✅かがり高校の日常④ 音楽室の悪魔


西村にしむらは見ていた――

本校舎四階の東端、音楽室のベランダから。


所属する吹奏楽部の朝練終わりという決まった時間帯、かれは必ずこのベランダにおり立ち、そこの手摺りへもたれるように肘をかけて、意中のひとが通りかかるのを心待ちにしている。この西村もまたおなじ【かがり高校 2年A組】のクラスメイトである。



 地上の藤田「しのちゃん、ダッシュダッシュ!」

 地上の忍「ふじた、はやすぎ……」



今、ガリコー坂から正門を急ぎ駆け抜けて登校してきた西村の大切なひと――篠塚さん、篠塚忍さん。今朝は少し遅めの到着だったが、地上を走る「篠塚さん」の姿を見つけるや否や、西村の顔は花開くように微笑んだ。


「フフ。朝からご苦労様」


西村は知っていた。

篠塚さん(と、おまけの藤田)が一生懸命向かっている昇降口の前。そこへ広がる緑の中庭を、男子バスケットボール部のでかい連中が、我が物顔で陣取ってミーティングしていることを。


「ねぇ、君。――ちょっと、おれのラッパ取って貰える?」


西村は音楽室をふり返って、すっと手をさし出した。

さりげなくも部長命令。従わぬ者、即ち追放クビの最優先事項である。指名された、窓辺にもっとも近い席の女子部員がすぐさま立ちあがり、スタンドに飾られていた西村専用ゴールドラッカー仕上げのトランペットを恭しく手渡した。




一方、地上では。

前を走る藤田が急に立ち止まったので、とすんと忍はぶつかってしまった。

よろめく忍、対して藤田は直立のまま。


「わお」

「突然止まるなよ、ふじた」


周囲の生徒が、くすくすと笑いだす。

なにげなくそちらを見やった忍の目と、かれらの目線とが合うとすぐに静かになった。

朝から気まずい。


「しのちゃん!」


藤田のでっかい声に、忍はまたよろめいた。


「ここでちょっと止まっててー。だって」

「え?」


謎だけれども藤田は超直感で、止まれ――と察知したらしい。たぶん見えない触覚みたいなものがあるのだ【ふじたの勘】は妙に当たる。長年の付き合いから忍はそういった場合には逆らわず、従うがよし、と結論づけている。


程なくして。藤田と一緒にお空を見あげたり、藤田のにこにこ顔を見つめたりしていると、ふたりの頭上からラッパの音色が降ってきた。明るく、澄みやかな高音の響き。音楽室から溢れてくる西村楽器の奏でだろう。そしてこのメロディは、とある歌曲の前奏ぶぶんに違いない。


♪ かがり高校 校歌 (奏・西村)



「かがり高校マーチだ! 歌おう、しのちゃん」

「なぜ。え……なぜ?」


「せーのぉ!」



♪ 1.

かがり火灯る 希望の地

集いし友よ 育む情よ

時代ときは巡りて うつろうも

種より芽吹き 若葉萌ゆ やがて花咲き満る その日まで

かがり高校 かがり高校 我が青春


♪ 2.

悠悠流る 偲び川

耐えては忍び 得ても驕らず

時代ときを越えても 変わらずや 

誠の命 慈愛の心 真澄の魂 ここにあり

かがり高校 かがり高校 我が想念



以上、校歌斉唱。




歌い終わると、辺りはしんとした。

外にいた殆どの生徒が、西村のラッパに合わせて歌っていたのだ。


「いい朝練になったよー」

「西村だ。ほら四階のいつもの場所にいる」


遥か遠くの、本校舎四階の高みから西村は、地上の忍たちへ向けて優雅に手をふってくる。満足そうな表情だ。と同時に、口を小さく動かして、なにか言っている。


「“篠塚さん、ごきげんよおー!” だって」


「ご、ごきげんよう? 聞こえるのふじた、この距離で」

「うん。――あ、しのちゃん下! 下だって!」


このくらいなら藤田には、朝ごはん前だ。

音楽室のベランダから西村の導きで、下。

それを地上の藤田がキャッチして、少しさきの中庭を指した。


「あ、そっか。中庭にバスケ部がいるのか」

「親切! 教えてくれたんだねー」


「いや……ふつうに連絡くれればよくない?」

「ん?」


藤田は、きょとんとして忍へたずねてきた。


「しのちゃん、西村くんの連絡先知ってるの? ナンデ?」


これは、忍の失言だ。


「ふ……ふつうに交換したとおもう」

「ふつうって? なに?」


「えっと」

「教えてもらってないよー」


「そ、それは……藤田だからだよ」

「よくわかんないや」


「藤田は、そのままでいいとおもう」

「うん。がんばるねー」


ごめん藤田、と忍は視線を逸らす。


別に藤田は、西村と特別仲良くしたいとかそういうわけではない。ただ、忍以外のクラスメイトの誰とも繋がっていないので「ナンデだろう」と、かがり高校入学以来ずっと疑問におもっている。それはしょうがない、だって【藤田】だもん。忍は幼馴染を理解している。


しかし、藤田は今、とっておきを閃いた。


「ガラケーだからかな!」




「――そういうことにしておこう」


忍と藤田はそんなふうに喋り合って、中庭を回避した。

いずれはそこを通って昇降口へと向かわなければならないが、ひとまずバスケ部員たちがミーティングを終えて解散するまでの間だけ、こっそりと校舎の裏手へ隠れることにした。


「そろそろかな」

「しのちゃん、大変だねー」


「ありがとうふじた……別に付き合わなくてもいいのに」

「さてそんなタイミングですが、しのちゃん! 陸上やろうよっ」


「やらないよ」

「即答だー」


「勧誘は諦めて。今はちょっと……部活は出来ないとおもう」

「そっかー」


「ごめん……」

「やりたくないの? 僕はしのちゃんと外で遊びたいよー」


「ふじたの部活って、遊び感覚なんだよな」

「もちろん! 部活はたのしいよー」


「競技大会は、お祭りだっけ」

「お祭りだよー」


「いいな。藤田が羨ましい……、珍しく」

「ありがとお!」



「う、うん……」






おまけ かがり町百景 【ガリコー坂と周辺景観】


かがり高校、略して『ガリコー』。

ガリコー坂とは、かがり高校へと向かう道の最後に待ち構える、比較的緩やかな直線坂。行きはのぼりで、帰りがくだり。最寄り駅(かがり町駅)を降りて、駅前商店街を抜けたところからじわじわと始まる。春には桜並木が一斉開花。高校裏をながれる偲び川の景観と相俟って、この道はとても美しい。


 

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