✅たかしの日常③ かがり商店街


「今日、なにつくろっかな~」


猫の抜け道を使って鷹史は、【かがり商店街】に来た。かがり町の駅前ロータリーからまっすぐに延びるメインストリートと、裏路地の混沌とした道々を含めた場所をいう。殆どが個人商店で、ここへ来れば住民の衣食住の全てが揃う。


鷹史の店の常連客――主に、町のおじさんら平成ポップの世代は「かがり町のセンター街」とか恥じらいもなしに呼んでいて、それがちょっとダサくて、鷹史のような都心出身者はどう反応していいかわからずで、初回必ず困惑する。


そんなおじさんらの学生時代、二十年ほど前だが、この商店街は今よりもずいぶんと道幅が狭くて、建物の上にアーチ状の天井のついたアーケード建築だった。当時といえばどこもかしこも寂れていて、なんだか薄暗く感じるし、シャッターを閉じた店も多かった。その十年後、曇天のような天井を「要らん」と取っ払い、空き店舗は更地にして、道幅を広げたところに素敵な石畳を敷き詰めて、古きよき(いろいろ煩い)商店街の景観を守りつつも世界地図のごとく洒落た店々を誘致したのが、現職のがかり町長である。


現在の賑やかなメインストリートから裏路地に入ると、飲み屋だったり遊技場だったりの【オトナ横丁】が現れる。昨夜、店終わりで出てきた鷹史が暖色系の男優ランプ(赤提灯)に照らされながらも、かがり町のクラフトビールを喉に流し込み、アジフライの揚げたてを笑顔で頬張った場所である。基本ルーズな店多しだが、本日週末です、と既に何軒かが営業を始めている。常連客に居酒屋とイジられる【割烹 たかしの】も負けてはいられない。


「ふんすっ」

鼻息を荒く放つ、鷹史。


今の時間帯、商店街では地元住民の買い出しとガリコー生徒の帰宅が重なって、ひとがたくさん歩いている。顔なじみに発見されて足止めを食らうことは避けたい。ちょうど古銭湯【宮の湯】から出たところを出待ちの信者らに囲まれて拝み倒されている、微笑みの美中年こと、かがり商店街振興組合の会長さんのように――鷹史は辺りを警戒しつつも前進していく。


まずは、お野菜!

これは出際に、たかしのの店さきにどっさりと届いているのを確認している。


次に、お魚!

