✅たかしの日常④ 世界ロード
この辺りから、かがり商店街は【世界ロード】となっていく。
「暑い~」
ちょっと走ったから、おじさん火照ってきちゃった。西日が強い。ふじた山からのぼった太陽が偲び川のさき、都心の向こうに沈もうとしている。世界ロードの飲食店では間もなくハッピーアワーのお得なイベントが始まる。急ぎでなければ鷹史だって、どこぞの店のテラス席へと腰をかけてかがり町の夕暮れ時のノスタルジックを堪能していくのだが。
「ふはぁ」
「コラ、シノヅカ。店前で溜息つくなアル、炎龍門……料理マズイヲおもわれたネ~」
「んげ⁉ ぱおさんっ」
うわ出た、厄介なひとだ。独特な喋り方、声だけでわかってしまう。
ゲンナリと顔を歪めた鷹史が意を決してふり返ると、
かがり商店街一、否ッ、かがり町一異様な店、厄介な店。その名も【中華食堂 世界一大名店・
ちなみにイェンロンメェン、皆読めない。
かがり町語では、えんりゅーもん、という。
この恐るべきシュミの悪さを誇る中華屋店内をちょっぴり紹介しよう。
中華提灯(红灯笼)だらけの入り口を潜ると、紅色と黄金の鱗を持つ巨大龍が天井から吊りさげられていて、まずはそいつの目玉がロックオンしてくるのでゾッとする。客席は狭い店内めいっぱいにぎちぎちで、小ぶりな中華テーブルから肘をつくのもやっとのカウンター席まで、紅色と黄金でやはり塗りたくられている。これら各テーブルには必ず一席、漢服を纏った中国人おじさんの陶器人形か、黄金の招き
ひとつ確かなのは、ここの料理は結構美味しい。
町内外にファンが多くて、昼も夜も、えんりゅーもんは大盛況だ。
「で、包さん。なによ?」
「そこネ、オマエ、邪魔ヨ」
店のどたばたランチタイムを乗り越えて、包さんは、休憩がてら店さきで一服をしていたのだ。
「やだ~……ニコチンタールの妖怪、怖っ!」
「ハッ。タカシオマエの爆発する毛髪のがコワイネ、どな寝相か爆笑アルヨ!」
ちょっとすれた感じだが、包さんは美人の男だ。腰まである長い艶髪をぐるりとたっぷり結いあげて、華奢な身体を真紅の中華風コックコートに包んでいる。いつ見ても変わらない容姿だけれども、確か世代は……鷹史よりもずっと上だった気がする。世界ロードの発足以前、さびれた商店街をアーチ状の屋根が覆っていた時代よりも前から、この場所に店を構えていた。ミステリアスなかれの詳細はいつだって、霧というか煙に包まれている。
「褒めてくれてサンキューな。中国四千年の歴史にも類を見ねぇボンバーヘッドだろぉ……って、うっせえわ!」
「タカシオマエ間違てる、ワタシ祖国、歴史もと古い、シッカリ勉強しろアル」
「あんたもそろそろ日本語勉強しろある。ついでに煙草も控えろあるある」
「ホア~? またく聞こえないヨ~……ところで、」
ふうっ……と包さんは、鷹史に向けて紫煙を吹きかける。
「わわっ」
「シノブも不良になたアル。親心子不知。タカシがえんえん泣く日も近いネ~」
くっさい煙草!
