✅たかしの日常①


――という、超絶懐かしい夢を見た。


鷹史たかしは寝床から、天井の木目をぼう然と見あげていた。


明日は忍の亡き父親、隼人の月命日つきめいにち

毎月、この日づけが近いと夢に見てしまう。青春の思い出、過ぎ去りし美しき日々を、ちょっとしたお肉もおヒゲもない、儚げに、瑞々しくも、澄んだ少年の時分を。


「ええ……やだ~もう」

おじさん、ぽっと赤面しつつも起きあがる。


隼人の墓は、かがり町の奥地、高台の篠塚家から勾配の道をさらにのぼって、大自然【ふじた山】のふもとの静かな霊園にある。鷹史が守っているけれどもここは代々、観月家の墓である。



 観月みづき 隼人はやと



今でも、その名前を想うだけで溜息がもれる。

本当に、本当に好きだったハヤ――ッ――


「ギャア⁉」


鏡に映った自分おじさんの、うっとりぽっぽした顔面。

自分で自分に悲鳴をあげてしまう鷹史。


「やだこれ~、まじでタカシなの? いや確実にタカシだなこれ。いやいや、いやいやいや、優しい隼人さんも突然こんなん現れたらさすがに、おまだれ状態・・・・・・っしょ。百年のラブも覚めるぅ~っつの!」


『ハヤトォォォ~、久しぶり~!』

とかつって、ばっと墓前に現れるおじさん。


『えーと、タカシは……そんなだっけ?』

と顔面以前に、本人かを疑われる。


隼人に。


「……なんちゃって」


物言わぬ、隼人に。


「……」


むなしい。

隼人はとっくに故人だ。

おじさんがひとり、自室でなにをやってんだか。


「……ん、起きよ」


その昔鷹史は、忍を引き取るために強硬手段に出た。

選ばれたわけではない。

隼人が去ったあと、ひとりぼっちの忍は、かがり町のいろんな家から手をさし伸べられた。が、その全てに背を向けていた。鷹史は忍の手を強引に掴むと、あっという間に自分の篠塚の籍へと入れてしまった。つまり隼人の、かがり町の観月家は断絶の可能性がある。

将来的に忍がどうするかは、わからないが。

恨まれたかもしれない。

それでもいい。隼人との繋がりを、今もはっきりと感じられるのだから。


「……って、ギャア! うっそ、三時っ!?」


再び悲鳴をあげる鷹史。

鏡越しに、壁かけの振り子時計が見えたのだ。時刻は午後三時、を過ぎている。

普段であればとっくに仕事を始めている時間なのだが。


「まじか~、昨夜遅かったじゃん? 仕込みも発注もなんもしてねぇ~……うおおぉ」


お寝坊の過ぎた今日という日に限って、忍からの起床の確認(コール)がなかった。


「忍ぅ、どうして起こしてくれなかったの~」


おじさんそのまま、夜まで眠りこけるところだった。

なぜ起床出来たか。

それはすぐに判明する。


「にゃあ」


ツナだ。


「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃあ」

「にゃ! あ!」


猫、ご立腹。

ごはんが出なくて怒っているのだ。

鷹史部屋に、ツナは一切踏み込まない(家の中ですれ違っても、鷹史が裸足でぺたぺた歩いた板の上は避けて歩くほどの徹底ぷり)。猫の姿こそは見えないが、部屋の外から不機嫌なトーンでの催促が続いている。


「ツナ様、本っっっ当にありがとございます! 起きたぜ、あーんど、ごはんな☆」


布団を剥いで、走って、ドアを開けて、飼い猫のもとにジャンプ――否、ダイブをキメたが、猫は涼しい猫顔面で真横へと避けていく。

鷹史は空を掴んで、盛大にすっ転んだ。


「フンッ……にゃ!」

鼻を鳴らして、猫が嗤った。


若干よれてるグレーのスウェット上下の姿を晒しておじさんは、しばし床に沈むことに。

と、ここまでが鷹史の本日二度目の起床、そして立ちあがりまでの出来事である。


「とりあえず、ごはんな……」


飼い猫につれなくされても、鷹史の鼻の下はでれっと伸びている。

そんなものは見る価値がないと、猫はおしりを向けている。


「ツナ様たまんねー、今日も一日頑張れるわ」


今日一日、あと一日頑張れば待ちに待った、店休日。

定休日ではない、月に一度の特別のそれは日づけで決まる。


明日は、隼人に逢いに行く・・・・・・・・


 

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