✅かがり高校の日常② 藤田のふしぎ
「しのちゃんち行ったんだー」
にっこり笑って、藤田は言った。
「そしたらちょうど入れ違いだって、鷹史くんに聞いて。追いかけてきたよー」
「ふーん……、え?」
皆さんこの藤田をおぼえているだろうか。
天使のような笑顔にゆだんしてはならない。この少年こそが幼い時分に篠塚家へとあがり込み、「ゴミこうじょう」と一言。鷹史の心をぐっさりエグった、おとぼけ犯の藤田くんだ。
「まじか……本当に入れ違い、だったんだ」
別に藤田のことではない、鷹史のことだ。
世界マンションのところでもう少しばかり待っていれば天敵・藤田のドアチャイム(ピンポン連打)によって、鷹史が玄関の外へと出てきたのだという。ちぐはぐだ、忍と鷹史はタイミングが合わない。
「それで鷹史くん……ひどいんだ」
「今日はどうした」
「僕のぶんのお弁当を用意してくれていなかったの。がっかり」
「そうなんだ」
「でね。最近お弁当ないのナンデ?――って聞いたら、“たまりにたまった、親父のツケを払ってから言えや!” って怒られちゃったよー」
ツケとは【割烹 たかしの】での滞り過ぎた、藤田家のお食事代のことである。
「ああそれ……本当に払ってあげて」
「うーん。まずどこかの
藤田家の名誉のために説明すると。話題にあがった藤田父というのは、藤田家を締め出されて、かがり町の路上で生活しているとかそういう訳ではなく。深夜酔っ払って、道端の植え込みや草むらにつき刺さって眠りこけているとか、そういう訳でもない。否、たまにあるけどちょっと違う、お仕事の都合だ。
「藤田父、今朝もフィールドワーク?」
「うん毎日! かがり町の、ふしぎな虫を探してるよー」
藤田の父さんは、昆虫学者なのだ。
お金にならない、へんてこな虫の本ばかり書いているから、藤田家はいつも暮らしに困っている。
「藤田さ、あまりうちの
「しのちゃーん、それは手遅れってかんじ。僕ら藤田は親子揃って、鷹史くんのあの味に胃袋ぐっと掴まれちゃってるからねー!」
藤田は底抜けに明るい。
幼馴染だし、喋っていて楽しいが、ふいにちくりと忍の心が痛む。こうして毎朝一緒に学校へと向かうことになるのだが、藤田は本来この時間、ここにいてはいけない。
「ていうか藤田、朝練は。陸上部は今日休み?」
「あされん? 朝練なら今してるよ。ほら、走ってるー!」
ぴょこぴょこと、藤田はその場で足踏みしてみせた。
「それ走ってないし……そもそも藤田の専門って、棒高跳びだろ」
「大丈夫。うち、棒高跳びするの僕だけだからさー」
「そうなんだ」
こんなちゃらんぽらんだが、おばけ記録を出す、謎。
藤田は運動神経抜群のびっくり人間で、かがり高校史上最強のスーパー選手。もとの専門は棒高跳びのはずだが、最近では “走る・跳ぶ・投げる” を全てこなす陸上競技のエキスパートとして大活躍している。
爽やかで、端整な顔立ち。
それが笑うと、なんともあどけない天使のような顔になる。
そんな藤田が競技場を駆け巡るのだから皆の視線が釘づけに。期待以上のぶっ飛び系記録を連発して、会場を沸かせてくれるのだ。けれども喋るとこの通り、なにを考えているのか(そのままの意味で)わからない。お堅いインタビューであっても、「やったー」とか「わーい」とかをやらかして、残念な類いのイケメンなのがばれてしまう。
「しのちゃんこそ、もう部活はしないの?」
「……うん」
「しのちゃん、僕は諦めないよ」
「陸上なら、やらないよ」
「すっごい。どうして僕の考えてること、わかったの?」
「だって、このやりとり……毎日繰り返しているから」
「わおー……(忘却)……あ!
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