したのだ。結果はその通り。なので忍と五十嵐の――藤田のお友達ふたりが意図せず絡み合っている現場の、その少しばかり前に落下したものを「えい」と、のん気に拾いあげてみた。


「ポイ捨てきんし」


ゴミだ。それはゴミ同然の、飲み干されて空となった500㎖飲料の紙パックだった。

今、忍の位置からは犯人が見えていた。動揺する目の動きで、五十嵐も察した。


「悪ぃ。バスケ部だったろ」

「いいよ、別に……」


忍と五十嵐との間に緊張が走る。

向かい合った五十嵐の一瞬見せた、寂しげな顔――忍の心がちくりと痛む。


「あ……っと。そろそろ教室、行こうか」

「五十嵐さ、部室の点検とか、いいの?」

「もう済ませたって! ほら部長の仕事も、ずいぶんと馴れてきたろ」

「そっか」

「なぁ篠塚、部活戻る気はないか? このタイミングで言うのもあれだが」

「代わりに、藤田をどうぞ……」

「しのちゃん戻るの? 僕、バスケ部入るよー」

「んんん。藤田はまず、団体競技できんのか?」

「ねぇふじた……話、聞いてた?」


「あ りとる」


「そんで篠塚、バスケ部に戻らないか?」

「五十嵐もなんだかんだで話聞かないよな。嫌だよ」


皆で喋っていたら中庭も空いてきたようだ。

忍たちは連れ立って校舎の中へと入ることにした。わいわいと賑やかに。そしてその様子は、中庭へ僅かに残っていたバスケ部員たちに、じっと見られていた。



バスケ部員・松雪「別に篠塚いらなくね」

バスケ部員・粉間「結構な辞め方したから、どうせ戻れないですよぅ」


冷笑。



「なんだと――」

「五十嵐いいよ、怒らなくて。本当のことだし」


慣れている。

なにも湧かない。

忍の中は、空洞だ。


このところ毎日だ。部活動を辞めてから、忍は常に誰かの視線を感じている。かがり高校の男子バスケットボール部は、強い。男子部活動の中では断トツに人気があるし、学校側からも手厚いサポートを受けている。それもそのはず、顧問の教師がこのバスケ部のOBなのだ。強豪校としてもっとも栄えた頃を知っているから、熱心なのは言わずもがな。

とにかく校内の至るところに、部の関係者がいる。


少し前、あの夏の大会のさなか。


忍はバスケ部を裏切るように辞めた人間として、その動向を逐一監視されている。今みたいに五十嵐が味方してくれなかったら、きっと、きっと孤立していたとおもう。



(……藤田もいるけど)


 

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