✅かがり高校の日常⑦ 花の2年A組


「おはよう!」「おはよおー」「……おはよ」


朝の昇降口は賑やかだ。

ラッシュの時間は過ぎたものの、いまだ多くの生徒がここを行き交っている。


かがり高校の各学年の下駄箱は、入り口をはいって右側から一年生、二年生、三年生と並んでいる。忍ら2年A組専用のものは昇降口のど真ん中に配置されていて、外履きから上履きへとすぐに履き替えられて便利だけれども、やたらと目立って皆に注目される場所でもある。


五十嵐、藤田、忍はそれぞれの下駄箱の前へと立ち並ぶと、気合を入れた。


「っしゃー」

「準備おっけー」

「……今日もすごい」


2年A組の下駄箱は、遠目からでもすぐにわかる。どれも不自然に変形しているからだ。歪んで扉が閉じなくなっているもの。何本もの相合傘が乱立するように落書きをされているもの。次々と投函された手紙が容量オーバーではみ出てしまったもの、は五十嵐のやつだ。


「じゃ、開けるか」


まずはその五十嵐から。

自分の下駄箱のつまみへと手をかけると、「ふん」と一気に開け放った。


バサ、バサバサバサバサバサ……ドサッ。


五十嵐のところへつっ込まれているのは大抵、かれのファンからの手紙である。



――『五十嵐先輩へ 好きです』『五十嵐、読まないで…… 投函できただけで満足です』『放課後体育館裏で待ってます』『バスケの個人指導まだですか』『夢小説♂♂連載中 新聞部』



五十嵐は動じない。下駄箱の最奥までそのたくましい腕を潜らせて、大量の手紙に埋もれている己の上履きを抜き取った。それからしつこく居残る恋文の全てを掻き出すと、床へなだれ落ちたものを拾い集めて、最後は2-A専用の回収箱へとつっ込んだ(……最寄りのゴミ箱ともいう)。


「こっち終わったぞ」

「藤田、いっきまーす」


「今日もすごくまつられてるね、ふじた」

「うーん」


藤田の下駄箱は、校内のパワースポットと化している。

かがり高校の運動神様として祀られていて、競技大会の季節には必勝祈願のお守りや、激昂のお手紙などが供えられる。のだが、その一方では。


藤田は「えい」と下駄箱の扉を開け放った。


ドドドドドドドドドドドドドドドドッドバー……?


祭壇、開けると現実。

藤田の下駄箱からも大量のお手紙が飛び出てきた。

その勢いといったら、まるで破裂した水道管から溢れる水飛沫スプラッシュ



――『貸した教科書返せ』『おれの辞書返せ藤田』『貸出中の資料、返却のお願い。図書室より』『焼きそばパンの恨み』『フジタ朝練サボるな! 陸上部一同』『今日こそお前に膝をつかす! 果たし状』 ×∞



「わおー」


今日はぜんぶが苦情文だ。藤田も藤田なりに驚いている。


「返してやれよ藤田」

「そうだよ藤田」

「なんのことだろー」


そう、2年A組専用の下駄箱とは各生徒へのポストとして機能している。

五十嵐のように熱烈な恋文を投函される生徒もいれば、藤田のように、開けてびっくり日替わり手紙箱のやつもいる。


でも誰もかれも、とくには驚かない。かがり高校の日常である。



「にゃあ」



だから猫が一匹、乗っかっていても驚かない。

ちょうど忍の下駄箱の前へ、その尻尾をなんとも愛おしそうに垂らしていたとしても、だ。


猫に首輪はない。

体育倉庫の辺りでよく見かける名もなき野良猫、と忍はおもう。かがり高校では猫の出入りが自由なのだ。


猫は下駄箱の天板へ、おなかをつけて伏せている。

忍の視界をゆらゆらしているサバトラ色の長尾は、いたずらに邪魔をしたいのではない。下駄箱の主さん、忍を誘っているのだ――この尻尾を触らせて、あわよくば頭まで撫でてもらおう。そしてそして隙をみて、鼻ちゅう、しちゃえ――これが猫の魂胆である。