女のひとと見紛うほどの美人なのに、包さんは今日もパンチが効いている。
「げほ、これキッツー……合法かよ⁉ かがり町のPM許容値超えてんだろ」
「ふん。こどもがイイご身分ネ~……シノブ、昼時、ここの道ふらふら歩てたヨ」
「ちょ、ま……? ウゴッホ! え、うちの忍がなんだってェ」
「そなことよりタカシ、オマエ、暇ならちょとワタシ店、手伝てくアルヨ」
「いや……」
鷹史は首をふるふる横へと振る。
「断る、ダメ、シノヅカはタダで使うヨロシ。これ世界ロードの了解常識ネ」
「いや本当に。今日は時間がないある。すまーん」
「アッ……コラ、待つネ、タカシ!」
鷹史は逃げた。
「エスケェープ! 毒舌妖怪にコキ使われてたまるかぁぁぁ!」
ちなみに、包さんから紹介したくはなかったが、かれは篠塚家のお隣【世界マンション】の住人第一号だ。巨大な建物の下層階に住んでいて、新築の時にワンフロアを買いあげている。自分の生活用に一部屋、衣裳部屋としてもう一部屋、残りの部屋は炎龍門で影のように働く舎弟(お弟子さんら)に貸している。妖しい提灯、妖しい置き物がめいっぱいに飾られた独特のチャイニーズ階層で、炎龍門会――マフィア階とも呼ばれている。
「えっさ、ほいさっ☆」
今、鷹史の走る――世界ロードという場所を360度、ぐるりと見渡してみよう。
クラシカルな紅茶缶に花のアーチを添えたような【英国茶葉店】の店舗前。イギリス人店主が片手に持ったティーポットで、鉢植え、花壇と水を注いでいる。今日はそれを、じょうろと信じているのだ。足元では英国猫のバーミラが、飼い主さんのすっかりと磨き込まれた革靴を予期せぬ雨から守ろうと細かく鳴いては注意を促す。
お隣【西洋洋菓子店】では名物、まんげつ猫のケーキが焼きあがった。卵とバターと砂糖と小麦粉と愛、フランスのキャトルカールだ。絵画や置き物の全てが猫一色かつモダンな店内から、「悪くない出来」と感極まった猫狂いの店主が、町猫讃歌を歌い始める。
小ぶりな猫モアイ像が並んでいるのは【中南米料理】。二部制のレストランで、中南米諸国の輸入ビールとポピュラーな料理を楽しめる。昼は陽気な食堂、夜はネオンライトがセクシイに灯りビアパブと化す。
大人横丁に面する【アフリカ酒場】の超長身の店主は、捲った袖から極めて黒く美しい肌を露わにして、今日未明、しょうもない泥酔客を介抱し続けた頼もしきA型看板を修繕している(その現場には鷹史も居合わせた)。酒場の中では、猫のソコケらが盛大な欠伸をかました瞬間だった。
時計塔広場の【ポテト専門店】では不愛想過ぎるベルギー人店主がお客を睨みつけている。もとい、接客している。
他にもまだ、いろいろと。この通りに店を構えるかれらの殆どが【世界マンション】の住人たち。個性豊かで、とても賑やか。
日常。
日常だった。
かがり町の、世界ロードの日常。
だが包さんから不穏な言葉を聞いた。
今日?
昼時?
学校へ行っているはずの忍が、ふらふらと歩いていた?
なぜ……?
最近、鷹史は、忍がわからない。
「まぁ、サボりくらいするっしょ……ねぇ忍」
ぐるり、ぐるりと目まぐるしい、町がまわる。
鷹史と忍、かがり町にいる。
運がよければ会えるかもしれない。
会えずとも、家へ帰ればふたり、嫌でも顔をつき合わせる。
「なんかあるんなら喋ってくんねぇかな、忍……」
最近の忍は、危うくて。
鷹史はこれでも結構心配している。
ドッ――!
なんて、心ここにあらずで歩いていたら、おもわぬ通行人と激突してしまう。
「テメェ! 痛ェな、どこ見て歩いてやがんだァ……って、鷹史?」
さらりとした銀髪、
篠塚家とは非常に因縁深い、【割烹 たかしの】の常連客である。
おまけ かがり町百景 【猫の抜け道】
猫のみぞ知る、秘密の抜け道。その名の通り、大物猫から名なしの猫まで、かがり町の猫自治会のメンバーを観測出来る隠れ猫スポットだ。薄暗くて狭苦しいこの隙間道の正体は、町の中央から南部にかけて密集する古い家々の路地裏。途中、古い廃材が置かれていたり、突如現れる水路に落ちそうになったりと少々危険を伴うショートカット・コースとなっている。
入り口は、中央の商店街側で何か所か存在し、南部側はひとつ。町役場の指示により前者はひとの手でほぼ塞がれており、後者は近年、その入り口を隠すかのように巨大な世界マンションが建設されたため、表通りから完全に遮断された。しかし稀に、ふしぎと入り口のひらいている時がある。猫に招かれた現象で、通行中はたとえ姿が見えずとも「にゃあ」や「にゃあ、にゃあ」と猫の歓迎鳴きが常に響く。時間帯によっては「……ふにゃ!」と、住民の誰かが眠りこける間抜けな寝言までもが聞こえてくる。ちなみに、かがり町の猫らを恐怖におとしめる、もふりこ大魔人――藤田の町内闊歩情報が流れると、どこからともなく猫警報(サイレン)が鳴り響き、全町猫の避難場所となる。
だんだん恋におちていく 北極ポッケ @yumecy
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