✅かがり高校の日常⑤ 五十嵐は男前
「ああ、やっぱりここか……ごめんな、篠塚」
すっかり話し込んでいた忍たちの頭上から、ハスキイな、低い声がした。
「いがらし」
「五十嵐くんだ」
中庭から見えない校舎裏を選んで待っていたのに、バスケ部――それも主将に見つかってしまった。
「おはよう篠塚。と、藤田」
きりっとした眉、自信の満ちた目、高く通った鼻筋。口元だけが今、忍へ向けて、親しみ深く笑っている。それら全てをシャープな輪郭がぐっと囲い込み、完璧たる男前へと引き締めている。
この五十嵐も【かがり高校 2年A組】のクラスメイト。バスケ部の主将といってもまだまだ新米で、インハイ明けの夏、三年生のあとを継いでバスケ部の主将兼、部長となった。
「バスケ部、もう解散したから大丈夫だぜ。さっき西村がラッパで
友達想いだ、五十嵐は。目を合わせただけで、いろんなことを汲み取ってくれる。五十嵐を嫌うひとなんかいないんじゃないか――というくらいに人気があって、男女ともに好かれている。性格はこの通り温厚で、時折厳しい。判断力にも長けていて、バスケの選手としてもチームの司令塔としても一際優秀な男だ。
「あ、ごめん……おはよ、五十嵐」
「うん、遅っせ!」
と、そんなに眩しい五十嵐は、かがり町ではなく偲び川を越えたさき、都心の出身だ。忍や藤田のように、小、中、高と、自宅から歩いて通える地元校しか知らない【かがりっ子】たちは、いろいろと経験済みであか抜けた雰囲気を持つ【都心男子】というものに、一度くらいは憧れる。
忍と、五十嵐との出会いは入試の時――たまたま席が近くて、なにげない会話をした際に、忍とおなじバスケ部希望とわかって意気投合。「受験ではライバル同士だが、お互いぜってー受かって、この高校でバスケしよう」と約束する。かれとは初対面なのに、忍はなぜか指切りまでさせられた。
そのまま別れて連絡先もなにも交換しなかったから、春を待つ間、忍はずっと、どきどきしていた。
おもい出したのだ。実は五十嵐、中学生の頃から有名なバスケ少年だった。忍と同い年なのに、たくさんの試合経験があって、その功績からスポーツ誌へ取りあげられたこともある。それがまさか、入試の時のかれ――全国の強豪校から誘われていたであろうあの五十嵐が、自分と一緒のかがり高校をわざわざ受験していたのだ。
忍は高校生活が待ち遠しくて、たまらなかった。
さて桜が咲き、かがり高校へあがってみると、なんと五十嵐とおなじクラスだった。
(……藤田もだけど)
大きく貼り出された組みわけ表の前で、忍は自分の名前「し・篠塚」よりもさきに、「い・五十嵐」と見つけて駆け出した。1年A組――教室のドアのすぐのところで、五十嵐は満面の笑みを浮かべて待っていた。
あの時は、あんなにも再会を喜んだのに。
今は、少しばかり関係が気まずくなってしまっている。
「なぁ。毎朝、気ぃ遣わなくていいんだぜ、篠塚。なんか言うやつがいたら、俺がちゃんと注意するからさ」
学年の太陽であるかれを忍は一度、大きく裏切った。
なぜいまだに自分と親しくしてくれるのか、忍はずっと、わからないでいる。
かがり高校 男子バスケットボール部。
暑かった、今夏。
それまで、忍が所属していた部活動――。
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