✅かがり高校の日常⑨ 厳蔵先生(上)
午前の爽やかな日差しのそそぐ職員室は、横長のつくりで、各学年や役職ごとに配置された教職員の机が対向式に並んでいる。奥の壁一面に広がる透き通った大窓には、だだっ広い校庭と、風にはためく校旗、白い雲の流れる秋空が色鮮やかに映し出されていた。
「篠塚!」
その窓際から、ひょいっと大きな
「あ……おはようございます、先生」
燦々とした日差しに負けないほどに明るく、人懐っこい笑顔を向けてくるのが、
表情を取り繕うと、忍は先生のもとへ向かった。
「おはよう、篠塚!」
座った状態でもわかる、先生は一際長身だ。
標準サイズのひととおなじ机椅子を使うのは窮屈そうで、忍はいつも不憫におもう。日本人離れした長い手足、引き締まった体、そして日に焼けた凛々しい顔立ちも特筆すべきだろう。しっかりと鍛えたモデル出身の俳優みたいで先生は、「カッコいい」。
「――うん?」
「あ、いえ。なんでもないです」
忍の憧れ、ついつい声に出てしまっていた。
そんな厳蔵先生、よく体育教師と間違えられる。
超健康だし、精神論からお酒の飲み方までバリバリの体育会系ゆえに、ひとは必ずおもう「学生時代、なにかしら身長の伸びるスポーツをやっていたのだろう。そして、すこぶる優秀な成績をおさめたのだろう」と。
意外にも、担当教科は【国語】で、得意分野は現代文。
ちなみに厳蔵というなんとも古風な名前だが、先生の父方の、ひいひいひい……∞……爺さんより代々、山形家の長子へと受け継がれてきた由緒正しい名前とか。
真実か、はたまた嘘かはわからない。
なにせ厳蔵先生は教師歴が十余年、そろそろ中堅だ。
おそらくは新任の頃から様々な生徒に名前をいじられて、由来をたずねられてきたと想像がつく。それらに対する定番の厳蔵返しが、「先生はこの名前、大好きだぞ」から始まる穏やかな返答。怒ることはない。ニカッと白い歯を見せて少年のように微笑みながらも、さきの、長ったらしくも嘘くさい名前の由来を教えてくれる。
そう先生、ジョークも連発する。
しかしシャイだった……。
ポーンと冗談を飛ばしたものの直後ちょっと照れてしまう。
はにかんだ、その表情を目撃したひとは「か、可愛い……!」と確実に心を射抜かれる。外見とのギャップ差よ、萌える、などと女子生徒や女性教職員には、とりわけ人気があるという。
で、公務員で生活が安定しているのに独身、というのがまたミステリアス成分としてイケメン加算されるらしい(……それを聞いた【割烹 たかしの】の男性客が総ぽかんとしたのを忍は見たことがある。そんなのはかがり町に腐るほど存在している)。
「忘れないうちに……これ。今日のお弁当です」
忍はそう言って、大きな箱を手渡した。
先生へのお届け物がこれだ、【割烹たかしの】の風呂敷包み。忍が篠塚家を出発する際に養父の鷹史に託されていたものである。
「待ってました! 今日もありがとう」
先生はじっくりと拝んで受け取った。
「そして、鷹史さん……ありがとうございます!」
先生は普段から、【割烹 たかしの】へ通ってくれている。
ほぼ毎日――否、確実に毎日の、大切な常連客さんだ。
なにせ独り身。
料理も家事も一切出来ない。
非常に不器用。
唯一可能なのは、お湯を沸かすことくらい。
勿論、包丁なんて使えないし、白米すら炊けない。
炊飯器も、火を噴き爆発したとの【厳蔵伝説】が存在する。
鷹史がいつも心配している。
山形厳蔵は放っておくと即、インスタント人間と化す。
一日六食ほど、カップ麺などを食して生きているのだそう。
鷹史もズボラだが、パラメータ的には厳蔵先生が圧勝する。
その証拠に、先生の机上では書類と教材とが大散乱している。が、何よりも目を引くもの――それは、ぽんぽんぽんと無造作に高く高く積み上げられた摩天楼こと、インスタント食品のビル群だ。
「先生。またカップ麺集め、始めたんですね……」
「鷹史さんには、秘密で頼む!」
本人に、自覚無し。
なので誰かが食事の面倒を見なくてはならない。
鷹史が毎朝、厳蔵先生のぶんまでお手製の弁当を作るようになったのは最近のこと。
そこに至るまでの【割烹 たかしの】店内では。
カウンター席の客、万遍の笑みの山形厳蔵
『最近、はまってるラーメンあるんですよ!』
カウンター中の人、呆れはてる篠塚鷹史
『うわでた興味無ぇ~。厳蔵のカラダ、心配……(つーか自炊しろ)』
ほぼほぼ毎日繰り返されるラーメンおじさんトークに、ついに鷹史がぶち切れた。
先生の勤め先である、かがり高校。
忍が通う学校である、かがり高校。
この合致により【たかしの特製★厳蔵弁当】が、忍を介して始まった。
先生はお仕事終わりに必ず店へ食べに来てくれるから、そこで次の日の弁当を予約しておいて、翌朝には忍が職員室まで配達するというサービスだ。
これは鷹史にとっても都合が良い。
どうせ忍の弁当を作るついで、なのだから――。
今、嬉しそうに弁当箱を抱える厳蔵先生の笑顔が、ただただ眩しい忍だった。
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