✅すてきな昼休み③
「やっぱりここだね、おはよ……」
忍の呼びかけに、派手な頭がむくりと動いた。
黒髪をベースに紫、桜、レモネード、アクアなど、色とりどりの毛束がさらりと揺れる。ファンシーな星や月、ゆるドクロなんかのピアスがどっさりとついた、お耳も見つけた。
塔屋の上で、日向ぼっこの昼寝をしていたのが、
忍たちの隣のクラス、2年B組の生徒だ。郷くんは気だるげに寝そべったまま、顔だけを忍の方へと向けてくる。よく見るとブレザーの下に着ているパーカーの帽子ぶぶんが、細い首にぐるりと巻きついてしまっている。
「これうちの、出汁巻き玉子……だよ」
郷くん、目は大きいのだが、眼光鋭い三白眼だ。
でもギャップ萌え。忍が手に持つものを見つめて、ぱちぱちと瞬きをしている。やがてかれは「!」と目を見開く。ようやく好物の、黄色のふわふわを認識したみたい。顔を覆った黒のマスクを少しだけずらして、口をぱかっと開けて待っている。ちらりと見える、八重歯が可愛い。
忍はそこへお望みの、出汁巻き玉子を運んであげた。
「おいしい?」
郷くんは、それを頬張りながらこくりと頷いて、……また寝た。
「やっほー。郷くんおいしい?」
藤田も梯子をよじのぼってきた。
「ちょっと藤田……せまいよ」
「えへへーごめん。郷くんよかったねー」
忍と藤田のふたりは今、塔屋の上へぴょこっと顔だけ出して、郷くんの寝ながらもぐもぐを観察している。なんて幸せそうで、なんて可愛いのだろう。ぎゅうっと背後に藤田のぬくもりを感じるが、郷くんのこの可愛さと癒しのためならば、忍はたやすく我慢できてしまう。
郷くんは、都心生まれの子だ。
小学校まではそちらで、かがり町には中学校の頃に越してきた。素行が悪いと、当時から有名だった。髪色は派手だし、制服も好き勝手に改造して着崩している。授業はサボるし、登校すらしない日も多い。かがり高校ではサッカー部に所属しているが、幽霊部員、つまり毎日なにもしていない。
一方で、酷い怪我をしながら、深夜にぼろぼろの姿で歩いているのを町の人々に目撃されたりしている。――けれども忍はかれが喧嘩をしたり、悪さをしているところなんて見たことがない。わかっているのは猫みたいに気まぐれで、ひたすらに無口。それだけ。
郷くんとは実態が謎の不良生徒なのだ。
「またねー。郷くん」
藤田の手が伸びてきて、郷くんの頭をよしよしと撫でる。
郷くんは無反応でされるがまま。
この子が不良だなんて――忍には、やはりおもえない。
「な、なにをしている藤田貴様! 篠塚さんから離れろッ」
「腹減った~。メシにしようぜ!」
郷くんをほのぼのと見守るうちに、廊下組のふたりも屋上に到着した。
「あー! 西村くん五十嵐くん、お弁当みせてー」
藤田は両足で梯子の脇を挟み込むと、つるると器用に滑りおりて、廊下組めがけて駆けてった。
「よ、よせ……来るな藤田ッ」
「や、やらねぇぞ……藤田!」
一気に、賑やかだ。
忍もゆっくりと梯子をおりていく。途中ふわり、と後ろ髪に風を感じた。なにげなく振り返ると――そこには秋晴れの、澄んだ空。
屋上から見える最高の景色。
かがり町には高い建物が殆どないから、東西南北、町外れまでの全てを見渡せる。こじんまりとしたかがり小学校、中学校。猫の集う、みかづき公園。昔々月を祀ったかがり神社。その裏手の大自然、ふじた山。残念ながら高台にあっても篠塚家は見えない、方角的に世界マンションの陰へと隠れてしまっているからだ。
北へ広がるのは高級住宅地、オルゴール箱のようなかがりプラネタリウム、かがり商店街、かがり町駅、複線の線路、永久の踏み切り、かがり大橋。町とそのさきの都心との境を悠悠流る、偲び川。
秋風、なんて心地よいのだろう。
そういえば変わらないものがここにあったじゃないか。
大好きな、大好きな優しい町、かがり町。
今、風が向いたから。
しばらくの間、忍はこの景色を眺めることにした。
「しのちゃ――」
「篠塚さんはさ、この時の流れの止まったようなかがり町、そのものだ」
「突然どうした西村」
「なぜか、なぜだか……この町から連れ出してはいけない気がする」
「そうだな……ん? そうなのか?」
「えっ、かがり町からしのちゃんいなくなったらやだよー」
「ゆえに、おれは将来かがり町に家を買う」
「まじか西村。凄まじい」
かがり町を見つめる、忍。
そんな忍を見つめる、友人たち。
皆、おもいおもいに、時の経つことなんか忘れたのだった。
「ごはん」
(……藤田以外は)
おまけ かがり町百景 【偲び川と晩夏の歌】
かがり町と隣町との境を静かに流れる、偲び川。実は大昔から若者の入水事件が度々起こる事でも知られている。その多くは学生で『晩夏の歌』を学習した直後の地元校の生徒であった。詩中に登場する情死の川のモデルは、偲び川にあたるのではないかと云われている。
そんな晩夏の歌は高校教科書の掲載から外れた時期もあるのだが、ふしぎとその頃、川へ身を投げる人が現れなくなったと記録が残る。因果関係は不明のままのちに教材として再び世に返り咲いた晩夏の歌。一部、これを危ぶむ地元民の声もあったが、思い詰めた若者たちの悲劇はぴたりと止まり、近年では一切報告にあがらない。
晩夏の歌の作者は、かがり町の出身であり地元校の校歌の作詞をも手がけている。町外れには生家も残されていると云うが、その所在、果たして何処か――地元民も、誰も知らない。
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