かがり高校の日常⑬ のぼりくだり


「……ふぅ」

「溜息」

「西村のことをおもい返したら、しぜんと出た」

「くぅ!」


感極まった西村は、口元を押さえると顔を逸らした。が、すぐに涼しい顔で戻ってきて、続けた。


「おれも考えるね、篠塚さんのこと」

「そう」

「例えば今朝です。かがり町の駅へ、おり立った時など」

「あ……もしかして、今日も撮ってきてくれた?」


西村は得意げに頷くと、制服の胸ポケットからスマートフォンを取り出した。

長く美しい手指で「しの字」をかいてロックを解除。一瞬だけれども、その後の待ち受け画面が忍の写真だった気がする。しかしかれは平然と、続けざまに操作して、とある画像を見せてきた。


「はいどうぞ。今朝の、かがり町駅前交番です」

「わあ……!」


西村が登校中に撮影してきた猫の写真だ。

都心から偲び川を越えて、かがり町へと電車通学している生徒は必ず、この建物の前を通る。


【かがり町駅前交番】


ここに名物の猫がいる。にゃん署長だ。


にゃん署長とは、頭にちょこんと警察帽を乗せて、専用の制服まで着こなしている猫のお巡りさんのことだ。とにかく真っ黒な猫――ボンベイという猫の品種で、黄金の瞳をもつ。かれは交番で飼われているわけではないし、本当の名前も他にあるのだが、いつの間にか「にゃん署長」という愛称で呼ばれるようになっていて、今ではすっかり定着している。


「今朝もカッコいい」

「そうですね」


きりりとしたイケメン黒猫、にゃん署長。

篠塚家のツナが、よくライバル視していた。


実は、にゃん署長。

かがり町の警察一家で、宗方さん、というお家の飼い猫なのだ。


縁あって忍は、にゃん署長が子猫の頃から知っている。篠塚家の近所の、みかづき公園へ行くと必ずそこにいて、遊具の上などで日向ぼっこをしていた。忍を見つけると短く「ニャ」と鳴き、擦り寄ってきたものだ。


最近では忍もにゃん署長も、環境が変わったり忙しかったりして、滅多に会えない――というのを西村に打ち明けたことがある。すると西村が「その猫は、もしや……」と、にゃん署長を撮影して来てくれるようになった。


「ありがと……、返す」

「あとで送りますね」


ここからは階段をのぼることになるので、忍はスマートフォンを返却した。踊り場の高窓からさす自然光のおかげで、この辺りはずいぶんと明るくなってきている。


――タッ!


「ねぇ、篠塚さん、寄って」

「え……あ、写真とるの?」


西村がおもむろに立ち止まり、忍の腕を引いてきた。

返したばかりのニシムラフォンを掲げているから、忍とのツーショット写真を撮りたいのだとわかった。そういえば、高窓からの自然光が白壁へとそそがれるこの階段は、かがり高校屈指の自撮りスポットだった気がする。


「しょうがないな……」

「はい。じゃあ撮りますね!」


忍はどうしてか、西村には流されやすいのだ。


――タタッ!


ところで、さきほどから不審な物音がしている。

これは足音だろうか。

忍たちの上階からもの凄いスピードでこちらへ接近してきている。


――ダッ!


「あの、西村……たぶん誰かが、」

「せーの!」


カシャ!(真顔の忍と、満面の笑みを浮かべる西村)


カシャ!(連写と気づく忍と、したり顔をする西村)


カシャカシャ!(そんなふたりの頭上へ、謎の巨影が映り込んでくる)


カシャカシャカシャ!(忍と、藤田の後頭部と、西村)


カシャカシャカシャカシャ!(忍と、カメラに大ピースする藤田と、見切れてしまう西村)



「わーい!」


藤田、参上――!


なんと、藤田だった。

階段を猛スピードで駆け跳ねて、おりてきたのだ。


「え、藤田……どうした」

「藤田貴様ッ、篠塚さんとおれの間に、よくも割り込みやがったな!」


しかし藤田は止まることなくタタタタッと、笑顔で階段をおりていく。


「わっすれものー!」


「ちょ。もうホームルーム始まるよふじたー」

「はん。なに忘れたのさッフジスカポンタン」



「たまご――――――――――――――っ!」



藤田は、たまごを忘れたらしい。

ひとっ走りして、自宅へ取りに戻るのだ。


「さすがの藤田も遅刻だな……」

「ち。こざかしい羽虫がッ」


忍と西村はそっと階下を覗き込んでみたが、藤田の姿はもうない。


「行こう、西村」

「はい篠塚さん」


しごくしぜんに忍は、西村に手を握られた。


「おおい、篠塚ぶじかー! 藤田に轢かれてねーか?」


藤田が爆走してきた階上から今、五十嵐がひょっこり顔を覗かせた。

なんというイケメンか。なにげない瞬間も、その顔面は抜群に整っている。


「いがらし……」

「五十嵐貴様ッ、篠塚さんとおれを見くだすな!」


「うっせ西村、うっせ! つか、いたのかよ」


といったところで、ちょうど階下から厳蔵先生が、


「ほらほら教室入れ~。万賀も、早く階段のぼってくるんだよ」


なんとマンガ委員長を連れてやってきたのだ。

それを見た忍は、即座に西村の手をふりほどき、驚くべき速さで階段を駆けていった。



そうしてようやく、教室へ。

かがり高校の朝は、いつも賑やか――。






おまけ かがり町百景 【駅前交番とにゃん署長】


かがり町駅前交番の名物猫、にゃん署長。

きりりとしたイケメン黒猫のかれは、交番の前に置かれた専用台座へちょこんと座り、日々かがり町の安全を見守っている(当番日は、飼い主であるお巡りさんに、おなじ)。

夕暮れ時にはおねむになり、うとうとしていることもある。あくびをしたり、前足を顔へこりつけたりなどしているが、飼い主さんからの鋭い視線に感づくと慌てて姿勢を正すという姿が、度々目撃されている。またどんなにおなかが空いていても、ファンからのプレゼントは一切受け取らない主義。


 

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