もしもこれを篠塚家の飼い猫、ツナが知ったらプッツンだ。

かがり町猫界には、忍に関する厳格なルールがある。


【飼い猫以外、抜け駆け、禁止】


この野良猫は、かがり町の猫裁判にかけられた後、憤怒のツナによって厳しく指導されるはず(およそ一年の猫奉仕を求められる)。

ようは、忍に見初められて篠塚家の飼い猫になればいいのだ。ツナの他に例はないが、いちかばちかの免罪符。つまりこの猫は、決死の覚悟を持って忍に逢いに来たこととなる。


「ねこー」


あゝ残念。自慢の尻尾で釣れたのは、猫がだいすき、きらきらと目を輝かせた藤田だった。


「にゃ……」


藤田のスーパーねこタイム。


「もふりこ、もふりこ」


猫がひるんだその隙に、忍はささっと自分の下駄箱を開けてしまう。上履きを取り出して、履いてきた運動靴をしまおうとしたところで、ふと気がつく――


今日もあった、


たった一枚、忍の下駄箱にも、手紙が。


忍の表情は変わらない。靴を入れて、扉を閉めて、なにごとも無かったかのように手紙はそのままにしておく。あれは、あれは五十嵐の前では絶対に回収できない。毎日では無いけれども、これも忍の、ここ最近の日常。


「……っ」


誰にもばれないように、息を止めているから、忍は苦しくなった。


「――ん? どうした篠塚、教室行くぞ?」

「くんくん。ふごふご……(お鼻の深呼吸)」


「って! いつまでやってんだ藤田」

「ぷはっ。しのちゃんいこー、あっ」


藤田に猛烈に愛された野良猫は、ぐったりと憔悴だ。

夢にも恋にも破れて、お外へぴゅっと逃げていってしまった。


「さき、行ってて」


たった一枚の、一枚だけの、心ない手紙が。


「ほら……職員室に、届け物あるからさ」


忍はいつも、無表情。

五十嵐がまだこの場にいるから、とくに気をつける。


「そうか? じゃあ行くか、藤田」

「おっけー」


ふたりとわかれると、忍は職員室へ。


鷹史に頼まれごとをしているのだ。

そう鷹史のことを考える、気を紛らわすのだ。


バスケ部なんか、手紙なんか、この学校の中だけだ、忍が少し我慢すれば、





『よく学校これるね』






ちょっと、無理かもしれない――











おまけ かがり町百景 【昇降口と花の2-A】


かがり高校の七不思議のひとつ、花の2-A。

この学級には「毎年、ふしぎと美少年のみが集う」という噂が存在する。花の2-Aとは美男の殿堂として町内外へ広く知れ渡った通称である。その由来は昔々、生徒玄関口の主役である2年A組の生徒たちが皆、極めて容姿端麗であったことから。もしも、あなたの周囲にかがり高校へ通う男子生徒がいて、かれが二学年時にA組であったのなら。それはガリコーの花道を通ることを許された選りすぐりの証であり、かがり町では生涯自慢できるステータスなのだそう。


――但し、現在のかがり高校二学年において『目の保養たち』は、他のクラスへも均等に割り振られているし、2年A組全ての男子生徒が美形ということでは無い。これについて現学校長は、かがり高校PTA軍団、卒業生を含む近隣住民、はたまた全国のガリコー友の会(ファン・クラブ)からも、「伝統を軽んじている」と、きついお叱りを受けた。




※『昇降口』とは……校舎の生徒用玄関の名称です。一階に生徒用玄関、二階に教職員用玄関とわかれています。由来は船舶の昇降口(hatch)との説あり。玄関、下駄箱等々、地域や学校ごとの呼び方に差がありますが、首都圏の公立校では普通に使われているため、かがり高校でも昇降口とすることにしました。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る