✅かがり高校の日常③ マンガ委員長
忍と藤田が並んで歩くそのさきに――すらりとした長身男子が姿勢よく、精密な機械のようにカチリカチリと動いていた。
かれは、このご時世に艶のある黒髪をきっちりと七三にわけて、顔面にはどこで売っているのか皆目見当もつかないほどの時代錯誤の瓶底眼鏡をかけている。この独特の雰囲気を持つ長身男子の正体は、忍や藤田とおなじ【かがり高校 2年A組】のクラスメイトだが、名はふしぎと誰もおぼえておらず、マンガ委員長とだけ呼ばれている。
「マンガ委員長、今日も
かがり高校はブレザー制服である。にもかかわらず、マンガ委員長は機械みたいに隙がないから、詰襟を上まで閉めた学生服(学ラン)を纏っているかのように、藤田とかには錯覚して見えるらしい。忍はそこまで大袈裟には見えていないが、確かに委員長のその姿は、過去のかがり町から抜け出てきたような、セピアで、どこか儚げな印象がある。
「学ラン……、か」
忍は、ぽつりと呟いた。
「いっそのこと。かがり高校の制服、学ランに変わればいいのに」
「しのちゃんどしたー。からだの悩み?」
「えっと、このブレザーにイラついてる」
かがり高校は長い歴史を持つ高校だ。大昔はそれこそ学ランの制服だったと聞く。
そっちがいいな、と忍はおもう。そうしたら毎朝の玄関先で「……いってくるよ、鷹史」をしつこく強請られずに済むかもしれない。ということを藤田に打ち明けようとしたのだが、
「そっかー。がんばってねー」
やつの興味はもう、他へ移っていた。
「ふじ……た、って本当に藤田だな。頼れない」
「しょっく!」
「……ム。」
さきを歩くマンガ委員長が、忍たちの気配を感じ取ったらしい。キョロキョロと周囲を怪しく見渡している。ちなみにかれ、忍たちのクラスの学級委員だ。が、どうして選出されたのかは謎深い。マンガ委員長っていうのは簡単な日常会話すら成立しない怪人物で、意思疎通が出来ないからと学校の皆に避けられている。忍ですら、あえて声かけをしようとはおもわないのだ。
とことでさきほどから、忍の横で、藤田のお鼻がムズムズしている。
「へ……、へ……? へっくション!」
「ちょっ、ばか藤田!」
「ムム。」
――げ、気づかれる。
忍はとっさに、電柱の陰へと藤田を押し込んだ。
「んぐ……!」
「しぃ……!」
忍の両手のひらが、むぎゅーっと藤田の口を塞ぐ。
細長い電柱だから絶対にふたりは隠れきれていないとおもうし、マンガ委員長の方も、背後をふり返ってその不自然極まりない電柱のシルエットをしばらく見つめていたような気がするけれども。まあ、なんとかやり過ごせたふたりだった。
「ぷは……しんじゃうところだった」
「ご、ごめん。本気出した」
「え」
藤田は、ちょっぴり傷ついた。
さて、かがり高校の正門が見えてきた。
そこを目指す生徒の数も増えてきたが、忍たちのまわりだけ、ひとが寄らずに空いている。
別に構わない。
忍はもう、慣れてしまった。
ここからは他の町の子たちも交わってくる、かがり高校のテリトリー。
昔ながらの白い校舎と、だだっ広い校庭。そしてそのさきには大きな体育館があるのだが、どうしたことだろう、窓と扉が、今朝はもうぴたりと閉じている。
忍の身体が強張った。
――足も、躊躇した。
自分の中ではいつも通りの、少し早めの時間に到着したつもりだったのに。猫たちに気をとられて、藤田と楽しく喋って、それが寄り道になってしまったか。
これは、結構まずい。
「ごめん藤田。バスケ部と、かち合っちゃうかも」
「じゃあ、目にも止まらないくらいのダッシュしよー!」
「むりむり。藤田にはついてけない」
「しのちゃーん! 部活辞めて、体力落ちちゃった?」
「かもね。うちでツナと遊んでばっかだし」
「あーあ。しのちゃんは【猫部】になっちゃったかー」
「な、……なってない!」
「ほえ。ナンデおこるの?」
「なってない。何にも……なっていないよ」
進学校でもなんでもない公立校【かがり高校】は、普通科のみの男女共学の平和な学校。かがり町に生まれた子どもは、特別決まった進路がなければ大抵ここへと進学する。
だから忍くらいではないだろうか。
幼い頃から、この学校に憧れていたのは。
念願叶って一年前から、そんな普通のかがり高校へ通う二年生。
そう、かがり高校。
昔、鷹史が「とても通いたかった」のだと聞かせてくれた憧れの高校。
そして忍の亡き父の、母校でもある高校――。
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