すてきな昼休み

✅すてきな昼休み①


太陽が、かがり高校の真上の空を過ぎた頃――授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

全校生徒のお待ちかね、ランチ・タイムの始まりだ。



「キリツ。キヲツケ、レイ」


マンガ委員長の号令で2年A組の一同がきちんと立って、ぺこりとする。それが終るや否や、誰よりも早く教室を飛び出したのは、もちろん藤田だ。


「わーい!」


かがり高校の日常だ。

時刻を告げに飛び出る、鳩時計のようなものである。


「フジタクーン」


そんな藤田のクルッポー! に律儀に反応しているのはマンガ委員長だけだ。やつの消えた方向へと、手をさし伸ばしたまま停止している。


こうしていつも2年A組は昼休みへと突入していくのだが、本日はその前にひとつ、厳蔵先生が声を張った。


「そうだノート提出な! 休み明けの来週からいよいよ中間テストが始まる。わからないところは今のうちに聞きにくること。わからんままにしとくなよ、ってことを先生は一番に藤田に伝えたかった。はあ……廊下組も入ってきていいぞ」


最後は溜息も混じっていたが先生は、廊下組の――五十嵐と西村を教室内に呼んでやった。


「うわやべ、ノート提出か」

「今、藤田が全力で飛んでいきましたが?」


「廊下組は、放課後ちょろっと残って漢字テストだ。それと黒板はこのままにしておくから、ノートへ丁寧に写すんだぞ。終わったら全員ぶんのノートを、ふたり仲良く、職員室まで持ってくるように」


「うげ、西村とかよ! おおい~マンガ委員長、ちょっと手伝ってくれ」

「イガラシクン!」


五十嵐は露骨に顔を歪めると、ふたりをがん見していたマンガ委員長を巻き込む。


「ハッ、好きにするがいい! おれは篠塚さんと――」

「おおっと! 篠塚すまんな~藤田のノートを頼む!」


西村のラブコールを遮るように、厳蔵先生が声を被せてきた。廊下組ふたりを遊ばせないためである。巨壁に阻まれた西村が「キィ」と唇を噛み締める。


「はい。えっと、藤田は……」


突然の指名でも忍は、藤田のお世話係だ。やつの机の中をごそごそと探してみる。


「あの……藤田はやっぱり、ノートを取ってませんでした」


ぼろぼろの教科書や、昆虫図鑑、折り紙のパクパクなんかがわんさかと出てくる。忍はついでに藤田の学生鞄も開いてみたが、特大サイズの空の弁当箱がどーんとあるのみ。勉強道具なんて一切無かった。


「だよなあ」


とても悲しい、厳蔵先生の嘆き。

しょうがない……だって、藤田だもん。


「では、昼めしだ! いいか、先生こっから三十分は仕事を放棄する。至福の弁当タイムだ、絶対に邪魔をするなよ!」


きっぱり宣言して、厳蔵先生は足早に教室を出ていった。

その際――並ぶ机の角っこだったり、入り口のところの鴨居に頭をぶつけたりもしたのだが。なにより先生のいた場所が荒れ放題で、チョークは短く折れてバラバラ、黒板消しも床へひっくり返っている。教壇の上には忘れものがどっさり。着てきたはずの上着は、教室の後ろ棚でぐしゃりと丸まっている。たった一時間の授業でこの散らかしよう、さすがは【ガリコーの破壊神】である。


それらを文句も言わずに黙々と片づけているのが、マンガ委員長だ。

委員長、ごめん――と今朝から遭遇するたびに冷たくしてしまったことを、ちょっとだけ反省する忍だった。




藤田はどこかへ飛んでいき。

五十嵐と西村は、板書を必死に写している。

他のクラスメイトはグループごとに机を並べ替えて、昼食をとり始めている。


忍が室内を見渡していると、目が合った女子たちに「わっ」と驚かれた。この子たちは、篠塚忍がぽつんとひとりでいることを珍しくおもい、こっそりと観察していたのだ。

けれども忍には、その視線の意味がわからない。


「篠塚くんてさ……」

「やっぱり……だね」

「うん、……だよね」


はっとする、自分のことを話している。

忍は弁当箱だけを持つと、逃げるようにして教室をあとにした。


「篠塚くん」

「篠塚くんは」

「篠塚くんて」


皆が、自分のことを話している。

2年A組の教室にも忍の噂がついに広まるとしたら、この学校に居場所はない。廊下を行き交う同学年の生徒たちの誰もが、忍を見てはその心の中を覗き込んでくる気がする。


早く歩いて、

この階を抜けて、

どうか早く、一刻も早く――


『……逃げるのかよ……』


頭の中で声がする、


『……また逃げるのかよ……』


いつも、背中へ突き刺すような非難の視線を受けている。

暑かった夏が急転して冷えたあの日からずっと、聞こえている、見られている。

忍は、ひとから逃げている。



「あれ? おーい。しのちゃーん!」


今、藤田の声がした。

忍が顔をあげた、そのさき――ではなくて、くるりとふり返ったすぐのところから。


「ふじ……た」


いつの間にか、藤田とすれ違っていたようだ。

終鈴とともに教室から飛び出ていった藤田は、購買部へとダッシュした。ブレザー制服のありとあらゆるポケットへ、戦利品である惣菜パンや、菓子パンなどをつっ込んで帰ってきたのだ。


「しのちゃん。おひるごはん、食べよー!」


なんてへんてこな格好だろう。見てくれなど気にはしない、藤田はいつだって自然体。あどけない笑顔とその言動で、忍の心をほんわかと包み込んでくれる。


「行くよ……今、行く」


忍は廊下を歩いて引き返す。

ひとの視線から逃れたい一心で、ずいぶんと離れた場所へ来てしまった。


2年C組の教室前を通り過ぎて、そしてB組は、廊下側の窓とドアの全てが開いている。この教室の中をなるべく視界に入れないようにして歩いてく。それでも、意図せずとも見つけてしまうのだ忍は、


自分を睨む、かれの視線・・・・・を――。


 

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