第10話 中条あきねと幸運の女神
放課後。
優ちゃんと自宅に帰る道すがら。
「何なのあれ!? ほんと信っっっっじらんないんだけど!! あーーむかつくうううう!」
憤懣やるかたないといったような思いで手に持っていたハンカチをぐいぐいと引っ張ったりくしゃくしゃにしたりしながら、中条あきねはそんな言葉を吐き捨てる。
あんな性根のひん曲がった人間がこの世に存在しているなんて……今まで想像すらしたことなかった。
――ありえない。信じられない。
先程の光景が頭の中をぐるぐると絶えず巡り続けては、いろいろな感情が綯い交ぜになって、怒りのエネルギーへと蓄積、変換されていく。
「何ていうか……元気だねあきちゃんは……」
あはは、と隣で苦笑いを浮かべる優ちゃん。
もうさっきまで怖がっていた件は全く気にしていない様子で、逆にここまで怒っている中条を気にかけているようだった。
「ああいうのは一回鼻っ柱へし折ってやらないとダメなんだって!!」
「確かにそうかもしれないけど……」
「だから私が倒す!!」
「できるの?」
「できる!」
「…………ほんとに?」
「…………た、たぶんだけど」
真剣な表情で訊かれ、思わず弱々しい声になってしまう。
部長と直接たたかったことなんて一度もない。それでも想像はつく。
きっと、いや、絶対に勝てないだろう。
あまりにも実力差が開きすぎているから。
私と部長のレートには二階級もの差がある。
たった二階級じゃん、という人もいるかもしれない。でも、そのたった2階級差は短期間で埋めることはできないくらいとてつもなく大きい。
それに私の場合だと、運が良かったというのもある。
LGは5vs5のチームゲームだ。味方4人が強ければ、自分は何もしなくたって勝てる試合が存在する。
勝利をお零れでもらうのだ。
野球で、明らかにレベルの違う4割打者プレーヤー1人に他の8人が依存するみたいに。
それが私の場合たまたま多かった。そうやって私のレートは不相応に上がっていった。
何百試合何千試合と猛者達と戦っている部長に比べれば、きっと私なんて屁でもないだろう。簡単につぶされてしまう。
「って事はあきちゃんさ」
「ん?」
「オンライン大会出るの?」
「……うーん……それ、なんだよね……」
もし部活として大会に出るなら部長の許可が必要になる。でもあの部長の事だから絶対に認めてなんてくれないだろう。
それにこっそり裏で勝手に出したとしてもバレる可能性が高いし、バレたら何を言われるか分からない。だから今年は二部のほとんどの人が出場を諦めざるを得ない状況だった。
二部の部長さんも余計なことはしない方がいいと言っていた。もし出るのなら部にいる奴ら以外にしろ、と。
交差点を曲がり、車道が広い国道沿いに出ると、いくつかのネットカフェが目に入る。最近はLGの影響で、たくさんのネットカフェが街に乱立するようになった。
優ちゃんと互いに愚痴を言い合いながら歩いていると、その1つネットカフェの窓に貼り紙が貼られているのに気付いた。
(メンバー募集……?)
そこには、【LGジャパンオンライントーナメント メンバー募集】と無機質な黒のフォントで書かれていた。
不思議だった。
オンライン大会で参加を募るなら、コミュニティフォーラムのメンバー募集掲示板とかで募集するのが一般的だ。こんなのでわざわざ募集するなんて今の時代には考えられなかった。あまりにも非効率すぎて勝つ意欲がてんで感じられない。
けれども一番不思議だったのは、ほんの一瞬心がざわついて、惹きつけられるように目が寄せられた自分がいたことだった。
「どうしたの……?」
「ああ、ううん。何でもない」
目をぱちくりとさせ、首を振りながら、優ちゃんの方に向き直る。
やっぱりないよねこれはどう考えても勝つ気がないもん。
結局、その日はすぐに目を離してその場から去った。少しだけ何ともいえないような不思議な感覚を抱きながら。
翌日も、翌々日も貼り紙はそのままだった。きっとまだメンバーが集まっていないんだろう。当然といっちゃ当然なんだろうけど。
けれどもそれは、私を誘っているんじゃないかとも同時に感じていた。毎日その貼り紙を見るたびに、自分のためにあるような気がしてならなかった。
「行ってきたら?」
「え?」
「あきちゃんLG上手なんだから、やってみたらいいんじゃない?」
唐突な提案に私は思わず目を瞬かせた。
「どうして急に?」
私の言葉に優ちゃんは呆れたようにくすりと微笑むと、
「だってその募集の紙、最近チラチラ見てるの知ってるよ? ほんとは気になってるんじゃないの?」
見透かされたような発言に返す言葉がなかった。
優ちゃんは言葉を続ける。
「私のことは別に気にしなくても大丈夫だから。それに、あきちゃんがあの部長をコテンパンにするところちょっと見てみたいかも」
そんな風に笑う優ちゃんの姿を見てると、自信が湧いてくるように感じた。
部長達相手に勝算があるとまだ決まったわけでもないのに、どこからともなく根拠のない自信が溢れ出てくるように感じた。
「分かった。行ってくるね」
私は頷く。
そして、ドアの前まで近づくと、ボタンに手をやり。
新しい世界の扉を開けた。
ネットカフェの中は思っていたより静かだった。平日の夕方だからなのかもしれない。店の人がいそうな奥の方へと中を進んでいく。
と、小麦色の肌のエプロンを着た若いお兄さんをちょうど見かけたので、寄って声を掛けることにした。
「あの、貼り紙みたんですけど……」
「? 貼り紙? それってバイトのことかな?」
「いえ、そっちじゃなくて……」
「??」
お兄さんはしばらく考え込むと、ああ、と何やら納得した様子を見せてから、
「分かった。ちょっとこっちにきて」
お兄さんに連れて行かれたのはPCブースの方だった。VRの方よりも活気がなく、照明も薄暗く、荒廃しているような雰囲気が否めない。閉店間近と言われてもおかしくないくらいだ。
「あーもう違うってそうじゃないだろ! もっと相手のスキルモーションを見てから行動しろ!」
「やってるって! 出来てたじゃん!」
「出来てないから言ってんだろ! 出来てたら言ってねえ!」
「あー!! もうちょっと優しく教えてくれたっていいじゃん!」
何やらわいわいと賑やかな声が聞こえてくる。男性1人と女性1人の声。言い合っているようだけれど、楽しそうなのが聞くだけでも分かる。自然と胸が弾む。
「おーい来客だぞー」
そう言って、私の前を先導していたお兄さんがシングル席のドアを開ける。
そのドアを開けた時、思わず私は口元を綻ばせずにはいられなかった。
―――やっぱり私は運がいいのかもしれない。
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