かがり町のお魚マイスター【魚屋 めだま】のつるぴかのガラス戸を引く。


「いらっさいませ……、たかしのっ!」


立っていたとおもったら座っていた胴長系の可愛い店主、めだまさんだ。


「めだまさん、おはよ~」

「おそようだよ、遅っいよ、待ちくたびれたよ!」

「ふっつーに寝坊。お魚まだあるかな?」


怒りなのか焦りなのかはわからないが、めだまさんはぷるぷると震えながらも、待ってましたとばかりに長くて太っといお魚を両手に掴みあげた。


「早速ですが、鷹史兄さんに本日買ってもらいたいの、太刀魚たちうおっ!」

「いらない。他は」

「うおっ……お願い、太刀魚買ってぇ!?」


うるるっと上目遣い(高低差による)の、めだまさんのお願い。


「いらない。あ、見事なカレイだな~」

「うおぉ、太刀魚食べたいんだよ……じゃなくて、鷹史兄さんのために凄いの仕入れたんだから!」

「タカシ知らない聞こえない。いつもの取り置きは?」

「太刀魚!」

「やい、太刀魚太刀魚うっせーな! 仕事しろよ、めだま!」

「うおっ……ン、ハイ!」


めだまさんはぴしっと態度を改めた。


「鷹史兄さん! いつもの取り置き、です!」

「ん~。ほんじゃ、あとカレイとカジキとキスと小エビイカ貝……」

「あの、太刀魚を献上・・するんで……今晩、うまいのつくってください」

「え……ドキ……ヤダ、イイの? ハイヨロコンデ~~~ッ★(野太い声)」

「ひえぇん嬉しい! あとで食べに行きますからねっ!」

「じゃあ包んで早く、さっさかね、タカシまじ時間なさ過ぎてやべーのよ」

「いやいやいやいや、いうて鷹史兄さん、めっちゃ寄り道する人だから……配達にします!・・・・・・・

「まじで。あんがと~」


お魚をどっさりと仕入れて、笑顔で店を出ていく鷹史。

その後ろ姿をよろけつつも見送る、めだまさん。ツケ払いだがうんとお勉強をしてしまった。


毎度やられっぱなしの【魚屋 めだま】の店主、めだまさんとは。

お魚を愛し過ぎて鮮魚店を始めた若者。会社員を辞めて、全国各地の珍魚を追い求めて放浪するという配信活動で、この町にやって来た。

かれの目当ては偲び川の源流。大自然、ふじた山のどこかにあって、古代から生きる魚、幻の巨大魚たちがごそっと棲息している、とそんなワンダァ峰な噂をキャッチした。その後の……世にも奇妙な詳細は省くが、めだまさんは入山と同時に遭難してしまう。たまたま出会ったお山のげんきな子どもに助けてもらって、麓の方に薄っすらと見える灯りを頼りに下山。人里へと戻ってきたところで助けを求めたのが、


『ああ~。あそこ秘境っつうか魔境だから、藤田っつう原住民以外は遭難するんだわ』


店主の美しかった(過去形)【割烹 たかしの】だった。


そうして恋におちて今、めだまさんは魚屋をしている。鷹史の魚料理が食べたいがために新鮮なお魚を仕入れている、貢いでいる、といっても過言ではない。

健康的に日焼けをした濃い顔立ちに、店のロゴ入りの鉢巻と紺色の防水エプロン、赤い縦縞のTシャツがトレードマークのめだまさん。髪型は意外にもボリューミーなドレッドロックス。極太黒髪の毛束のさきをブルーカラーに染めている(これは商店街のおなじ並びの、ハンサム専用サロンにて「動画配信者だから目立たなくちゃね」という店主のセンスにお任せした結果である)。


悲しいことに、めだまさんは猫が苦手。しかし店を構えるかがり商店街は町猫がごろごろといる、猫口密度にゃんこうみつどの高い危険地帯だ。


中でも、篠塚家のツナが凶悪犯。この巨大猫を見つけて怯えるめだまさんの後ろから、ぽすんと頭突きをしてからかったり、二足歩行で脅かしてみたり、なにもせずとも通りすがりに鼻で嗤ったりと、完全に下に見ている。

粉間家のミルクも舐めくさっている。省エネながらもラブリーポーズをキメてやると、びっくりしてお魚をぽろぽろ落すひと、くらいにしかおもっていない。

宗方家のにゃん署長は、町内のパトロール中に飼い主さんと通りかかってもウルトラスルー。

森屋家のモリーくらいだろうか、めだまさんに同情をして、ひたすらに憐れんだ眼差しを向けるのは……。


続いて、お花!


【フラワーショップ モリヤ】そのモリーの飼い主さん一家、森屋家が経営する素朴で優しいお花屋さんだ。鷹史はここで店に活ける花を買う。森屋さんと篠塚家は自宅が近所同士で仲良くしてもらっている。さりげなく上品で控えめなご夫妻の心遣いが染みるのだ。旦那さんはカイゼル髭の初老の美男、かがり高校のOBである。ガリコー繋がりだと、家業は継いでいないが、長男に守護まもるくんという面倒見のよい猫の世話の上手なお兄さんがいて、(鷹史はちょっと苦手だが)忍もツナも、かれにとっても懐いている。森屋家は貸しビル業もしていて、ここを森屋ビルという。一階がご夫妻の生花店、二階がフラワーアレンジメントなどのカルチャー教室、三階がキャットサロン、四階が猫占いだ。


そして、お肉!


精肉店【超肉屋 ラバーズ】で鶏と鴨のお肉を調達すると、鷹史は慌ただしく出てきた。


「タカァシィィィ、肉、買ェェェ――ッ!」


それを追って、マッスル系美男子のアメリカ人店主が吠えた。かねてより、ぶ厚いメリケンビーフを鷹史に買わせようとやっきになっている。メリケンポークでもいい。血の滴るお肉類を鷹史が調理しないことは、かがり町では有名だ。かれは【割烹 たかしの】の客でもあるから、鷹史の肉料理を食べてみたいィィィ、という願望でアグレッシブに攻めてくる。


「ギャア……めっちゃタイムロス!」走る鷹史。

「肉屋がニクいっ!」超、走る鷹史。

「帰りも、ゼェ……ハァ……猫の抜け道を使うしかねーな!」


バテた鷹史……。


古いサンダルで、鷹史は器用に走ったとおもう。しかし、追われるがままにメインストリートを駅方面に爆進したので、篠塚家への帰路とは逆方面にきてしまった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る