篠塚家の日常

✅プロローグ

 

 夕焼けに染まりゆく、空を眺めながら――



 なぜだろう。

 その一瞬が永遠に続くとおもった。

 ゆっくりと帰路につくふたり。

 時の流れはとても穏やかで、どこまでも伸びていく。


 夏のたび、かがりちょうを訪れていたが、自分たかしは地元のこどもじゃなかった。そのことに彼は気づいていたかもしれないし、ずっと、気づかなかったかもしれない。


 夏の間。

 茜色の空の下だけで、逢える友人。


 毎日おなじ時刻に抜け出して、部活帰りの彼を探した。

 晴れの日は、自転車を押す姿を見つけて駆け寄って。

 雨の日は、傘なんかわざと持たずに待ちわびた。

 自分も一緒の方へ帰るのだと、嘘をついて隣に並んだ。


 だいたい日暮れの頃に、分かれの道が現れる。

 そうして、いつしか、ひとりになる。


 辺りが暗くなるのは、ありがたかった。

 遣る瀬ない想いに、涙が込みあげてくるからだ。

 彼のことが、本当に好きだと。

 こんなふうに会うだけなんて無駄だし、やめなくてはいけない。

 それでも、日の傾きとともに時計の二針が気になって、情けなくもやめられず、彼のもとへと向かっていく。




 忍の亡き父との想い出を、養父たかしはそう話してくれた。

 もう二度と戻ることのない、とても美しい頃だったと……。


 その後のことはまだ、聞けていない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る